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第10話 会敵

「それは血を吐いていたことと関係があるの?」


 どうもサドリにも事情がありそうだ。しかし瀕死というのはどういうことだろう。確かに外にいる時は具合が悪そうだったけど、今はピンピンしているのに。


「あるな。しかし話せば長い。いい加減私と話をするのも疲れただろう。今日はこれでおしまいだ」


 サドリは最後のバケットを食べ切った。



 なんだか訳アリのような話を聞きそびれて甚だ消化不良だったけれど、話すことを強いるわけにもいかない。そのまま食事を終えて、僕達はそれぞれ眠ることにした。


 リビングに布団を敷いた後スマホを着けると、伯母さんからメッセージが届いていた。伯父さんが激怒して早く帰って来いといっているらしい。伯父さんがそんなに怒ることは滅多にないので、伯母さんはおろおろしているようだ。無理もない。僕はどう返事を送ったものかと考えて、これまで特段わがままも言ってこなかったし、悪いこともしてこなかったのだから、今回ばかりは大目に見てほしいというようなことを書いて送った。けれど、伯母さんはともかく伯父さんは到底納得しないだろうと思う。しかし、他に何か考えが浮かぶでもない。


 僕はスマホを消し、目のあたりを手で覆った。


 これからどうすればいいのか。今日はそればかり考えている。このままだと僕は基本的にずっとこの家にいることになる。何年も、何年も。まるで檻の中で暮らしているみたいだ。例え外出できるとしても、それはサドリと一緒で一時間限りのこと。帰りの時間だって計算しなければならない。一体一時間で何ができる?


 想像するだに耐えがたい。


 しかし、かといって研究所側に投降する気にもなれない。そちらに関しては恐怖と怒りしかない。高校に入ってバイトをしていた時間と、あとは中学時代に「友達と遊んでいた」時間が全てまやかしで、その実研究されていたのだとしたら、僕は一体どれほどの時間を無駄にさせられてきたのだろう。僕はこれまでの人生をずっと盗まれてきたのだ。


「クソッ」


 二度と関わりを持ちたくない。


 しかし、どうすれば?


 それから僕は意識が遠のくまで方法を考え続けた。そして、答は出なかった。



「何してんだお前」


 僕は翌朝一沙の声で目覚めた。玄関から入って来た一沙と千沙ちゃんが、僕を見下ろしている。僕は布団から起き上がる。


「見ての通りだけど。朝早いね」


 スマホを点けて確認する。まだ七時だ。


「千沙が昨日の夜から起きたらすぐこっち来るつって聞かねえから。」


 そうか。千沙ちゃんは昨日不満いっぱいで帰っていったのだった。


「で、何でこんなとこで寝てんの」

「しょうがないじゃないか。サドリの部屋以外で布団敷ける所なんてここしかないだろ」


 と言うと一沙は全てを悟ったみたいだ。苦労してんな、と結構気持ちのこもった感じで言ってくれた。


「悠理くん、一緒にかまくら作りませんか?」


 と、千沙ちゃん。今日は、マフラー、手袋、長靴ありの完全防寒スタイルで着膨れしていて、とても可愛かった。彼女の言葉は断りがたいのだが。


「ごめん。僕は外には出られないんだよ。サドリが一緒なら別かもしれないけど」

「じゃあ、サドリを起こしてきますからっ」


 千沙ちゃんはサドリの部屋がある方まで走っていった。


 一沙と二人きりになる。


「外出れねえの?」


 彼は三白眼をこちらに向ける。


「うん」


 僕は昨日あったことを一通り喋った。一沙は壁にもたれかかりながら話を聞いていたが、やがてその茶髪の後頭部を壁にこつとあてた。


「お前、サドリみたいだ」

「え?」

「あいつも本当は外に出ちゃいけないんだ」


 その時、千沙ちゃんとサドリがリビングに入って来た。もう黒いコートを羽織ったサドリは高らかに宣言した。


「よし、行くぞ!」


 横からため息が聞こえた。



 昨日と同じようにハーブの粉を頭からかけてもらうと、僕の姿が見えなくなったらしい。一沙がすごく複雑そうな顔をしていた。サドリと千沙ちゃんには見えるらしく、そのあたりがある程度以上の魔術師が来たら駄目だという理由なのだろう。魔術的なものを見る能力がある人達には丸見えらしい。


「サドリ、魔術師が来たらどうするの?」


 不安だ。僕とサドリだけではない。一沙や千沙ちゃんを巻き込むことになる。


「私が倒す」


 サドリは些かの気負いもなくそう言って家の外へ足を踏み出した。


 街に出ると、ふくらはぎまで埋まるくらい雪が積もっていた。本当にこの街でこれほど積もるのは珍しい。僕の姿は見えないけれど身体はあるわけで、僕が歩いた後の雪にはくっきり足跡がついた。かえって怪しくないかこれ。思案の末、一沙が歩いた足跡を踏みながら歩いて行くことにした。一沙は僕より歩幅が大きいから歩きにくい。


「一沙何センチあるの、身長。」

「うわ、びっくりした。見えないくせに話しかけんなよ。百八十二だよ。」


 一沙って案外素直な奴だよなと思っていると川原に着いた。僕達の街は北から南に鴨川という一本大きな川が流れていて、商店街から川までは結構近い。川の両岸は広い遊歩道と附属地があるから、休日はそこで遊んでいる家族連れも多かった。今日は朝早く雪も深いせいか、人通りはまばらだ。僕達はそこでかまくらを作り始めた。


「四人入れるやつ作るか」

「ほんと? やったー!」

「バカ、どんだけでかいの作るつもりだ。一時間しかねえんだぞ」

「千沙ちゃんが入れるくらいのでどうかな?」


 せっせとマウントを作る。そう一沙の言う通り一時間しかない。帰りの時間を考えればここで遊べるのは四十分くらいだ。でも四人でワイワイやりながらかまくらを作るのは楽しかった。


 川のせせらぎが聞こえる。


 ?


 僕は周りがやけに静かなことに気が付いた。


 近くを走る車道からの音がすごく遠くに聞こえる。


 まばらにはあったはずの人通りも今は全くない。八時が近づこうとしているのに、そんなことがあり得るだろうか?


 サドリが立ち上がった。辺りをぐるりと見まわしている。そして呟いた。


「やられた」


 ただならぬ雰囲気だ。一沙は千沙ちゃんの手をとって自分の側に引き寄せた。千沙ちゃんは空の方をあちこち見ている。


「サドリ、わたし達大きな箱の中に入っているよ。」


 箱? 僕は千沙ちゃんの視線を追うがそんなものは見えなかった。


「結界だよ。邪魔者を私達のいる所に近付けないつもりだ。魔術師が来るぞ」


 川のせせらぎが聞こえる。


 僕は何かの気配を感じて振り返る。


 僕達から川を挟んで対岸にベージュのトレンチコートを着た男が一人、こちらを向いて立っていた。


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