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序章 狩り

闇は光を飲み込むほど濃く、まるで生き物のように蠢いていた。

湿った空気には錆びついた鉄と血の匂いが漂い、呼吸するたびに喉が焼けるようだ。

キセキは必死に走っていた。岩肌むき出しの細いトンネルを、肺が焼け付くような痛みに耐えながら、

胸を打ち破るほどの鼓動を抱えて――。


彼の遥か頭上では、人類は完璧なテクノロジーに囲まれ、光輝く都市で暮らしていた。

だが、この地底深くでは状況がまるで違っていた。

まるで時代がねじれ、停滞したかのような世界――。

ケーブルは木の根のように絡まり、機械は錆びつき、歯車とぜんまいが軋みを上げながら回っている。

ちらつく光は電球ではなく、まるで松明の炎のようだった。


ガァァァァァァァン――!


金属の咆哮がトンネルに響き渡り、足元の岩が震えた。

キセキは決して振り返らなかった。

後ろから迫っているものを知っていたからだ――「機械犬」。


それは鉄と腐肉が融合した忌まわしき存在だった。

錆びついた鉄板で作られた鎧は、中世の鍛冶職人が打ち上げたかのようでありながら、

同時に未来的な機械によって組み上げられたようでもあった。

四肢が動くたび、「カン、カンッ」と剣が打ち合うような乾いた音が響く。

血に濡れた顎は、生き物も機械も分け隔てなく食いちぎる。


彼らは飢えのために狩るのではない。

理解不能な古いプログラムによって動かされ、ただ一つの目的のためだけに存在していた――。

キセキを捕らえるために。


背後では、悲鳴と骨が砕ける音が混ざり合う。

目の前で一人の女性が転び、逃げることができずに倒れ込んだ。

キセキが止まる間もなく、機械犬が彼女に飛びかかった。


ガチン――!


顎が閉じられる音と共に、熱い血がキセキの顔に飛び散る。

女の叫び声は、頭蓋が砕ける鈍い音にかき消された。


「やめろぉぉぉ!」


叫びながらも、キセキの脚は止まらなかった。

止まれば、自分も同じ運命を辿る――それだけは絶対に避けなければならなかった。


トンネルが突然広がり、暗い地下室が現れる。

ちらつく光に照らされ、古びたガラスモニターが意味不明なデータを映し出していた。

錆びたパイプからは黒い液体が滴り落ち、床を汚している。

その場所は、研究施設なのか、あるいは冒涜された聖域なのか判別できなかった。


足元には機械の残骸と無惨な人間の死体が散乱している。

抵抗しようとした人々は、いまや肉片と化していた。

腐肉と焼けた鉄の匂いが鼻を突き、吐き気を催すほどだった。


ガァァァァァァ――!


背後から再び金属音の咆哮。

機械犬の群れが地下室に突入してきた。

赤く濁った目が不気味に光り、狂ったように進みながら全てを破壊していく。

一体が死体を踏みつけ、鋭い爪で腹部を裂き、上半身と下半身を引き裂く。

吐き気を必死に抑えながら、キセキはただ走り続ける。


「走れ、走れ……絶対に振り返るな……!」

その言葉だけが、彼を動かしていた。


壁際、影に隠れるようにして古びた扉が見えた。

錆びた金属製で、奇妙なルーン文字が刻まれている。

考える暇もなく、キセキは扉に体当たりした。


ギィィィ――


金属が悲鳴を上げる。

扉がわずかに開き、さらに深く下る細い隙間が現れた。

機械犬が飛びかかる直前、キセキはその隙間に飛び込んだ。


ガァァァァァァァン――ッ!


機械犬の顎が扉の縁に叩きつけられ、金属音が轟いた。

キセキは岩と鉄の滑り台を転がり落ち、全身を擦りむきながら狭いトンネルに落ちた。

後ろからの吠え声と爪の音は次第に遠ざかるが、決して完全には消えない。

あいつらは、決して諦めない。


四つん這いになりながら、必死に前進する。

その時、胸の奥に不吉な予感がよみがえった。


――あの感覚だ。


事故、火災、爆発……。

どんな惨事に巻き込まれても、自分だけは必ず生き残る。

まるで見えない何かに守られているかのように。

だが、必ず誰かが代わりに死んでいく。


先ほど目の前で殺された女性の顔が脳裏に浮かぶ。

他にも思い出す。あの日、あの時……自分だけが生き残った記憶。


「ただの偶然……偶然なんだ……」

震える声で自分に言い聞かせる。


だが、心の底では分かっていた。

それは偶然ではない。生き残るたびに、誰かの命が奪われていく。

それが、自分に課せられた運命なのだと。


トンネルを抜けると、小さな円形の空間に出た。

中央には暗い水たまりがあり、周囲の壁には微かに光るキノコが群生している。

キセキは膝から崩れ落ち、荒い息を吐いた。

逃げ始めてから初めて、呼吸を整えることができた。


その時、悟った。

これは偶然でも奇跡でもない。

自分が生き残るということは、他人の血で贖われるということなのだと。


暗闇の中、再び金属犬の遠吠えが響く。

キセキは震える足でゆっくりと立ち上がった。

涙と返り血にまみれた顔を上げ、その目には恐怖と決意が宿っていた。


――生きるためには、死を選ばせるしかない。


その夜、キセキは悟った。

生き延びることは、すなわち――処刑人になることだと。


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