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第13話 二人の帝大生

 帰って来た。玄関の赤い布をくぐると何だか家はがらんとしていて変に静かだった。家に全員が入ると千沙ちゃんがサドリに向かって頭を下げた。


「あの、サドリごめんなさい! わたしが遊びたいなんて言ったから」


 僕は慌てた。


「ちっ違うよ、千沙ちゃん。僕が悪いんだ。僕が外に出れるかもなんて思ったから。サドリ、千沙ちゃん、一沙ごめん」


 本当に僕は申し訳なかった。外に出られる可能性があるなら出たいと、よくよく事態の深刻さも想像しないままそう思ってしまっていた。結果はサドリと岩田の激闘だった。


 当のサドリは自分に付いた土埃を落とすので忙しそうだ。


「まあ、かまくらを作りに行って戦いになったのはあほらしいと言えばあほらしいが、別に何事も無かったんだからいいじゃないか。また行こう」

「サドリ!」


 僕が声を上げると、彼女はちらりとこちらを見た。


「何だよ、別にいいじゃないか。私は楽しかったぞ。あ、そうだ。お前今度から出かける時、粉かけなくていいから。もう私の所にいるのは日本側にもバレバレなんだから、使い魔たちの目を欺いてもしょうがない」

「…………」


 そういう問題ではない。彼女は危うく死ぬところだったし、ことによれば一沙や千沙ちゃんを危険にさらしたかもしれない。二度とああいう事があってはいけないのだ。僕はこれからの身の振り方をまた考える必要がある。


「茶、入れようか」


 一沙はむすっとした感じでそう言い台所に消えていった。



 程なくして熱い緑茶が出てきた。みんなでテーブルを囲みそれをすする。


「首大丈夫なのかよ」


 一沙はサドリの顔も見ず訊いた。


「問題ない」


 サドリは自分の首筋を撫でながら自嘲気味に笑った。


「あいつとの会話は聞こえたと思うが、この身体は実際のところ見た目通りの構造をしていないのだ。曲がりなりにもちゃんとした位置に元のパーツを修復するほど私の魔術は機能していない。情けないことだな」


 僕は彼女の身体を見る。骨格も何もかも整った健康そうな身体に見える。けれどもこれがまやかしだと彼女自身が言うならそうなのだろう。恐らく彼女にはそれをやってのけるだけの力がある。


「昨日瀕死の動物だって言っていたのは、そういう事だったんだね」


 彼女は僕に向かって頷いた。


「そう。私は自分の名前を失ってしまったので自分で治癒の魔術をかけてもあまり効力が無い。ただし、この家は名前の喪失以前に作った緊急時用の大魔法陣が機能していて、私にとって一種の生命維持装置になっている。だからここにいる限りはさして治りもしないが生きていくことが可能だ」

「名前を失ったってどういうこと?」


 今の話で気になる点はいくつもあるが、まずはそこが引っ掛かる。しかし、それに対してはサドリも微妙な顔をする。


「さてなあ……今一つよく分からない。単に忘れたということなのか、きれいさっぱり無くなってしまったのか。いや、魔法陣が機能しているあたり、完全に名前が無くなったということでもなさそうなのだが。しかし、単に忘れたのだとしても事は深刻だ。なにせ私は魔術師として一人立ちして以降、自分の名前を完璧に秘匿してきたのだから。生きている人間で私の名前を知っている者はいない」


 サドリは考え込んでいる。岩田との会話によれば、サドリの怪我と名前の喪失は百年以上も前の話らしいが、その時から考えていても答えが出ないようだ。僕は一沙と千沙ちゃんの顔を窺う。


「二人はこの話どのくらい知っているの」

「昔怪我したことは知っていた。外に出たらまずいことも。でもそれくらいだ」


 一沙は頬杖をついて斜め下の方を眺めながらそう言った。どうも機嫌が悪いらしい。僕はどうしたものかなと思った。正直今は僕自身のことだけで手一杯で、他人の事情を気にしている余裕はない。けれども、はや一日余りで既にサドリのことを他人と思えなくもなっていた。僕は興味の赴くままサドリに訊いてみることにした。


「一体昔何があったの、サドリ」


 サドリは一つ頷く。


「まあいい。お前達どうせ暇だろう。ごく簡単にだが話してやろう」


 彼女はお茶をすすった。


「千沙は知らないだろうが、昔日本はロシアと戦争したことがある。そして一応勝ったわけだな。日本の勝利は驚くべきニュースとして世界中に伝わった。私はそれまで中国より東には行ったことがなかったのだが、日本という国に興味が湧いた。それで日本に入ったのが一九〇五年の暮れのことだ」


 サドリは二千八百歳を超えているのだから、当たり前と言えば当たり前なのだけど、日露戦争みたいな歴史的な出来事がいきなり会話にでてくると思わず面喰ってしまう。


「日本国内をしばらくぶらぶらして、この街はなかなか風光明媚だったので二、三年住むつもりで拠点を構えた。

 その内若い知り合いが二人できた。この家から川を渡って東にしばらく歩くと、そこそこ大きな大学があるだろう。あの大学は日本の中でもそれなりに古い大学で、昔でいう帝国大学だ。二人はそこの帝大生だったんだな。

 一人はたきはじめといって、養子に出されていたが、魔術の名家の子息で才能も抜群だった。彼は私に弟子入りをしてきて、……私もそれなりに可愛がっていたつもりだった。もう一人は魔術師でも何でもない。お節介焼きでこの家に上がりこんだのだ。まあしかし気のいい奴だった。名を林堂りんどう修一しゅういちという」


 そこで初めて一沙がサドリに向かって顔を上げた。サドリはにっこり笑って頷く。


「そう。お前達のひいじいさんだよ」


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