静かな目
扉の前に立っていたのは、婚約者だった。
(…さっきまで数人いたはずなのに、声も聞こえたはずなのに。)
整った姿勢。
乱れのない服装。
いつも通りの、完璧な立ち姿。
ただひとつ。
目が、静かすぎた。
「夜分に失礼します」
声は穏やかだ。
だが、抑揚が薄い。
兄が一歩前に出る。
「何の用だ」
「確認を」
昼間と同じ言葉。
「席順について」
空気が固まる。
ミアが、そっとクッションを下ろした。
武器にならないと悟ったらしい。
「何を確認する」
兄の声は低い。
婚約者は、ゆっくりと私を見る。
真正面から。
まるで、席順通りに。
「三回目は、重要です」
「何が」
「固定が完了します」
喉が、冷える。
固定。
その言葉を、今日は二度聞いた。
「何を、固定する」
兄が詰める。
婚約者の唇が動く。
「視線と、」
止まる。
指が震える。
ほんの、わずか。
「……」
沈黙。
目が、揺れる。
初めてだ、いや前にも似たような事があったような言葉が途切れる瞬間が。
「私は――」
そこで、彼の表情が歪む。
本当に、ほんの一瞬。
悲しそうな苦しそうなそんな感じに。
「言う必要はない」
違う声色。
さっきまでと違う。
低く、硬い。
「三回目で確定する」
機械のように、整った発音。
背筋がぞわりとする。
「確定しなければならない」
“ならない”…。
自分の意思ではない響き。
「あなたは、」
彼の視線が私に固定される。
外れない。
まばたきが、ない。
「――」
兄が動いた。
一歩。
床が鳴る。
その瞬間。
婚約者の体が、びくりと跳ねた。
まるで、糸で引かれたように。
「っ……!」
喉から漏れる音。
今度は、本物の苦しさ。
「……違う」
小さく、確かに言った。
「私は」
息が荒い。
「言いたくない」
(……)
空気が止まる。
次の瞬間。
顔が、戻る。
何事もなかったかのように。
「失礼しました」
完璧な微笑。
「三回目を、楽しみにしております」
一礼。
そして、静かに下がる。
扉が閉まる。
音が、やけに大きい。
沈黙。
ミアが、ぽつりと言う。
「クッション、足りなかったかも」
場違いな一言。
それなのに、誰も笑えない。
兄が扉を見つめたまま、低く言う。
「……想定より早いな」
「何が…」
問い返す。
兄は一瞬だけ、こちらを見る。
そこで――
【兄視点】
間に合わない。
固定は三回目のはずだった。
洗脳の深度が浅いと踏んでいた。
だが違う。
あれは“上書き”だ。
誰が。
どこから。
第三回は罠だ。
席順は完成形。
真正面。
視線。
固定。
玲は、まだ気づいていない。
ミアは勘づいている。
止められるか。
いや。
もう、始まっている。
【視点戻る】
兄の表情は変わらない。
「三回目、玲は絶対に一人になるな」
命令口調。
初めてだ。
「…理由は」
「言えん」
即答か。
(さっきの入れ替わったような
彼(婚約者)が関係しているのか?)
「だが、」
兄は拳を握る。
「席順は、戦場だ」
戦場。
言葉が重い。
ミアが、静かに私の袖を掴む。
「ねえ」
小さい声。
「…三回目、笑わないで」
「?…何を?」
「真正面、ずっと見られる」
風が止まった気がした。
私は、ゆっくり息を吸った後に一言。
「……分かった」
自分でも本心で本当に分かっているのかは、分からない。
でも。
三回目は、ただのパーティーではない。
それだけは、確かだ。
机の上の席順表を、もう一度見る。
真正面。
距離は、三歩。
逃げ道は、後方のみ。
横は、貴族。
固定。
視線。
確定。
その時。
招待状の裏に、薄い印があることに気づいた。
見覚えのない紋章。
小さく、刻まれている。
それは――
三回目の主催者の紋章ではなかった。
文章の表現は一部 AI を補助として利用しています。 アイデア・プロット・設定は全て私のオリジナルによるものです。




