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第 一 章 『幻想童話』



「――彼方ぁ!!」

 腰の辺りに衝撃を感じ、面倒臭そうな顔をして三白眼の少年は振り向く。

 と、そこにはウェーブがかったロングヘアの少女が尻餅をついていた。

「いてて……かーなーたぁー……」

「下の名前で呼ぶんじゃねぇよ、誰が許可した? 高城さん、って呼べチビ」

「彼方っていいセンスしてるよねぇ。この縁起の悪い感じがさ、なんともねぇ」

 ぐふふ、と口元に手を添えて笑った狼の少女は、立ち上がって尻についた埃を払う。

「生憎神様なんざ信じてないんでね」

「あっちへいっちゃえばいいのに……」

「おーおー……どうやらブチ殺されてぇみたいだなぁ……」

「昨日、なんで帰っちゃったのさ!」

「あ……?」

 高城は、昨晩行われた戦闘――実験のことを思い返す。

 目撃者が出たせいで中止になり、その目撃者を始末するという仕事にシフトしたのだが、

「ああ、お前が先に噛み付いちまったからな。少しも楽しめなかったぜ」

「だからさっさと帰ったわけ!? 少しは協力しようとか思わないの!?」

「……まさか、お前逃がしたんじゃねぇよな?」

「うっ……そうだよ……」

「くくっ、狼が獲物を取り逃がすなんてとんだお笑いだな」

「笑うな! あのあとボクは散々怒られたんだからね!」

「黙ってりゃよかっただろ」

「そ、そこはボクの持ち前の正義感が許さなかったんだよ」

「都合のいい正義感だことぉ……」

「うるさい! とにかくあとでアンタも怒られろ!」

「意欲的に貢献してやってる俺に、説教垂れる研究者がいると思えねぇな」

「ただの戦闘狂なだけじゃん……」

 涙目になって肩を落として見せた少女は、とぼとぼと歩き出す。

 高城は彼女の哀愁漂う背中を嘲笑って、同様に足を進める。

「……付いてくんな、ばかっ!」

「誰が好き好んでお前の小さいケツを追っ掛けるかっての」

「むきーっ!!」

 ……煩わしい。

 思うだけで口には出さず、高城はそっと脇道にフェードアウトしていった。


     *  *  *


 ――数分後。

 高城の姿は、彼の通う研究特区第一学園の屋上にあった。

 暖かな春の陽気に、思わず欠伸が零れ落ちる。

「ここで一眠りしていくのも悪くねぇか……」

 呟いて近くにあったベンチに横たわり、腕を枕替わりにして完全に睡眠の態勢に入った。

 すぐに睡魔がちょこちょこと顔を覗かせ始め、高城はうとうとと瞼を上下させる。

 そんな安らかな一時を邪魔するかのように、引き裂くような悲鳴が響く。

「……は?」

 寝起きの赤ん坊のように眉を潜めて、ベンチから起き上がった高城は辺りを見回した。

 が、自分以外に人っ子一人いやしない。それどころか悲鳴の元となるようなものも見当たらない。

「チッ、幻聴か。こりゃあ本格化にヤバイかぁ……?」

 乱暴に額へ手を持っていき、溜息を一つ。首を振るって意識の確認をする。

 ――正常……。

 実際そうだとは限らないが、そう思わずにはやっていられない。

「誰か……て……」

「クソが……」

「誰か……助けてーっ!」

「……寝ちまえば元に戻ってんだろ」

「お願い! 助けてーっ!」

「キンキンうるせぇな……」

「そこに誰かいるんでしょ? ねっ、こっちこっち!」

 落下防止用の金網フェンスの向こう側から轟く幻聴。

 それに対して、高城は一つの結論に至っていた。

 しかしどうしても納得がいかない。高城は、自分の潜在意識に自殺願望があるのだと納得出来るような人間ではなかったのだ。

 だから彼はベンチから腰を上げる。

 そしてフェンスの前まで行って金網に手を掛けた。よじ登って、向こう側へ降り立った。

 ポケットに手をしまい込み、周囲に視線を巡らす。

 やはり誰の姿も、何かあるわけでもない。

 ハッ、と自嘲して、本当に自分が自殺願望を持っているのかを確かめようと、上体を倒して下方を覗き込む。

 すると、そこには――

「こんにちは」

「……オイオイ、今度は幻視かぁ?」

 ブロンドの髪と碧眼。可愛らしい顔立ちをした幼い少女が、こちらを見ていた。

