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第 四 章 『保護者』



「連絡が取れねぇだぁ……?」

 デクスに向かって執務をこなしていた研究員の一人に、綿貫について訊いた高城は、眉を八の字にした。

 どいやら昨日から、綿貫の行方が掴めていないらしい。携帯電話に連絡を取っても、呼び出しはするもののそれだけだとという。

「まさか、アイツぅ……」

 綿貫が、あのタチバナという男に負けたとは思えない。

 死んでも死なないようなようなあの少女は、本当に『死なない』のだ。

 そんな彼女を唯一殺せるとされる人間は、自分以外にいないと言われいた。

 その自分と互角とまではいかなくとも、渡り合うことの出きる人間が綿貫だ。

 だから高城は、携帯電話を携帯せずにその辺をふらついているのだと納得しかけたところで、

「いや……」

 呟き、思案を広げていく――だがそれはこの研究特区での話だ、と。

 『異能』を扱う異能者が存在するとなれば、自分以外に綿貫を殺せる能力者がいたとしても不思議ではない。

 となると綿貫は既に死んでいると判断した方がいいだろう。運がよければ、生かされて捕まっているという可能性も少なからずあるのだが。

「悪運の強ぇ女だけれど、相手が相手となるとなぁ……」

 確かめるためにも、と高城は振り返り、声高々と訊ねる。

「――オイ、今研究所に念話系の能力を使える奴はいねぇか!?」

 一斉に、視線が高城へと集中する。

 しかしながら、広大な執務室にいる白衣を纏った老若男女の研究員達は、一人として首を縦には振るわない。

 ちらほらといる若い被験者達もそれは同様だった。

「チッ、使えねぇ! 『波動回線ヴァイブ・ネットワーク』はどうしたぁっ!?」

 研究員達と被験者達がざわめく。少しの間があって妙齢の研究員から解答があったかと思えば、

「四月に入ってから研究所には顔を出してないわ。彼女、引き籠もりだから。担当者としては困ったものよ」

「不必要な情報どぉも。結局いねぇってことじゃねぇか、クソが……」

 再度舌打ちをして、高城は執務室の出口へ向かう。

 本日、実験の予定は入っていない。それにアリスを外で待たせている以上、長居は無用だ。

「あっ、あの……!」

「あ……?」

 ドアノブに手をかけた丁度その時、声が掛かった。

 振り向くと、そこにはおかっぱのセーラーを着た小柄な少女が立っていた。

「わ、私っ……念話使えます……!」

「お前は、たしか綿貫とたまに連んでる……」

「はいっ、本郷律子といいます……あっ!」

 吃り気味の本郷は、慌ただしく深々と御辞儀をして続ける。

「私っ、下位の能力者なんですけど、それでもいいのなら……!」

「あぁ、ならいっちょ頼むわ。相手は綿貫だ、繋いだこともあんだろ?」

「は、はいっ、任せてください! 集中集中集中……」

 両の親指で耳を塞ぎ、頭を包み込むように両手を乗せた本郷は、左足で地を叩いてリズムを取り始めた。

 最初はゆっくりとしていたそれが、段々と焦ったようなアップテンポに変わっていく。

「繋がりません……どうして……?」

 耳と頭から力無く手を離した本郷は、申し訳なさそうに頭を下げた。

「ブロックされてるわけじゃねぇんだよな?」

「はい。先ほども言いましたけど、私の能力は下位のものです。でも、一度繋げたことのある相手なら範囲は関係ないんですけど……」

「そうか、こりゃあマジで……」

「あの、もしかして……月下ちゃんは……」

「くははッ、月下ちゃんねぇ……最悪くたばっちまってるだろうなぁ……」

「っ……!?」

