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第 二 章 『意志の胎動』



 高城彼方は、研究特区第一学園の食堂にて、時が過ぎるのを待っていた。

 それは、エプロンこそ着用していないものの、有名な童話に出てくる主人公のような服装をしていた――メルヘンな少女に絡まれ、一限目の授業に遅れてしまったのが原因である。

 高城と同様の理由か、はたまた単なるサボりなのか、食堂内にはちらほらと人の姿があった。

 その誰もが、ちらちらと高城の様子を窺っている。

 恐怖と好奇がせめぎ合って、結果好奇が優勢といった感じだ。しかし高城がその者達をきっと睥睨すると、一気に恐怖が押し返したようだ。

「……それで、なんでお前がここにいるんだよ?」

 睥睨を解いて、興味なさげに視線を前に戻した高城は、対面の席についているメルヘンな少女――アリスに問うた。

「なんかね、交番みたいなところで降ろされてね。それで知らないお姉さんとお兄さんにいろいろ訊かれて」

「……セキュリティーサービス自警団セイバーの連中だろ。この研究特区に警察はいねぇよ」

「それで逃げてきた!」

「逃げんな!」

「だってアリス迷子じゃないもん……」

「じゃあどうして、その迷子じゃないアリスさんはあんなところにいたんだよ……?」

「ひとさがし! 高いところから見ればわかるかなぁって」

「ダメだ、コイツ……とんっだアホじゃねぇか……」

「アホじゃないよ!」

 胸の前で両腕を上下に振るうアリスを横目に、高城は額に手を当てて首を振るう。

「……でぇ? なんでわざわざここに戻ってきた?」

「アリスを助けてくれた鳥さんがこっちに飛んでいったから、追いかけてみたら戻ってきてた」

「鳥さんねぇ……そぉいやぁお前落ちてったんだっけか……」

「違う、叩き落とされた……」

 じとっと半目でアリスは高城を睨めつける。

 即座に目を逸らした高城は、テーブルに置かれた缶コーヒーを手に取り、ついと口をつけた。

 すると、アリスの目線が缶コーヒーに移行する。

 か、と音を立ててそれがテーブルの上に戻ったところで、視線は高城との間を行き来するようになった。

「……飲みてぇのか?」

「いいのっ!?」

「……ほらよ」

 テーブルの上を滑ってやってきた缶コーヒーを飛びかかるようにして掴んだアリスは、きらきらと瞳を輝かせて高城を見つめる。

「いい人!」

「そりゃどぉも」

 一口。

 小さな両手で包まれ口元で傾けられていた缶コーヒーが、テーブルの上に勢いよく叩きつけられた。

「苦ぁい! なにこれ……?」

「見りゃ解んだろ、ていうか充分甘ぇし」

「び……とう……? おさとうが足りないよ!」

「よぉく読めましたねぇ」

 舌を出しながら、馬鹿にするなと言わんばかりにアリスは手足をばたつかせる。

 そんなアリスを高城が鼻で笑うと同時に、スピーカーからチャイムの音が響いた。

 なんかざわついてるよ、と目を白黒させるアリスを見て、高城は思う。

 しかし、その思考をらしくないと理由で頭の隅へ追いやった。

「どこ行くの……?」

 椅子を引いて立ち上がった高城に、アリスは首を傾げて消え入りそうな声で訊ねる。

 だが、高城は言葉を返さずにテーブルの上の缶コーヒーを掴み上げた。

「一緒にいってもいい?」

「はぁ……?」

「アリス……道とかわからないから……」

「一度帰って、ママとお手々繋いでその人捜しとやらをすりゃあいいだろ」

「…………」

 俯いて押し黙ってしまったアリス。

 そんな彼女に対して、舌打ちを一つ置き土産に、高城は食堂を後にした。


     *  *  *


 結局高城は二限目の授業を受けには向かわなかった。

 現在、学園の中庭に彼の姿はある。

 大きな花壇の腰掛けられるほど幅のある縁に座って、一人物思いに耽っていた。