「幻なんかじゃないよ? 私はアリス」

「あぁ、やっぱり幻視か……」

 幻視でなければ、こんな不思議の国に迷い込んだようなコスチュームした、メルヘンな幼い少女が屋上の縁にぶら下がっているわけがない。

 幻聴に次ぐ幻視。

 一時的になんとかすることはできる――いや、幻覚を無縁のものにすることが高城には可能だった。

 しかし、これからこんなものに自分の能力と労力を割くなんて堪ったものではない。

 高城は一刻も早くこの幻覚症状の解消法を探るべく、自身の所属する研究所へ向かおうと踵を返す。

「あっ、待って!」

「っ――!?」

 金網に手をかけたその時、メルヘンな少女が高城の足をがしりと掴んだ。

「はっ、はくじょうなしぃい……」

「俺を地獄に引きずり込もうってか!?」

 潤んだ瞳で見つめる少女。

 意図してやっているのかどうかは別として、高城にそんなものは端っから通用していないようだ。

 その証拠に、

「墜ちろぉッ!!」

「や、やめてよーっ!」

 ぶんぶんと足を振るって少女を落としに掛かっていた。その行動に何の戸惑いも罪悪感も感じている様子はない。

 必死にしがみついてはいるが、もはや少女の握力は限界に近付いてきているのだろう。腕がぷるぷると痙攣している。

 それを好機と見た高城は、自由な方の足を少女の頭にそっと乗せた。

「――むっ!」

 と、敏感に危機を察知したのか、少女は綺麗に並んだ歯を剥いてかぷりと高城の足に噛みつく。

「がぁあッ!?」

 突然の激痛に高城は足をばたつかせる。

 ――と、運良く足裏が鎚なって少女の頭を叩き、彼女は短い悲鳴と共に消えていったのであった。

「……触れられんのか?」


     *  *  *


 アリスと名乗った少女は、頭から真っ直ぐ地面に向かって落ちている。

 ……死んじゃう。

 その一言だけが思い浮かんだ。

 自分を殺した人間になるのであろう、あの凶悪な人相の少年がぼんやりと目に浮かんたが、憤怒しながら死すのはなんだか気分が悪いと思って、少女は彼を許すことにした。

「っうう……」

 間もなくやってくるであろう痛み。想像するだけで総毛立つ。だが、次の瞬間には不思議とその恐怖は消えていく。

 そろそろだ、とアリスは力をいっぱい瞼を閉じた。

 今までにない奇妙な浮遊感得る。

 これが死というものなのだろうか。

 それとも瞼を開けない限り、身体は地面に衝突してくれないのだろうか。

 アリスは覚悟を決めて、ゆっくりと瞼を上げていく。

「……え?」

 徐々に広がっていく視界にまず映ったのは白色。

 事態を呑み込めぬまま身を起こすが、自分がここに転がっていたという感覚は、こうして目を開けた今でも得ることがない。

「これ……羽……?」

 まったく質量を感じさせないふわりとした大きな羽。それがこの白色の正体だった。

 ここが天国なのか、という考えが一瞬アリスの頭を過ぎったが、頬を打つ冷たい風がその可能性を否定した。

「……鳥さん? 鳥さんが助けてくれたの?」

 立ち上がり、体長三メートルはあるであろう白色の怪鳥に向かって、アリスは問う。

 だがしかし、待てども待てども怪鳥が答を返すことはなかった。

「……気持ちいいっ!」

 そんなことはアリスも最初から解っていたのか、ただ奇妙な浮遊感に身を預けて満面の笑みを浮かべる。

 両腕を広げると、その間を心地よい風が抜けていく。

 瞬間、アリスの小さな身体が後ろへ飛ばされそうになったが、怪鳥が急上昇を行ったことで再び空に投げ出されることはなかった。

「でも、どうして助けてくれたの? もしかして……アリスはエサっこと……?」

「――――」

 か、という声と、き、という声を重ねたような奇妙な叫びで怪鳥は呼応する。

 それを聞いたアリスは、しばらく時が停まったかのように固まっていた。

 動き出したかと思えば、徐に怪鳥の羽を握り締めるという行動を取り――力の限り引っ張って泣き喚き始めたのであった。


「降ろしてぇえええ――!!」

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