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第 八 章 『贖罪の奔走』

 ビルを岩石が喰らう様を見た綿貫が重々しげな嘆息を吐く。

 一方、呆然とその様子を瞳に映していたのは離れた位置に立つ零崎。

 その二人と正反対の反応を見せたのは、岩石を投擲した高城とアリスだ。

「くひひひッ……『うあぁ』だって、よ……」

「すっごーい! タカジョー力持ちー!」

 高城は腹を抱えて笑いこけ、アリスは両手を上げてぴょんぴょんと飛び跳ねる。

「っていうか、波頭ぁ。勝手に回線ブッた切っんじゃねぇよ」

《――ずーん、申し訳ありません。何やら突然遮断されてしまって、再度お繋ぎ致した次第です》

 凛然とした若い女の声が響く。

 しかし、それは高城の耳にしか届いていなかった。

「いや、今の話だっつうの。せっかくの断末魔が序奏部分しか聴けなかっただろうが」

《ぽっ、流石です……。しかし、アレで全てなのです》

「『うあぁ』だけか?」

《はい、『うあぁ』だけです》

「くひっ! あぁ、嶺川に繋いだのはいい判断だったぜ」

《かぁ〜っ、お褒めに預かり光栄です》

「何ぶつぶつ言ってんのかと思ったらぁ……『波動回線』ぅ……?」

《綿貫さん、こんばんは。そしてお久しぶりです》

「うわっ、ビックリしたぁ!? しばらく研究所で見てなかったケド、ちゃんと学校は行ってるぅ?」

《……ぷいっ、黙秘権を行使します》

「彼方でさえ外に出てるんだから、せめて外に出ようよぉ……」

「ねねっ、二人とも誰とお話してるの……?」

《ぺこっ、こんばんは。初めましてアリスさん。わたくしは波頭澪と申します》

「……た、タカジョー……」

 一瞬硬直したアリスは、高城の背に隠れてがくがくと震えながら辺りに視線を巡らす。

「これも超能力だ。幻聴じゃねぇよ」

《はい、たとえるなら電話のようなものです》

「……電話ってなぁに?」

《音声を電気信号に変換して電波に乗せ――》

「離れた相手と話せる機械だ」

「すごーい!」

《しゅん、流石は高城さんです》

「彼方の幼女への対応が妙に小慣れてて、なんだか恐いんですケド……」

《くねっ、たとえ少女趣味だとしても高城さんは素敵です》

「まとめてブッ殺されてぇか……?」

「タカジョー、少女趣味って何?」

「ロリコンってことさぁ。か、彼方……頭から手を離してくれないかなぁ……?」

「さぁて、と……これで邪魔者は消えたわけだぁ……」

 むんずと左手で綿貫の頭を掴んだ高城は、首を回して口端を吊り上げた。

 目線の先には、棒立ちしている零崎がいる。

「オイ、突っ立てねぇでさっさと始めようぜ。とりあえずテメェの異能が俺を貫くのと、俺がこのチビの頭を捻り潰すの……どっちが早ぇか」

「ちょっ、うえぇっ!? ジョークだよぉ、ジョーク! あ、謝るからぁ……!」

「……もうあるとは思えません、あなたと戦う理由は」

 く、と喉を鳴らした高城が、右手で目元を覆う。

 首を振って、ひどく落胆したように大きく溜息を吐いた。

「サキ!」

 振り返って零崎を目に留めたアリスが駆け出そうとする。が、高城が綿貫の頭から手を離してその行く手を遮った。

「何を勘違いしてんだ、テメェは……? それとも、この俺を馬鹿にしてんのか?」

「あなたはアリスを救ってくれました。そして――」

「そしてぇ? 俺がこのガキをどうすんのか、さっきのテメェには解ってたはずだろ。だから、俺に立ち向かってきた。そうじゃねぇのかよ?」

「あなたはそうすると明言はしていません、早計でした」

「呆れちまってものも言えねぇよ。その眼窩に嵌ってんのはガラス玉か?」

「私の目的はアリスを救うこと、それだけです」

「なら、始めんぞ。奇病のお姫様を救いたきゃ、まずは魔王を斃す以外にねぇんだよ」

 だ、と高城が地を蹴り、爆発的な瞬発力を以って一瞬で零崎の眼前にまで迫る。

 だが、零崎は動じずに高城の眉間に向けて人差し指を突き立てていた。

 一筋の閃光が駆け抜ける。高城の頭があった位置を。

「よく回避出来ますね――!」

「へぇ……」

 上体を逸らした高城が瓦礫を蹴り上げると、零崎の姿が消えた。

「ぐ――ッ!?」

「少しは考えたみてぇだが、無駄だったな」

 頭上へ現れた零崎の腹に瓦礫が直撃した。苦悶の表情を浮かべた彼女は、再び姿を消す。

 と、高城の背後に顕現し、彼が振り返ると同時に首を跳ねるような勢いで足刀を放つ。

「え……?」

 高城の手が、零崎の足に触れた。その瞬間、蹴りの軌道が急激変化してアスファルトの地面が砕かれる。

「なるほどねぇ……『光』か……」

「……ええっ、大まかに言ってしまえば!」

 光速の跳躍で距離を取った零崎を視界に入れながら、高城は頭を悩ます。

 ……なんかノッてこねぇなぁ。

 零崎の異能を見破った以上、勝敗は決したようなものだった。

 だから、というわけではないのは確かなのだが。

「サキ! タカジョー悪い人じゃないよ! いい人だよ!」

「いやぁ、少なくともいい人じゃないと思うケドねぇ」

 アリスが叫び、綿貫がその主張を否定する

「タカジョーね、アリスを叩き落としたの。でも、すぐに鳥さんになって助けてくれた! それにナンコツのからあげ食べさせてくれたし、案内もしてくれたし、あとアイスも! それから、それからね……このパジャマも買ってくれたんだよ!」