 その中で、あの屋上から投下したアリスという少女のことも度々頭上に浮かんだ。

 かといって、彼女が思案の対象になることはない。高城の根底にあるものが、それを全力で拒否するのだ。

「クソッ……イラつかせやがって……」

 がしがしと右手で頭を掻き毟る。そうして何本か指に絡まった毛髪を見て、更に鬱憤を募らせていく。

「なぁにぃ? 若ハゲ?」

「あん……?」

 高城が顔を上げると、そこには狼の少女の顔があった。

 彼女を認識した瞬間、高城は大きく溜息を吐き、黙殺を決め込むことにして空を仰いだ。

「げぇっ、白髪が混じってる。これってヤバくない? 同期として心配だよぉ」

 言葉とは裏腹に、狼の少女は口元に手を添えて高城の不幸を喜ぶように笑う。

 だが、高城が特に反応も見せずに無言でいるとつまらなそうに唇を尖らせ、彼の隣に腰を下ろした。

 それに対して舌打ちがあったが、狼の少女は気にしていない。

「……お前、授業はどうした?」

「ボクみたいな天才は、入学以前からA級特殊カリキュラムを受けてたから、しょせん授業なんて暇潰しさ!」

「被験者だからだろうが」

「もっとキレのあるツッコミを希望する!」

「他当たれ」

「もしくは『じゃあ俺も天才じゃん!』ってノッてきてくれてもオーケーだよぉ?」

「……馬っ鹿じゃねぇの」

「せっかく話しかけてやってんのにその態度は何なのさ!?」

「んなことを誰が頼んだ」

「……なんならここで昨日の続きしようかぁ?」

「丁度暇を持て余してたところだ。いいぜ、半殺しじゃ済まさねぇぞ……」

「ふんっ、金髪碧眼の幼女相手にお茶するようなロリコンに負けるとは思えないねぇ」

「は……?」

 金髪碧眼の幼女。

 間違いなく、アリスのことだろう。

 そうだとして、何故彼女がアリスのこと知っているのだろうか。

 少し考えてみれば、答えは簡単に浮かび上がってくる。

 食堂内には、自分とアリス以外にも人間はいた――つまり彼らが原因なのだろう。

「クソ虫共は噂が主食なのかねぇ……」

「ミステリアスな人物は得てして妙な噂が流れるものさ、ボクみたいにね!」

「まぁ、今回の噂は変に尾ヒレがついてないだけマシだな」

「え?」

 明らかに軽蔑した表情で、狼の少女は高城から距離を取る。

「いくらボクがちょぉ〜かわいいからってやめてよねぇっ!」

「…………」

 高城は、瞬時に理解した。

 高城彼方はロリコンだ、という立派な尾ヒレがついているということを。

「気が変わった……潰す……!」

「よっ、ケダモノぉ!」

「まずはお前からだ……」

 瞳孔の開いた高城に、冗談だから冗談だから、と流石の彼女も縮こまる。

 ――と、狼の少女に迫っていた高城が、突然その動きを停めた。

 見れば、狼の少女もバリケードとして前に出そうとしていた両手を不自然な形で停めている。

 二人が、動きを見せた。

 ぬるりと眼球だけを動かし、同じ方向へ目を向ける。

 そこには、まだ何もない。

 だがしかし、数秒後にはそこに小さなクレーターが轟音と共に生じた。

 舞い上がった砂煙に、ゆくりなく目を細めた高城は、狼の少女に問い掛ける。

「ESP実験の暴発かぁ、こりゃ……?」

「こんな昼間っからやるようなことじゃないでしょ、これぇ……」

 風に流されて砂煙が棚引いていく。

 クレーターが完全に露出した瞬間、高城の表情が強張った。

「金髪碧眼の――女の子ぉ!? か、彼方ぁ……アレってもしかして……」

 アリス。

 クレーターの中心で倒れているその幼い少女を高城が紛う方ない。

「どういうこった……!?」

 呟き、思考が纏まらないまま駆け出そうとした。が、自分よりも先に動いていた狼の少女が、視界から忽然と消えたのを見え、――いや、横合いから来た『何か』に吹き飛ばされたように見えた――一歩踏み出したところで足を停める。

