湖から
目を開けた時、最初に見えたのは澄んだ青に空が揺れているかのような景色だった。
青い。
どこまでも、澄んでいる。
……知らない空だ。
(あれ……?)
体を動かそうとして、すぐに気づく。
何かの冷たさ。
背中に伝わる、ひやりとした感触。
私は、まるで水の中で浮かんでいるみたい だなと思った。
沈んでいるわけじゃない。
かといって、立っているわけでもない。
ただ、不思議と抱えられるように、仰向けになっている。
(……夢?)
そう思った瞬間、
胸の奥が、ぎゅっと縮んだ。
――違う。
夢にしては、冷たすぎる。
夢にしては、息が、苦しい。
慌てて体を起こそうとして、
水を掻く。
ばしゃ、と音が立ち、
その拍子に、咳き込んだ。
「っ……げほ……!」
喉が、痛い。
ちゃんと、水を飲んだ感覚がある。
(夢じゃ、ない……?)
岸は近い。
手を伸ばせば届きそうなのに、
力が、上手く入らない。
焦りだけが先に来る。
(なんで……動かないの……)
指先が、震える。
次の瞬間。
ぐっと、肺に空気が戻る。
「――っ!」
私は、必死に水を掻いた。
岸へ。
とにかく、岸へ。
指が、泥に触れる。
爪の間に、土が入り込む。
見た目なんて、どうでもいい。
息ができれば、それでいい。
「は……っ、はぁ……」
這うようにして、
ようやく湖から抜け出す。
草の上に倒れ込み、
何度も、空気を吸った。
心臓が、うるさいくらいに鳴っている。
(……生きてる)
それだけで、少しだけ安心した。
服は、知らないデザインだった。
手も、足も、少し小さい。
湖面を覗き込むと、
そこに映ったのは――
知らない少女だった。
淡いチャコールブルーの髪。
そして、整った顔立ちに深い青の瞳と灰色かかった星空のような瞳のオッドアイ。そして今にも消えてしまいそうな雰囲気をしていた。
(……誰でもどこかで)
問いは、声にならない。
混乱しているのに、
不思議と、落ち着いていた。
周りを見渡してみると青々とした野原に鳥の囀り雲一つない空そしてそよそよと吹く風。夢だと思いたいがあまりにも現実的な世界だった。
(……ここ、どこ)
遠くに、屋敷が見える。
立派で、でも冷たい印象の建物。
なぜか、
そこへ行かなきゃいけない気がした。
理由は分からない。
でも、足は自然と、
そちらへ向かっていた。
湖を振り返る。
その時、――声が、聞こえた。
『……お願い』
すぐ近く。
水の中からでも、空からでもない。
頭の内側から、直接響く声。
『生きて』
息が、止まる。
(……誰?)
答えは返らない。
けれど、その声は続いた。
『ここで終わらせないで』
『まだ、選べるから』
言葉は、はっきりしているのに、
感情だけが、曖昧だ。
後悔。
焦り。
そして――強い、未練。
(……誰の、声?)
そう思った瞬間、
胸の奥が、ずきりと痛んだ。
知らないはずなのに、
懐かしい。
初めてなのに、
ずっと一緒だった気がする。
『全部、分からなくていい』
声は、少しだけ、笑った気がした。
『混乱してていい』
『怖がっていい』
『それでも――』
水面が、きらりと揺れる。
『生きて』
その一言だけが、
はっきりと、残った。
もう、声は聞こえない。
ただ、水面だけが、静かに揺れている。
「……」
言葉にならない不安を抱えたまま、
私は、屋敷へと歩き出した。
――この世界が、
どんな場所なのかも知らないまま……