「けれどよ、アイツが死ぬような玉かぁ? お前もアイツの能力『月下美人アルテミス』については聞いてんだろ?」

「……はい! そうですよね、大丈夫ですよね!」

 また慣れないことをしてしまった、と心の中で高城は自らの変化に呆れ果てた。

 念話が繋がらない以上、既に綿貫があの世へ旅立っている確率は九十九パーセントにまで跳ね上がっている。

 だが、論理的思考を切り離してみると本郷に述べたように、綿貫がそう易々と死ぬようには思えなかった。

「本郷、お前綿貫のケータイの電話番号知ってるよな?」

「あ、はいっ……教えますか……?」

「そうしてくれ、試しに俺からもかけてみるわ」

 ジーンズの尻ポケットからPDAを取り出し、ケータイのディスプレイを見ながら本郷が言う番号を打ち込んでいく。

「……このことは、研究所に報告しないていいんですか?」

「こっちはちょっとばかし面倒なもんが負ぶさってっからな。お前が上に報告したいってんなら、好きにすりゃあいいけどよ」

「し、しししません! 『見た目と言動はアレだけど、悪い奴じゃない』って月下ちゃんが……あぁっ、ごめんなさいごめんなさい!」

「……くふッ、そりゃあありがてぇ話だなぁ、オイ! 御礼に綿貫の奴を一〇〇万回ブッ殺してやんねぇと」

「あ、ダメっ……あれ? いいのかな……?」

 困惑の表情で首を左右に傾げる本郷を置いて、高城は執務室の扉を潜った。

 数秒経って、ようやく目の前にいた人物が消えていることに気づいた本郷が慌てて廊下に出ると、既に遠くにある高城の背に向かって腰を折る。

 それに勘付いたのか、高城は背を向けたまま小さく挙げた手をひらひらと振った。


     *  *  *


 アリスは、生まれて初めてアイスという食べ物の存在を知った。

 木の棒が突き刺さったそれは、苺味の粒々氷が練乳でコーティングされている。

 まず口にすると、甘ったるい練乳の味が一気に広がり、次いで雪崩を打ったように粒々氷のしゃりゃりとした食感が訪れた。

 咀嚼すれば、練乳の甘さと苺の酸味が混ざり合い、絶妙な味わいを生み出す。

 こんなにも美味しいものは大切に食べようと決意するが、三十秒もしないうちにアイスはただの棒と化していた。

「タカジョー、アイス……」

「…………」

「……タカジョー? さっきから、何してるの?」

 雑踏の中で立ち止まっている高城を見上げてアリスは大きく首を傾ぐ。

 返答は無し。無言の高城は虚空へ向けて指を鳴らし、歩みを再開する。

 研究所を出てからコンビニでアリスにアイスを買い与えて以降、この不可解な行動を高城は繰り返していた。

「ねねっ、タカジョーってばぁ!」

「うっせぇガキだな……」

「もしかして、『チョウチョウリョク』でアリスを救ってくれる人をさがしてくれてるの?」

「超能力だ、アホが……。んなどこのどいつかも解んねぇような奴を探す必要はもうねぇっての」

「……どうして?」

「その救われなきゃなんねぇ『原因』を俺が排除しちまうからだよ」

「じゃあタカジョーが、アリスを救ってくれる人だったんだ!」

「勘違いしてんじゃねぇぞ。そもそも柄じゃねぇんだよ」

「ガラってなぁに?」

「俺には相応しくねぇ、ってことだ」

「でもでもっ、アリスはタカジョーがいい!」

「……餌付けされてんじゃねぇよ、ガキ」

「ぶーっ! 違うもん!」

 ……これ以上ガキの相手なんざ御免だ。

 また立ち止まり、そして指を鳴らす。

 一刻も早く、異能者を潰して――アリスから解放されようと、高城はやや歩調を速めた。


     *  *  *


 陽が落ちる時間が近づいてきていた。

 だだっ広い5LDKマンションのリビング兼ダイニングには、ベッドとソファーとガラステーブルだけが置かれている。