「アリス……」

 必死の訴えに、零崎が構えを解いていく。

「あとね、タカジョーはアリスを救ってくれる人だったんだよ。『原因』を排除してくれるんだって!」

 息が詰まる、胸の辺りに妙な感覚が生じる――心が、痛む。

 それは、高城が生まれて初めて感じた感情だった。

「……チッ、興醒めだ! 帰んぞ、綿貫ッ!」

「え? い、いいのぉ……?」

 両手をポケットへしまいこみ、踵を回して歩き出す。

 綿貫とアリスの下まで辿り着くと、一旦立ち止まってアリスを見下ろし、歩みを再開する。

「タカジョー……?」

「お前を救うのは俺じゃねぇ……」

 聞こえるか聞こえないかの小声でアリスに背を向けたまま高城は呟いた。

「待ってよぉ! 一体どうしちゃったのさ? 成長しちゃった? ねぇ、人として成長しちゃった感じぃ?」

「うっぜぇ……」

「そういえばさぁ、もう大丈夫なの? 急に能力が使えないとか言い出したかと思ったら、いつもどぉりでビックリしちゃったよ」

「いや、身体の方は全身に回った毒が抜けたみてぇに好調だ。ていうか眠ぃ……」

「ボクはお腹空いたし、喉が渇いて死にそうだよ」

「大分弱ってるみてぇじゃねぇか、止めイッとくか?」

「本当に逝っちゃうよぉ……」

 言葉の応酬を交わす二人を見ていたアリスが高城の背を追おうとする。しかし背後から抱き締められ、そして引き寄せられる。

「サキ……」

「ごめんなさい、一人にしてしまって。恐かったでしょう?」

「ううん、タカジョーがいたから……。ねぇ、サキ」

「なんですか、アリス?」

「タカジョー……アリスのこと嫌いになっちゃったのかな……」

「それは違いますよ。たとえそうだとしても、その原因は私ですから」

「…………」

「嫌いになりましたか、私を?」

「ううん、アリスはサキもタカジョーも大好きだもん」

 自分を抱く零崎の腕をアリスはぎゅっと抱き締めた。

 すると、堰を切ったように零崎の瞳から滴が零れ落ち始める。

 その二人を後ろ向きに歩きながら見ていた綿貫が、ぼろぼろと涙して口を開く。

「感動だねぇ……よく解んないケド感動だねぇ……」

「くだんねぇ……」

《――感動に浸っているところを申し訳ありませんが、そろそろそちらに自警団が到着します》

「そういうことは先に言っといてよぉっ!!」 

 駆動音。

 大量に響くそれは、間近に迫っていた。

「――チビカキィイイイッ!!」

 その音を掻き消すような咆哮。

 腕を引いて全力で逃げ出そうとする綿貫のショートオールの襟元を掴み、高城は立ち止まる。

「うんっ! 行こっ、サキ!」

 零崎の手を取り、アリスが駆け出す。

 ややあって、二人は目を瞑った高城の下までやって来た。

「あの……」

「この特区のセキュリティーサービスには超能力者が多く在籍してんだ」

「幇助していただけるのですか、脱出を……!?」

「厄介なのは物体感応サイコメトリングだ……」

 零崎を黙殺して膝を突き、右手を地面に密着させる。

 その行動を目にしたアリスが小首を傾げ、零崎が怪訝そうな顔をすると、

「多分、この辺り一帯の『記憶』を捩じ曲げてるんだと思うよぉ」

 高城に代わって綿貫が得意気に説明し、ふふんと鼻を鳴らした。

「可能なのですか、そのようなことが……」

 零崎が瞠目する。と、とみに頭上から声がきた。

「まるで全知全能の神。……いや、邪神だな」

 橘だ。

 何もない中空に――いや、隔離した空間の上に立つ彼は、非常に高低差のある階段を飛び跳ねるようにして、四人の下に着地した。

「口の減らねぇ野郎がブッ殺されに来たか」

 邪悪な笑みを浮かべ、ゆらりと立ち上がった高城の視線が橘に突き刺ささる。

 一歩退き、橘は余裕を見せんとしているのか引き吊った笑みで返す。

「褒めてるんだよ。零崎、俺たちはとんでもない奴に喧嘩を売った……いや、喧嘩を売られて買ってしまったみたいだね……」

「まったく、ええ……」

「けど、味方になってくれるならこれ以上に心強いことはないな」