「なんだ……テメェは……?」

 そして高城の目には、クレーターを背に立つ男の姿が映っていた。

 男は、『今時の若者』という言葉がよく似合う髪型で、長く伸ばした前髪で片目を隠している。

 赤毛混じりの灰髪が、黒を基調とした二本の白いラインが入ったジャージの中で浮いているように思えた。

「――いやぁ、悪い悪い。迷惑かけちゃったね」

 見た目に反しているようで、見た目どおりな飾り気のない気さくな口調で男は話す。

「俺はこの子の……そうだな、保護者とは違うけど、そんな感じかな?」

「……でぇ?」

「ああ、そっちに転がってる子のことは謝るよ。この子に近付くと危ないから……」

「違ぇよ……」

 高城は、ジーンズのポケットから左手を抜き出して、自らの手で右肩を揉み始める。

「なんでその保護者様が、そのガキを穴が空いちまうほど強く叩きつけたか、って訊いてんだよ」

「ああ、これは――」

「気を付けて彼方! そいつ昨日の実験の目撃者だ!」

 狼の少女が、吠える。

 それに呼応するように高城の元々鋭い目つきが、更にその鋭さを増す。

「昨晩の狼か」

「せぇーかい!」

 発光。

 狼の少女が、黒色の光を纏い狼へと姿を変え、その四肢で地を蹴った。

 僅か数瞬にして男の下に辿り着くと、鋭い牙を剥き出しにして喰らいつく。

「変身能力か、面白い!」

 しかし、牙が男のジャージと肉を貫く寸のところで、突如として狼は吹き飛ばされ、校舎の壁に激突した。

「チッ、能力者か……! 一体どこの……」

「違うよ。俺は君達みたいな偽物とは違う」

 唇を三日月型に割って、男は狼に向かって翳していた手を戻す。

「くひっ、偽物ねぇ……コイツぁ堪んねぇな……!」

「狂ってやがる……」

「狂ってなきゃ被験者モルモットなんかやってらんねぇんだよ。しっかし注意散漫だぜ、本物さん」

「なっ――!?」

 狼が、男の脇腹に食らいついた。その牙は肉を貫き、強引に引き抜かれる。

 だが、浅い。男の腰の括れを僅かに広げた程度だ。

「っぐ……どうして……!?」

 再び襲い掛かってきた狼と、先ほど狼が吹き飛んでいった方向は、まったくの別方向だ。

 それが不思議でならない男は、狼が吹き飛んでいった校舎に目をやった。

「ちゃんといるよぉ」

「っ――!?」

 校舎に激突した狼は、そこにいた。そこから動いていなかった。

 はっと息を呑み、男は理解する。

「分身……か……」

「まぁ、そういうことかな。どれもボクだケド、影みたいなもの? うーん、この感覚は本人にしか解らないから説明しても無駄だよぉ」

「偽物がぁ――!!」

 ば、と衣擦れの音を立てて男が両手をそれぞれ狼のいる方に向ける。不可視の衝撃が二匹の狼に迫るが、二匹は悠々と横へ跳んで避けて見せた。

 男の顔に明確な焦燥感が汗という形を以って露わになる。

「――綿貫ぃッ!」

 と、アリスを小脇に抱えた高城が、狼の少女の名を叫ぶ。

「久しぶり呼ばれた気がするねぇ……って逃げる気かよぉーっ!?」

「テメェのケツはテメェで拭け」

 背を向けて足早にこの場から去っていく高城。

 綿貫は文句の一つでも垂れてやろうかと思ったが、彼の背中を狙う男が視界に入り、それはまた別の機会に持ち越すことにした。

「もしかしてボクってあいつに信用されてるぅ?」

 なわけないよね、と肩を竦めて、自分の分身である狼を――自分を盾として衝撃から高城を庇う。

「邪魔をするな……」

「最初に邪魔したのは、ア・ン・タ。まっ、そんなことボクはどぉでもいいんだケドさ」

 綿貫の影が質量を持ったかのように蠢き、そこから新たに三体の分身が生まれ出た。

 男は負傷した脇腹を押さえていられる余裕はないと判断し、両手を綿貫に向ける。

 次の瞬間、綿貫を含めた計四体の狼がハンティング開始した――――


「ちょぉ〜っと本気出すよ? ありがたく思っちゃっていいからね」

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