部屋の前の話し
昼。
屋敷の廊下は静かだった。
だが。
それは心配している静けさではない。
ただの、いつもの昼の静けさ。
使用人たちは普通に仕事をしてる。
廊下を歩く。
掃除をする。
食事の準備をする。
玲が倒れていることを知らないわけではない。
けれど。
誰も気にしていない。
気にしていないというより。
――関わらない。
そんな空気だった。
玲の部屋の前。
ミアだけが扉のそばに立っている。
何度も扉を見てしまう。
医師は言った。
「夕方には目を覚ますかもしれない」
それだけを信じて待っている。
廊下の奥から足音が聞こえた。
護衛が視線を向ける。
現れたのは一人の男だった。
玲の婚約者。
彼はミアを見ると、少しだけ足を止めた。
そして、心配そうな顔で
「……まだ目を覚まさないのか。」
「はい」
ミアが答える。
「医師は、夕方頃にはと」
彼は扉を見る。
しばらく黙っていた。
それから。
ふと廊下を見渡す。
使用人が通り過ぎる。
玲の部屋の前を。
気にも留めない。
男は小さく言った。
「……随分、静かなものだな」
ミアは何も言わない。
彼は続ける。
「倒れたと聞いた時は、もう少し騒ぎになっていると思った」
ミアは少しだけ目を伏せる。
「いつもの事です」
彼はミアを見る。
だがそれ以上は触れない。
操られているのが外れた事が
バレないように話しているのだろう。
一つ代わりに聞いた。
「ミア」
「はい」
「前から思っていたんだが」
ミアは男を見る。
男は静かに言った。
「何故、そこまで玲に尽くす」
ミアは少しだけ瞬きをした。
男は続ける。
「君と玲は血が繋がっていないその事もあり君だけ、名字の一部が違うんだろう。」
「兄の鴻から聞いた」
「元々この家の子でもない」
「それでも君は」
「玲の為に命でも投げ出しそうな顔をしている」
廊下は静かだった。
遠くで使用人の話し声が聞こえる。
彼は言った。
「普通の姉妹でも、そこまでの顔はしない」
「何故だ」
ミアはしばらく黙った。
それから。
扉を見る。
その向こう。
眠っている玲。
ミアは小さく笑った。
「理由ですか」
「ええ」
ミアは言う。
「私は」
「救われただけです」
男の眉がわずかに動く。
「救われた?」
「はい」
ミアはゆっくり続ける。
「私はあの日」
「生きていませんでした」
「ですが」
「玲様が」
「私を拾ってくれました」
そして。
ミアはまっすぐ言った。
「玲様は」
「私の太陽です」
「光です」
「だから」
ほんの少し微笑む。
「その光の為なら」
「命くらい、惜しくありません」
廊下に沈黙が落ちた。
遠くで。
使用人の笑い声が聞こえる。
この部屋の前だけが。
別の世界のようだった。
そして。
ミアの言葉の意味を。
彼はまだ知らない。
――誰も知らない。
ミアが五歳だった頃。
街を歩いていた。
ずっと。
一人で。
雨の中を。