「揃いも揃ってテメェらの頭はお花畑で、目は節穴かぁ? テメェらと馴れ合うつもりはこれっぽっちもねぇよ」

「ツンデレツンデ、いだだだっ! 彼方っ、足踏んでるぅ!」

「ああ、ちっこ過ぎて見えなかったわ」

「ここは俺の異能でやり過ごそう」

「脳みそを花の肥やしにでもしたのかテメェは? あのへっぽこ能力、テメェ自身は隔離出来ねぇだろうが」

「……ははっ、適わないよ。まさかそこまでとはな」

「オイ、零崎。この野郎は信用出来んのか?」

「情けないことに私にはなんとも……嶺川に裏切られた以上……」

「おいおい……嶺川はともかく俺との付き合いは長いだろう……?」

「まぁ、何かあった時に潰せばいい話か。んなことより、テメェらは一旦俺のマンションへ向かえ。場所は解んだろ」

「彼方はどうすんのさ?」

「不完全燃焼に終わっちまったからなぁ。……付き合うか?」

「お、お断りしまぁす……」

 顔を背けた綿貫が、調子外れな鼻歌を聴かせながら路地裏へと消えていく。

 それに続いて、橘が動き出す。

「ここはこの男に従おう。零崎、アリスを連れて早く」

「……、はい! アリス、では行きましょうか」

「うんっ! タカジョー……」

「あぁん?」

「ちゃんと留守番出来なかった……ごめんなさい……」

「……いいから、とっとと行きやがれ」

 曇った表情を快晴へと移行させたアリスは力強く頷き、零崎に手を引かれて小走りで駆け出す。

 二人が路地裏に消えると同時に、耳をつんざくブレーキ音が連続する。

 つんと鼻につく焼けたゴムの臭いを嗅ぎつつ、高城は顔を洗うように両手で顔面を覆った。

「……ざっと三〇〇、ってとこか」

 踵を接して装甲車から人が降りてくる。

 大半が小銃を携えた装甲服の者で、まばらではあるが私服姿や学生服を身に纏った者もいた。

 ゆっくりと顔から手を離した高城は口角を大きく吊り上げ、その者たちの中へと飛び込んでいった。


     *  *  *


 零崎は、アリスをおぶって駆けていた。

 ちらちらと気にしている後方からは爆発音と銃声が轟いてきている。

「……お訊きしたいことがあるのですが、一つ」

「ボクを殺しまくった年増の質問になんか答えたくないねぇ」

「と、年増……!?」

 振り返らず、綿貫が素っ気無く返した。

 侮りに思わず気が立ちそうになるが吸気で心を落ち着け、穏やかな口調で述べる。

「その件についてはお詫びはします、事情が事情でしたが。すみませんでした」

「何それ? 反省の色が窺えないなぁ」

「じゃあ俺から……」

「じゃあ俺からぁ……? やれやれだよ、ボクをあんな暗くて狭ぁいとこに閉じ込めた奴が何言ってんのか……」

「っ……! 俺は君に脇腹を軽く持って行かれたし、あの男には右耳を潰されたんだけどな」

「へぇ、一ヶ月して鼓膜が再生されないようなら病院にいくことをオススメするケドねぇ……」

「ゲッカ! よく解んないけど、アリスも謝るからサキを許してあげて……」

 沈黙。

 しかし、ほどなくして、

「もぉっ、これじゃあボクが悪いみたいじゃんか! ほらほらぁ、何々ぃ? その訊きたいことっていうのはさっ!?」

「ありがとうございます。彼が留まった理由を訊きたくて、あの場に」

「それは単に暴れたいだけだろ。そう言ってたじゃないか」

「このままだと厳戒令が敷かれちゃうからねぇ。あそこで暴れとけば彼方の仕業だって上は気付いて、圧力をかけるだろうからさ」

 もはや高城をただの狂人とは思っていなかった。いや、狂人だからこそなのだろうか。

「しかし、なぜそこまで……?」

「本人に自覚はないだろうケド、きっと彼方は変わろうとしてるんだと思うよ」

「人はそう簡単に変われない。見たところあの男は尚更」

「青いねぇ、灰髪ぅ。邂逅が人を大きく変えるのさ、受け売りだケド」

「いえ……『変えられる』でしょう? 彼は」

「……へぇ! アイツ『感情操作キティー・ガイ』の真似事まで出来るようになってたんだねぇ。でも、それってめちゃくちゃ危ないことだよぉ。一歩間違えば別人にも廃人にもなっちゃうし」

