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静かな朝

「ん……。」(……眠い)


 朝は、音で目が覚めた。


 遠くで、扉が開く音。


 足音。


 低い声でのやり取り。


(……人、いるんだ)


 当たり前のことなのに、


 少しだけ変な感じがする。


 ベッドから起き上がると、


 体は思ったより軽かった。


 昨日の湖の冷たさも、

 必死に這い上がった感覚も、


 全部、夢みたいだ。


(……でも、夢じゃない)


 部屋は、変わらずここにある。


 知らないけど、


 確かに“私の部屋”。


 しばらくぼんやりしていると、


 控えめに、扉が叩かれた。


「お嬢様、起きていらっしゃいますか」


 昨日と同じ声。


 執事だ。


「……はい」


 返事をすると、


 少し間を置いて、扉が開いた。


 朝の支度を手伝われる。


 髪を整えられ、


 服を選ばれ、


 鏡の前に立たされる。

 鏡に映る自分は、


 やっぱり、まだ他人みたいだった。 


 

 この世界で生きていたと


 言う記憶は曖昧だけどある。  


 だけど、ここじゃない


 場所にいたような感じがして……。


(……慣れない)


 でも、不思議と嫌じゃない。


 拒否したいほどの違和感もない。


 ただ、


 “知らない生活を借りている”感じ。


 朝食は、一人だった。


 長いテーブルの向こう側は、空いている。


「……みんなは?」


 ぽろっと、口から出た。


 執事は、すぐには答えない。


 ほんの一瞬だけ、


 言葉を選ぶ間があった。


「それぞれ、務めがございます」


 それ以上は、言わない。


 聞いてはいけない、


 というより――


 今は、知らなくていい、という感じ。


 スープを口に運ぶ。


 温かい。


(……美味しい)


 それだけで、


 少しだけ気持ちが落ち着いた。


 食後、屋敷の中を案内された。


 廊下。


 書斎。


 庭。


 どこも、整っていて、


 どこか距離がある。


 使用人たちは、


 丁寧で優しいそうだけど……。


 でも、踏み込んではこない。


(……私、触っちゃいけないものみたい)


 そう感じて、


 胸の奥が、ちくりとする。


 庭を歩いていると、


 ふと、湖の方向が見えた。


 木々の隙間。


 きらりと光る水面。

 胸の奥が、少しだけ、ざわつく。


(……あそこから、始まった)

 

 理由は分からない。


 でも、


 何か大事なことを忘れている気がする。


 思い出そうとすると、


 頭が、また少し痛くなった。


「……やめとこ」


 独り言が、こぼれる。


 今は、

 今日を終えるので精一杯だ。


 部屋に戻り、


 本を数冊渡された。


 読んでみるけど、


 文字は追えても、頭に入らない。


 気づけば、


 窓の外ばかり見ていた。


(……明日)


 なぜか、


 そう思った。


 理由はない。


 でも、


 明日、誰かに会う気がした。


 大事な誰か。


 それだけは、


 なぜか、確信に近い。




 




執事視点


 お嬢様は、部屋に戻られた。

 一日、何事もなく過ぎた。


 だが。

(……違う)


 体調ではない。


 記憶でもない。


 目だ。


 知らないはずの世界を、


 初めて見る人間の目ではない。


 かといって、


 すべてを知っている者の目でもない。


(……何かを、知ってしまった人間の目)


 それが、


 何なのかは分からない。


 だが、一つだけ確かなことがある。


 ――お嬢様は、変わられた。


 それは、不調でも、成長でもない。


 もっと、厄介な変化だ。


 執事は、静かに扉を閉めた。


 この日常が、


 長くは続かないと悟りながら。



 

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