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第12話 化物

 ゴッ!


 重い衝撃が走る音がした。しかし、それは少女の身体に拳が叩き込まれたというよりも、厚い鋼のようなものに拳が阻まれたような音だった。


「あの距離で反応しますか!」


 岩田は右手の拳から血を引きながらサドリから一旦距離を取る。一方のサドリも顔をしかめながら左腕をかばっている。が、憎まれ口は健在だった。


「私の身体能力と、現代のなまった十代のそれとを一緒にしないでもらいたいね」


 サドリは心臓に向けて拳が放たれた一刹那、左腕で防御したらしい。


「けど、あの音は一体……」


 僕が呟きを漏らすと、千沙ちゃんが緊張した面持ちで戦いを眺めながら僕に答えてくれる。


「魔術師の服は特別製なことが多いの。魔術の攻撃を防いだり、すごく硬くなったり……。中でもサドリのコートは数百年物の一級品」


 僕は安藤さんのスーツを思い出した。あのスーツもサドリの魔術を防いでいた。それに類するものということらしい。


 サドリから距離を取った岩田はサドリに向けて左手を伸ばした。サドリの周囲に青い炎の球体ができる。しかしその中でサドリは涼しい顔をしていた。


「あれは?」

「あの岩田という人の魔術は圧縮の魔術。今あの人はサドリのいる空間に圧縮をかけているの。でもサドリはその魔術を全部呪いで殺している」


 では、あの青い炎はサドリの呪いの炎なのだ。岩田は諦めたように左手を下ろした。


「あなたに対して魔術を使っても埒が明かないのですね。魔術自体を呪うなど、その魔術に対して深い理解が無ければできないはず。さすがは千古の魔術師といったところです。ならば」


 岩田は血にまみれた右手を振るって構えを作った。


「やはり打撃でお相手しましょう」


 サドリはため息をついた。


「その右腕折れているだろ」

「なんの問題ありません」


 大男は再び少女に向かって跳躍した。よく見れば岩田とサドリの間の空間が歪んでいる。岩田は中間にある空間を圧縮することによって、跳躍を加速させているのだ。


 岩田はサドリの手前の地面に一旦着地するとそこから流れるような回し蹴りを彼女の細い首めがけて放った。足と首の間の空間が歪む。岩田の蹴りはあり得ない速さで少女の首に叩き込まれた。上着も何も無い場所。サドリは一メートルあまり吹っ飛んだ。


「サドリ!!」


 一沙が叫ぶ。蛇の体に囲まれていなければ、すぐにでも駆け寄りそうな勢いだ。僕も祈るような気持ちで彼女を見つめる。しかし、サドリは地面に横たわったまま動かない。死んだ? まさか。けれど、首にあんな勢いの蹴りを受ければ、首の骨が折れない方がおかしい。たとえ生きていたとしても、最早身体を動かすことはできないだろう。


 岩田は一つ息を吐き、動かない彼女に向かって一礼した。そして僕たちの所に向かって歩いてくる。その大男の鋭い眼光が僕に刺さる。


「高井悠理君、君が正しい判断をしていればサドリ殿はこんなことにはならなかったのだ。分かったら自分からその蛇を乗り越えてこちらに来ることだ」


 全くもって岩田の言う通りだと思った。この上、一沙や千沙ちゃんを危険にさらしてはならない。


「僕が彼の方へ行くうちに逃げるんだ」


 僕は青ざめている二人に向かってそう言うと蛇の体に手をかけた。


 ゾルリッ


 僕は一瞬自分が手をかけた蛇が動いたのかと思った。しかしそうではない。この蛇は微動だにしていない。


「何⁉」


 岩田の叫び声が聞こえる。見れば、岩田は地中から現れたもう一匹の黒い蛇に締め上げられる所だった。その蛇は、今僕達を囲んでいる蛇と瓜二つの巨大な蛇だった。岩田は首まで蛇に締め付けられている。


「物語や神話の中で出てくる蛇はしばしば二匹で一セットなんだ。だから、蛇を一匹見かけたら、もう一匹に警戒しなければならない」


 少女にしては低いその声。


 横たわっていた銀髪の少女がゆらりと立ち上がる。


「売り言葉に買い言葉だがな、さっきの攻撃普通だったら死んでいるぞ。そっちの至宝が大事なのは分かるが、だからといって私を殺してどうするんだ。生かしておいた方が余程使いでがあるだろうに。やはりそのあたりの大局観の無さが二番手にとどまっている理由なんじゃないのか」


 サドリは土で汚れているもののいつも通りの状態で立っていた。締め上げられている岩田は呻き声を上げる。


「な…何故。不死でもない限り首にあれほどの打撃を受けては再び立ち上がることなどできないはず……!」


 サドリは岩田の側まで歩いて行って、鬱血して真っ赤になっている彼の顔を満足げに見上げる。


「確かに私は不死ではないし、本来であればさっきのはかなりまずかった。しかし正しく怪我の功名というやつでな、端的に言えば今の私は急所が急所として機能するようなまともな身体はしていないのだ」

「では……その姿はまやかしなのですね」

「そうこれは傷を負う以前の私の似姿。実際の私は百年以上前に爆散したパーツを寄せ集めた一つの肉塊に過ぎない」

「化……物……!」


 サドリは口の端を引き上げた。


「……もういい、ヒダリカタ、意識を落としてしまえ」


 サドリに命令された蛇は締め付けを強め、岩田は急速に意識を失った。


「ミギカタ、ヒダリカタ、もう戻っていいぞ。全く最後の最後で無礼なやつだったな」


 二匹の蛇は地中へ戻っていった。サドリは僕達三人の所へやって来る。彼女は僕たちに向かっていつも通りにやっとした。


「さあ、さっさと帰るぞ」


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