 綿貫が、急制動をかけて停止する。釣られて零崎と橘も足を止めた。

「ゲッカ、休憩?」

「そぉだよ、幼女。ボクはかっ弱〜いからねぇ。で、彼方の話だっけか? アイツが何がしたいのかは知らないケド、この十年の間がむしゃらにやってたみたいなんだよね」

 地べたにへたり込み、相変わらずの舌っ足らずの口調で綿貫は談ずる。

「その結果が今の彼方――無敵の戦闘狂。ボクの予想ではただ純粋に強さを求めてるだけだと思ってたんだケド、『無敵』と呼ばれるまでになっても満足しないとなると……」

「それはただの過程であって彼の『目的』は達成されていないというわけですか、要するに……。だから、というわけですか?」

「いい傾向だと思うよぉ。疲れたのか、飽きたのか、諦めたのかは解んないケド。『幻影』を追い続けるのも程々にした方がいいし」

「……実は解っているのでは? それとなく」

「さぁ、どぉだろね? 昔はさ、彼方もかわいかったんだよねぇ。ちょぉ〜無口で……って、どうしたの……?」

 しゃがんで背からアリスを降ろした零崎が、踵をめぐらす。

「彼――クルースニクは、セキュリティーサービスとやらには己を悟られぬよう戦っているのでしょう?」

「そこは上手くやるよぉ。アンタが行っても邪魔になるだけだからさ」

「八十三回。私があなたを殺した回数です」

「……それがどぉしたの?」

「『三貴神』が一人『天照大神』の零崎沙希が、蔑ろにされたままというのは好ましくありませんから」

「待て、アリスはどう――」

 お願いします、と橘の言葉を遮った瞬間、前屈姿勢を取った零崎が残像を残してこの場を後にした。

「俺はあの男のマンションの位置を把握していないんだけどな……」

「アリスも解んないよ」

「ボクも……」


     *  *  *


 無秩序に停められた百を越える装甲車の一つに、真上から矢のごとく人影が落下する。

 金属が弾ける音ともに装甲車のルーフを貫き、次いで破砕音を散布しつつフロントガラスが砕け散った。

 そこから出て来たのは、失神した運転手の後頭部を掴んだ高城だ。

 跳躍の最中である無防備な彼を狙って、四方八方から瓦礫と銃弾が隙間なく飛来する。

「オイオイ……お仲間がいんのに派手なことしてくれんじゃねぇか……」

 運転手の頭を握る手を離して着地。体勢を立て直すことなく、すぐさまバネのように直上。

 その不可能な一連の動作で瓦礫と銃弾から逃れた高城は、近くの装甲車に目を付ける。と、高城の視界がブレザーの制服を着た少年によって塞がれた。

「――身体強化か」

 短く言い捨て、横顎を叩きにきた少年の拳骨にすっと触れる。

 同時にその打撃が軌道が変化。少年の拳は自らの横顎を豪快に叩く。

「馬鹿が。どうせなら背後から――」

 能力の恩威を失い落下していく少年を踏み台にして、再び跳躍しようとしたところで言いさした。

 即座に身体を回す。先を行った目が捉える。

 高速でこちらへ迫る少女。ブレザーの制服の下にレギンスを着込んでいる。

 少女は、右腕を左に引いて裏拳を放たんと身を捻っていた。その拳には、甲に鉄色の金属板が張られたフィンガーレスタイプのグローブ。

 間に合わない。嶺川戦で行ったように弾くことも出来るが、能力から顔が割れてしまう可能性がある。

 それが解った上で戦っていたというのに、高城は他にいくらでもある対処法を取ろうとしなかった。いや、取れなかった。

