立ち話
廊下に静けさが落ちた。
ミアの言葉を聞いたあと。
玲の婚約者は、ほんの少しだけ視線を落とした。
「……救われた、か」
小さな声だった。
ミアは何も言わない。
ただ隣に立ったまま、扉の方を見ている。
男はふと廊下の奥に視線を向けた。
ちょうど使用人が二人、こちらへ歩いてくる。
玲の部屋の前を通る時。
二人は一瞬だけ扉を見る。
それだけだった。
足を止めることも、声をかけることもない。
まるで。
そこに触れてはいけないものがあるように。
男はその様子を見て、少し眉を寄せた。
「この屋敷の者は……」
ミアが首を傾げる。
男は静かに続けた。
「玲を、あまり気にしないな」
ミアは少し考えてから答える。
「そういうものです」
男は小さく息を吐いた。
「そういうもの、か」
そして、ゆっくりと言葉を続ける。
「前に来た時も思った」
「使用人が妙に距離を置く」
少し言葉を選びながら。
「まるで……」
「触れないようにしているみたいだ」
ミアは答えない。
ただ扉の前に立ったまま、静かに聞いている。
男は視線を扉へ向けた。
「理由は聞いたことがある」
その言葉で。
ミアの指がほんの少しだけ止まる。
男は静かに言った。
「玲は昔から」
「普通じゃないと言われているらしいな」
廊下の空気が、わずかに変わる。
「感情が薄い」
「人と違う」
「何を考えているか分からない」
男の声は淡々としていた。
責める調子ではない。
ただ、聞いた話をそのまま言っているだけ。
「使用人の間では」
「少し怖がられているそうだ」
ミアはしばらく黙っていた。
それから、ぽつりと言う。
「……そうかもしれませんね」
男は少し意外そうな顔をした。
「否定しないのか」
ミアは扉を見た。
その向こう。
眠っている玲の気配を感じるように。
そして言う。
「お姉様は」
少し考えてから。
「確かに少し変わっています」
男は黙って聞いている。
ミアは指先を背中で組みながら続けた。
「人が気にすることを気にしないんです」
「逆に」
「誰も見ないものを見る人です」
少しだけ笑う。
「だから、屋敷の人は怖いのでしょうね」
「理解できないものは」
「距離を置くものですから」
そして付け足すように。
「まあ、私もよく分かってないですけど」
男は小さく息を吐いた。
その言い方に、少しだけ口元が緩む。
「……君は違うんだな」
ミアは首を傾げた。
「何がですか?」
男は言う。
「距離を置いていない」
ミアは少し笑った。
「私は」
ほんの少しだけ目を細める。
「最初から」
「お姉様しか見ていませんでしたから」
男はミアを見る。
ミアは続ける。
「他の人がどう思うかなんて」
「どうでもいいんです」
「私にとって」
少しだけ間を置いて。
「お姉様は――」
優しく笑った。
「光ですから」
その言葉を聞いて。
男はしばらく黙った。
やがて、静かに口を開く。
「……昔」
ミアが顔を上げる。
男は続ける。
「鴻から少しだけ聞いた」
ミアの視線がわずかに揺れる。
「彼女(玲)が」
「街で子供を拾ったことがあると」
廊下が静かになる。
男はミアを見る。
「その子が」
「君だろう」
ミアは答えない。
否定もしない。
ただ。
少しだけ笑って言った。
「昔の話です」
男はそれ以上聞かなかった。
聞くつもりもなかった。
しばらく沈黙が落ちる。
遠くで、使用人の足音が響く。
男は最後に言った。
「……変わった人だな」
ミアは首を傾げる。
「お姉様がですか?」
男は少しだけ笑った。
「いや」
「君だ」
ミアは少し困った顔をする。
そして言った。
「お姉様に比べれば」
「私は普通ですよ」
その時。
部屋の中から。
小さな音がした。
ベッドが、わずかに軋む音。
ミアの顔が一瞬で変わる。
「……!」
扉に手をかける。
「お姉様!」
文章の表現は一部 AI を補助として利用しています。
アイデア・プロット・設定は全て私のオリジナルによるものです。




