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第17話 ギフト

 僕は慎重に言葉を選んだ。


「あれが特別なものだということは知っているよ。僕の大先輩にあたる人が教えてくれたんだ。それで、その人曰く、僕も結構特別らしくて、ひょっとして父さんも特別なんじゃないかって」

「特別?」


 父さんはすごく真面目な顔をしている。僕は観念して、その単語を小さく口にした。


「魔術師」


 うーん、と父さんは肘をテーブルにつき、片手で頭を支えた。


「そう。あれは俺が作ったものだ。できれば、お前にはこの世界のことを知らないでほしかった」


 では、やはりと思った。父さんは魔術師なのだ。


「お前がこの道を望むのならば別だ。けれども、才能に引きずられて道を選択させられるのは、必ずしも幸福なことではないと思った。どうなんだその辺り、お前は魔術をやりたいのか」

「僕は」


 思った通りのことを言う。


「僕は魔術なんかやりたくない。普通の生活に戻りたい。名前が分かる才能なんか、そんな訳の分からないもの無かったらよかったのに……!」


 父さんは僕の肩を二三度ポンポンと叩いた。


「どうも苦労しているみたいだな。実はさっき僕の所までお前が走って来る時、自分の息子が走って来るんだと分かっていた」

「え?」


 いや、でもさすがに実際に見たら驚いたけどねと言いつつ、父さんはとりかわに手を伸ばし、僕にも食べるよう目で促す。


「お前と今の、六歳の悠理は魔力の波形が一緒なんだよ。強弱は違うけれど。今の悠理の魔力は本当に弱くて、よっぽど近くにいないと分からないが、もうお前の魔力は遠くにいても分かる。成長したみたいだな。お前にとってよくないことなのかもしれんが」


 成長? 研究されている内にしたんだろうか。


「俺もお前も望まなかったが、所詮普通に生きようと思っても無理なのかもしれん。お前の才能があっては」

「そんな」


 父さんは顎を撫でる。


「そこまで育ってしまっては、お前が拒んでも周りが放っておかんだろう。しかしね、こんなことを言うのはなんだが、与えられた条件とうまく折り合いをつけて生きることもできるんだよ」

「でも」

「まあ、食べなさい。悩んでいる時こそ元気をつけなければ。全くお前の時代の俺は何をしているんだ。息子が悩んでいるというのに」


 焼鳥屋の中のがやがやとした喧騒が少し遠く聞こえた。僕と父さんだけ独立した世界にいるようだった。僕は話題を変える。


「伯父さんも魔術師?」

「そう。だけど昔から仲が悪くてね。どうした急に」

「いや」


 父さんと話していると不確定だったものがどんどん明らかになってゆく。父さんは砂肝を食べながら破顔した。


「二人でいるんだ。もっと楽しい話でもしよう。どうだ好きな子はいるのか?」

「ぶっ」


 動揺して思わず吹き出してしまった。


「いるんだな?」

「いない、いない、いないよ」


 父さんは僕の様子を見て悪戯っぽく笑いながら楽しそうにしている。この親父。


「あ、でも」

「ん?」


 今の悩みを言うにはいい機会かもしれない。


「最近知り合った女の子がいるんだ。僕はその女の子にあることをお願いしているけど、全然聞いてくれなくて。でも、僕は僕のお願いを通したいんだ。どうすればいい?」


 サドリの家を出たい件だ。こんな漠然とした言い方でもアドバイスをくれるだろうか。父さんは口をへの字に曲げて、顎をポリポリ掻いた。


「そりゃあお前、お願いの内容次第だろ。その子がどうしても聞けない内容だったら駄目だろうし」


 まあ、そういう答になるよねと思った。けれど納得するわけにはいかないから、僕は食い下がる。


「でも、そういう訳にはいかないんだ」

「うーん、じゃあね、その子ともっと話し合うんだな。話し合うといっても、お前が一方的に自分の思っていることを話すんじゃ駄目だぞ。自分が話す以上に相手の話をよく聞くんだ」


 サドリの話を聞く。そういえば僕はなんで彼女が、僕に家にいてほしいかという理由について、まだはっきりとは知らないのだった。


「いやあ、女の子は大変だよな。俺が梓と付き合っていた頃なんか――」


 そこから延々と苦労話の形をとったのろけが始まった。僕は母さん元気かなあと思った。母さんのことも現状よく分からない。


「あ!」


 話の途中で父さんは青ざめた。


「梓に遅くなるって連絡してなかった」


 父さんは急いで通勤かばんを大きく開け、携帯を探している。かばんの中が丸見えだ。僕はそれを眺めていて一つ気になるものを見つけた。通勤かばんを不自然に膨らませていたものの正体。それは緑色の包み紙を赤いリボンで括った箱だった。


「父さん、それは何?」


 僕はそれを指差す。父さんは探し出した携帯でメールを打ちながら返事をした。


「ああ、それは今のお前にあげるクリスマスプレゼントだよ。もちろんサンタ名義だけど」


 それを聞いた瞬間、その箱が僕にとって不吉なものに変貌した。


 待て。父さんはさっき、今の僕が六歳だと言っていなかったか?


「ねえ、父さん。今は何年何月何日?」

「おっ、映画みたいなこと聞くなあ。今日は二〇××年十二月二十四日、丁度クリスマスイブだよ。ああ、こんな日に何も言わずに遅くなるなんて、梓にも悠理にも悪いなあ」


 二〇××年十二月二十四日、十年前のクリスマスイブ。それは父さんの命日だ。この日、父さんは突然の心臓麻痺で死ぬ。


 僕は父さんの腕を掴んで立ち上がった。


「父さん、今すぐ会計を済ませて病院に行こう。急いで」


 声が少し震えていた。父さんは僕の様子にびっくりした顔をしている。


 あの日父さんは路上で死んでいたのだ。僕は頭を巡らせる。その結果を変えるにはどうすればいい?


「タクシー、道に出たらタクシーをすぐに捕まえよう。それで一番近くの大きな病院まで送ってもらうんだ」

「病院? 何で?」

「いいから、僕を信じて。早く!」


 心臓麻痺が病院でどこまで対応できるか僕は知らない。けれどこれが父さんの命を救う最善手のはずだ。


 僕は父さんの運命を変える。

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