 枷のない普段とは違う戦闘スタイルに、身体がついて行っていなかったのだ。

 さりとて弾くことは出来ない、と脳が身体を従わせる。

 歯噛み、一発喰らう覚悟で高城が完全に振り返った。

「――は……?」

 が、拳は来ない。それ以前にレギンスの少女の姿がない。

 代わりに見慣れた女が、まるで今し方蹴りでも入れたかのような体勢で宙に浮いていた。

 先ほど目を付けていた装甲車のルーフに着地し、瞬時にして隣に降り立った零崎に問う 。

「テメェ、何しに来やがった……?」

「いいんですよ、私は女もイケる口ですから」

「……ハッ、こりゃあイイ女だ!」

「お褒めの言葉ありがたく受け取らせていただきます、クルースニクさん」

 嫣然とした悪戯な笑みを零す零崎の顔に高城が手を伸ばし、顔面を撫でるように下から上へと掌を移動させた。

「なっ、何をするのですか、一体っ!?」

「『仮面』だ。どうせ言っても聞かねぇだろうしな」

「か、借りを作ってばかりはいられません、当然です! しかし、ですね! 一言あってからでも……」

 赤面してもごもごと囁く零崎を置いて、高城が跳ぶ。一拍遅れて零崎も装甲車から跳んで高城と並んだ。

 瞬間、破裂音。数秒前まで二人が立っていた装甲車が膨れ上がって弾けた。

 鋭く尖った鉄片の数々が跳躍中の二人の背に追い迫る。

 零崎が振り向き、無数の鉄片に両手の五指を向けて放つ。

 レーザー。

 知覚出来ないほどの速さで、矢継ぎ早に鉄片を迎撃していく。

「あなたの仕業ではないですよね、まさか!?」

「自警団にもやる奴がいるみてぇだな。こりゃあ『流体』、だな」

 ふわりと音もなく地に降りた高城が、天を仰いで両手を広げる。

 その横をやや通り過ぎ、零崎は靴底を擦過させて停止した。

「――Distortion」

「今度は何を……?」

「そうだ、教えといてやるよ。お前の異能とやらはもう俺には通用しねぇぜ」

「構いません、別に。ですが、遊び相手にならいつでも」

「ひはッ、言うじゃねぇか! 出来ればチェンジと願いてぇけどな」

「下卑た男です、ね……」

《がくっ、そこは恥じらうところではありません。『当店ではそのようなサービスは行っておりません』と返すべきかと》

「この声は……!?」

「そこまで求めてねぇよ……」

 瓦礫、銃弾、電撃、火炎、暴風。

 襲来するそれらに向けて、高城は周囲に転がっている瓦礫を次々と蹴り飛ばしていく。

 その蹴り付けた瓦礫は飛来する瓦礫を相殺し、銃弾を弾き、電撃と火炎の進行を妨げ、暴風を抑える。

「そういやぁ、ホルスタインさんよぉ。俺のマンションに来たのはお前か?」

「ええ、そうですが……?」

「波頭、ナビしてやれ……」

《自己判断で既に行っております。それにしても、零崎さんは声色や口調に反して意外と抜けていますね》

「申し訳が立ちません……。波頭さん、でしたか? よろしくお願いします」

《高城さんの命令ですから、構いません》

「……彼女に何をしたのですか、クルースニク!?」

「何を変に勘ぐ繰ってワケの解んねぇことを抜かしてんだ。コイツはこういうふざけた女なんだよ」

《お言葉ですが、わたくしは至って真面目に高城さんのファンであるだけです。その証拠に壁一面に高城さんの写真が飾られているわけではありません。もちろん天井にもそのようなものは皆無。しかし、今日、正確には昨日の午後十一時八分三十二秒のことですが、一枚だけ写真を撮らせていただけました。万一の時のために回線を繋いでおいてくれという話から――》

