番外編もどき 帰路
夜会場の灯りが遠ざかる。
馬車に乗り込むと、音が変わる。
外のざわめきが布越しにくぐもる。
向かいにミア。
まだ少し頬が赤い。
怒鳴った名残。
でも本人は気づいていない。
馬車が動く。
最初の揺れ。
左に一度傾く。
石畳。
規則的な振動。
ミアが口を開く。
「……お姉様」
「何?」
「痛くないの?」
視線が私の袖に落ちる。
血。
ワインと混ざっている。
「…うーん、多少」
本当。
痛みは軽い。
驚いたのは瓶の音のほう。
割れる瞬間の音は高かった。
「多少って」
ミアが唇を尖らせる。
怒りと心配が混ざっている。
馬車の窓に映る自分を見る。
血。
少し目立つ。
あとで兄に見られると面倒だな。
「王太子は無事だった」
それが最優先事項。
ミアがじっと見る。
「……お姉様は、どうしてあんなに冷静でいれるの?」
質問。
よくされる。
答えは単純。
「覚えているだけかな」
「後は慣れてるからかな」
「何を?」
「全部」
兵の足音。
王が膝をついた秒数。
七秒。
王妃の息の乱れ。
王太子の指の力。
笑っていた貴族の位置。
指を刺され笑われた事。
全部。
忘れない。
だから慌てない。
ミアは少し黙る。
そしてぽつりと。
「私は、怒鳴ってしまった」
知っている。
音量も、言葉も、正確に。
でも言わない。
「良かったよ。ありがとう」
それだけ言う。
ミアが目を丸くする。
「そう思う?」
「うん」
事実。
あの瞬間、兵は止まった。
止めたのはミア。
馬車が段差を越える。
二回。
屋敷まで残り三分。
ミアが窓の外を見る。
「……王が土下座するなんて」
まだ信じられない様子。
私も、少しだけ驚いた。
予想外だった。
ただ。
膝が床につく音は重かった。
本気だった。
馬車が減速する。
屋敷の灯りが見える。
暖かい色。
帰る場所。
「お姉様」
ミアが小さく言う。
「今日、私……少しだけ怖かったです」
正直。
珍しい。
「私も。」
嘘ではない。
瓶が飛んできた瞬間。
ほんの少しだけ。
怖かった。
でも。
それよりも。
男の子の震えのほうが優先だった。
馬車が止まる。
御者が扉を開ける。
冷たい夜気。
屋敷の扉が見える。
灯りが揺れてる。
中に兄がいる。
たぶん起きてる。
感じ…予感。
ミアが立ち上がる。
「帰りましょう」
私は頷く。
血のついた袖を一度見る。
覚えておく。
今日の夜。
変わった。
少し。
配置が。
でも。
今は。
帰るだけ。
文章の表現は一部 AI を補助として利用しています。アイデア・プロット・設定は全て私のオリジナルによるものです。