 その隣にあるがらんどうの和室を通って差し込んだ日差しの上に小さな影が落ちた。

「タカジョー、上がったよー」

「こぉらぁあッ! 足濡らしたまま出てくんじゃねぇッ!」

「……だ、だってマットがないんだもん」

「髪からも水が滴り落ちてんぞ! ちゃんと拭きやがれっつーの!」

 バスタオルを頭から被ったアリスは、水色を基調とした白い花柄のパジャマに袖を通している。

 見るからに新品のそれは、帰り際に立ち寄ったデパート一階のスーパーで購入したものだ。

 それと一緒にアリスの下着も購入したのだが、高城はその記憶を完全に葬り去っていた。

「クソがッ! 暴れんじゃねぇぞ!」

「わっ……」

 バスタオル越しにアリスの頭を両手で掴み、わしゃわしゃと乱暴に髪を拭いていく。

 脳震盪を起こしそうなほど頭が左右にシェイクされているが、アリスは猫のように目を細めて欣然と高城に身を任せている。

「こんなもんでいいだろ、後は自然乾燥だ」

「えー……『ドリャイヤー』は……?」

「ど突かれた奴の感想かそりゃあ……。洗面所にあっから乾かしたきゃ自分でやれ」

「でも、アリス一人やったことない」

「じゃあやめとけ」

「うん、やめとく」

 頭からバスタオルを取って、アリスは自分が付けた水の軌跡を拭き取っていく。

「……ああ、ぶっ殺してぇ……」

 完全に葬り去ったはずの記憶が突如として復活する。

 その黒歴史が、高城にあるはずのない自殺願望に近いものを芽生えさせた。

 覚束ない足取りでソファーまで移動し、腰を下ろして項足れる。

「タカジョー?」

「……今、最ッ高に機嫌が悪ぃんだ。黙ってろ」

「フライドチキン食べよう。冷めちゃうよ」

「チッ、そうだな……」

 目の前のガラステーブルに置かれた、デフォルメされた鶏のキャラクターが描かれた紙箱を開いた。

 こんがり揚げられた山盛りのフライドチキンの中から、ナプキンを手に待機していたアリスに一本手渡す。

「んん〜、いい匂〜いっ! いただきますっ!」

「アホらしぃ……」

 幸せそうな笑みを浮かべつつフライドチキンに齧り付くアリスを見て、高城はくだらない自尊心で悩む自分がなんだか馬鹿らしくなった。

 気怠そうに自分の分のフライドチキンを手に取って口へ運ぶ。

 荒々しく喰らいつき、引きちぎり、そして噛み締める。

 じわり、と肉汁が口内に広がっていき、その脂が全体に染み渡って膜が張られていくのが解った。

 咀嚼。

 すると、重厚なスパイスの香りが駆け巡り、鼻を抜けたところで食欲が増進されていくのを感じる。

 それから無心で食らいつき、気付いた時には持っていたフライドチキンは無くなっていて、太く健康的な骨だけが残されていた。

 それを紙箱の空いたスペースに投げ捨て、新たなフライドチキンを手に取る。

「この腰のところが美味ぇんだよなぁ」

「あっ、次アリスもそれ食べるー!」

「ガキは食べやすい脚んとこでも喰ってろ、ガキはなぁ」

「タカジョーのイジワル!」

「喰わせてやってるだけ感謝しろ」

 ぷくぅ、と頬を膨らまして立ち上がったアリスは、とことことキッチンへ向かった。

 そこにある冷蔵庫を開け、中からコーラの入った二リットルのペットボトルを取り出し、大事そうに抱えて戻ってくる。

「タカジョー、このジュース飲んでいい?」

「好きにしろ、お前のもんだろうが」

「うん!」

 ガラステーブルにペットボトルに置き、再びキッチンへ向かうアリス。

「さて、と……」

 ナプキンで手に付いた油を拭き取りながら、高城は腰を上げる。

「あれ? どこかに行くの?」

「あぁ、大人しくしてろよ。家からは絶対出るな」