 抑揚無く、しかし嬉々として語る波頭を無視して、動きを停めた高城は言葉を紡ぐ。

「そろそろ仕上げといくか。ホルスタイン、適当に時間稼いどけ」

「え、ええ!」

 零崎が、しゃがみ込んで地に両手を突き立てた高城の前に出た。

 いつの間に拾い上げたのか、右手に鉄パイプが握られており、抜刀の構えで腰の横に据えられている。

 高城が瓦礫の砲弾の射出を止めたことで、近接戦闘を仕掛けようとする数十人の私服姿や学生服の男女が二人に向かって疾駆していた。

 中には、消えては跳躍したかのように姿を現す者もいる。

 ぐんぐん距離が詰められていく。残り十メートルに差し掛かったところで、

「――『追刃』」

 抜刀。

 光速で抜かれた鉄パイプから凄まじい光の奔流が溢れ出す。

 光はまるで津波のように立ち向かってきていた自警団の男女を包み込んだ。

 そして、辺りに広がった光が収束すると、自警団の男女全員が地に伏していた。

「……峰打ちです、といっても肋が数本折れてしまっていると思いますが」

 零崎は同じ位置から動いているように思えないが、携える鉄パイプは何度か何かを殴りつけたかのように僅かに歪んでいる。

「忌々しいモン使いやがって……やるじゃねぇか……」 

「本気でやれば、視界を奪うだけでは済みませんよ」

「こりゃあもう一戦やってみるのもアリだな」

 見れば、後方で小銃を構えて待機していた装甲服の者たちが両目を覆って悶えていた。

 その中に運良く零崎の『追刃』から逃れた者がおり、小銃を構えて叱咤激励の声を発するが、

「なっ、これは――!?」

 突如として零崎を含めたこの場に存在する者が沈んだ。

 一人、また一人と上から何かに押し潰されるように倒れていく。

「この程度の『重力』なら耐えられんだろ。まぁ、ギリギリってところだから血涙やら色々と漏れ出ねぇように頑張りな」

 不可視の圧に耐えようと鉄パイプを地に突き立て、膝を折って歯噛む零崎の頭に高城が手を乗せた。

「っふ……はぁっ! 何も私までそれに巻き込むことは……!」

「こうしてちゃんと正してやっただろうが。そんじゃあ厄介な奴が来る前にずらかんぞ」

「いっ、何を!? 自分で立て――」

 零崎が言い終える前に、彼女を脇に抱えて高城が天高く跳躍する。

 地上の建物が模型ほどの大きさにしか感じられなくなる高さまで昇ると、零崎が躊躇いがちに切り出す。

「高城……彼方……?」

「あん……?」

「あなたはアリスを救ってくれる人ではないのかもしれません、たしかに」

「……どんな地獄耳だ」

「しかし、救ってくれました……私、を……」

「……救いようのねぇ」

「心から感謝しています。ありがとうございました」

《つーん、わたくしはお邪魔ですね》

「い、いえ! 違います、そんなつもりはまったく! ただ感謝の意を!」

「ババアはお断りだっつーの」

「バッ、ババア……!?」

 星が瞬くような白色の光を纏い、怪鳥へと姿を変えた高城の背で上気した零崎が叫ぶ。


「――私まだ、十六ですッ!!」


《零崎さん、いくらなんでもそこまで鯖を読むのは如何なものかと》


「ねぇよ」

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