 紙コップが幾重にも入った未開封のビニール袋を手に、キッチンから戻ってきたアリスの頭をぽんと掌で叩く。

「うん ! アリスお留守番できるよ!」

「そうかよ」

「でも早く帰ってきてね?」

「ああ……」

 そこから玄関までアリスに見送られて自宅を出た高城は、一度振り返ってから歩き出す。

 ボタンを押してエレベーターを待っている間、無性に痒くなった背中をしきりに掻いていた。


     *  *  *


 時刻は二十四時を回り、辺りはすっかり静寂を見せていた。

 マンションへの帰路を辿っている高城は、徐にPDAを取り出す。

「……一応掛けてみる、か」

 昼間、研究所で本郷から教えられた番号を展開し、通話機能を選択する。

 コール。たしかに呼び出しだけは――

「……あ?」

 接続音。

 一瞬聞き間違いかと思いPDAを耳から離して見てみたが、画面上には通話中と表示されている。

「――君は、あの時の悪人面の男……彼方か?」

「……テメェはタチバナか」

 聞き覚えのある声色に、高城はアリスから聞いたジャージの男の名を口にした。

「何故……? いや、そういうことか……」

「何一人で納得してやがんだよ、気持ち悪ぃ」

「そうだ、俺は橘だ。黄泉彼方」

「……はぁ?」

「ひどく縁起の悪い名だ。まぁ、君にはお似合いだけど」

「んなことはどぉだっていい。テメェは綿貫を殺ったのか?」

「ああ、あの狼娘か……気になるか?」

「――いや、死んでくれてりゃあ意趣返しってことで、テメェらの肉片の後片付けを研究所に任せられると思ってなぁ」

「とことん狂ってやがる……」

「でぇ? 取り引きでもしてぇってか?」

「それも考えた……が、あの狼娘は君の居場所をなかなか吐かなくて…」

「言ってくれりゃあ俺もテメェらを探し回る必要なんざなかったっていうのによぉ……ったく、余計な真似してくれるじゃねぇか……」

「……それが仲間に対する態度か、偽物」

「仲間ぁ!? くくくッ、ソイツぁはちゃんちゃら可笑しな話だなぁオイ!」

「確信した。偽物はどいつもこいつも狂ってるんだな」

「いい加減話を進めてくんねぇか? そろそろ飽きてきちまったよ」

「……まぁ、家に帰ってからのお楽しみ――」

「ブッッッ壊れろオォォオオオ――ッ!!」

 咆哮。そしてPDAの向こう側からは、

「ギィアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!? 耳が、耳がぁ……」

 悲鳴、そしてざわめき。

 ケータイの落下音と、橘を心配する声が高城の耳に入った。

「――いやぁ、悪ぃ悪ぃ。迷惑かけちゃったねぇ」

 哄笑。

 高城はマンションを仰いで笑った。

「俺はあのガキの……そぉだな、保護者とは違ぇけど、そんな感じかぁ?」

 高城は笑う。心底楽しそうに。

「だから、今から迎えに行くんでよろしくぅ!!」

 瞬間、通話が切断された。

 ケータイを破壊したわけではない。橘が落としたケータイを拾い上げて通話を切ったようだ。

「ほぉ、面白ぇ奴がいそうじゃねぇか……。こりゃあ鼓膜だけじゃなくて、脳までやっちまった方がよかったかぁ?」

 邪魔になんねぇように、と付言した高城はにたにたと笑みを浮かべてPDAをポケットにしまう。

「ここからだと、準備するくらいの時間はあるよなぁ。――精々楽しませてくれよ、異能者ぁッ!!」

 高城の足が動き出す。

 獲物に爪を研ぐ時間を与えるように、のそのそと。


 しかし、その歩幅は確実に、一歩進む毎に、広く大きくなっていた。

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