8.疑惑
セリーが王都のロランス子爵邸に到着すると、警察がセリーを待ち構えていた。
父ヴィクトルは昨夜毒殺され、セリーにその嫌疑がかかっていた。
「どういうことですか?」
身に覚えが無さすぎてセリーは呆気に取られた。
嫌疑の理由は肖像画の父の顔を塗り潰してあったこと、急な再婚で父親に対して憤懣と殺意を抱いていたのではないかというものだ。
最も父ヴィクトルを殺害する動機があるのがセリーだという決めつけだった。
祖父亡き後別邸で暮らしていたセリーの祖母、前ロランス子爵夫人エレーヌも訃報を受け、親族一同が集められていた。
祖母は二年前から車椅子を使用していると聞いていたが、セリーは初めて見た。
カーレンとエンゾには子爵を殺害する動機が無く、自分から重要な後ろ盾を失うようなことはしないと判断されているようだ。
「私は先程までエクトル様とアレット達とマルマローのコテージに滞在していました」
「それを証明できる人はいますか?」
「アレット、私の従姉妹です。今もコテージから一緒に来ました」
エーブと転移魔法で到着したアレットは、応接室に証人として呼ばれた。
「ええ、同じコテージにいましたよ。でも今みたいに転移魔法で移動したら、伯父様を殺せるかも?」
「アレット!?」
「転移魔法を使える方達とセリーは婚約者よりも親しげですもの」
それは擁護とは言えず、セリーへの疑惑を強めただけだった。
そしてヴィルジェール達まで巻き込んだことになる。
王族である彼らが犯罪の片棒を担いだように発言したも同然で、それは不敬極まり無いことだ。
「最悪の従姉妹だな」
「悪役令嬢、いえ、迷惑令嬢の見本ですね」
近頃王都では、常識も話も通じない、自己中で誰に対しても全方位で迷惑な令嬢を迷惑令嬢と呼ぶのが主流になっている。
悪役令嬢よりもはるかに品位と知能が劣る令嬢を指すことが多い。
ヴィルジェールとエーブも事情を聞くため足止めされた。
カーレンとエンゾも私を疑っているのがわかった。
多分、屋敷の人間は私が父を殺した犯人に仕立てたいのかもしれない。
父を殺した人物の目的はなんだろう?
私を完全に追い出すためならば、父を殺すよりも私を殺した方がてっとり早いのに。
「······ねえアレット、私が殺人犯になったら、従姉妹のあなたも結婚できなくなってしまうのよ。それをわかっていて、私への不利な発言をしているの?」
「······えっ!?」
「それに、証拠もなく勝手な憶測で王族を巻き込んだら、不敬罪になるわよ」
考えなしのアレットは逆上した。
「そんなの嫌よ、私が困るじゃない、あなたがなんとかしなさいよ!」
自分でやらかしておいて、その尻拭いを丸投げする迷惑の極致。
セリーも『迷惑令嬢』という文字がアレットに対して頭の中で浮かんだ。
「手遅れよ」
セリーは自分の身の振り方を決断した。
「父を殺したのは私です。私一人で殺しました。全部話します。他の方々は関係ありませんので、どうか皆様を解放して差し上げて下さい」
「セリー!?」
ヴィルジェールは困惑した。セリーの自殺未遂の原因はまさかこのせいだったのかと。
だが、ヴィルジェールにはセリーが父親を殺したようには到底思えない。
「ヴィルジェール様、ロランス家の問題に巻き込んでしまい申し訳ありません。今まで色々ありがとうございました」
「なぜだ?君は殺してはいないだろう?」
セリーは否定も肯定もしなかった。
これが誰かの筋書き通りになったのならば、それはきっとロランス家のためになるのだろう。
── 私が禁忌の子だから。
裏切りだらけのこの家は、私がいなくなれば少しは清まるのだろうか?
誰かが終わりにしなくてはならないのなら、私で終わりにしよう。
「では、連行させていただきます」
「よろしくお願いします」
応接室を出て連行されるセリーに向かってカーレンは唾を吐いた。
「夫を返して!」
カーレンは父を殺してはいないのだろう。
「よくも父上を!」
エンゾはセリーの左頬を平手打ちした。
「やめろ!」
右頬まで打とうとする彼をヴィルジェールと警官が制止した。エーブがすぐさまセリーに治癒魔法をかけた。
エンゾも父を殺してはいない筈だ。
ふと視線の先に祖母がいるのが見えた。祖母はセリーと目が合うと目を反らした。
「······おばあ様、私のせいで長い間苦しめて申し訳ありませんでした。どうかお元気で」
セリーは祖母の前で会釈し、立ち去ろうとした。
「お待ちなさい!ヴィクトルを殺したのは、このわたくしです」
「おばあ様!?」
居合わせた人達が一斉に祖母を見た。執事が泡を食って祖母に駆け寄った。
「セリーやエンゾだけが婚外子ではないのよ。ヴィクトルも婚外子、わたくしとは血縁ではないわ。それから、わたくしの夫も婚外子なの。その先代もそうよ。本当にロランス家はどうかしているわよね」
「大奥様!」
「いいのよ、もう。終わりにしましょう」
侍女長が気を利かせて車椅子の向きを変えた。
「わたくしが夫バチストとセリーの母ニコルを殺したの。そしてヴィクトルもね」
「エレーヌ様!」
「毒なら執事に預けてあるわ。日々のお茶に少しずつ混ぜて殺したのよ」
「な、なぜですの?なぜヴィクトルまで」
カーレンは美しい顔を歪めた。
「セリーの父がバチストだからよ」
「なっ、そ、そんなことは信じられません」
「そうよね、嘘であったならどれだけ良かったか。ねえ、セリー」
セリーはエーブに治癒してもらったばかりの頬に一筋の涙を溢した。
ヴィルジェールからハンカチを差し出されると更に盛大に涙が溢れた。
「うう······」
ヴィルジェールはセリーの自殺未遂の理由をようやく理解した。
婚外子というだけで自殺未遂までするのが腑に落ちなかったのだ。
彼は今にも崩れ落ちそうなセリーを抱き締めるように支えた。
「ヴィクトルも今までセリーの父親を知らなかったのよ。きっとどこかの貴族だと信じていたのでしょうね。それだけ私が必死に隠して来たから。それを、そこのアレットだったかしら?その口の軽い子に聞いて知ってしまったようね」
アレットを侮蔑の目で一堂が一斉に見つめた。
「だ、だってそんなこととっくに知っていると思ったのよ」
謝罪すらしないアレットの言い訳など誰も聞いていなかった。
「それで先日ヴィクトルがわたくしに問い質しに来たのよ。セリーの父親が本当にバチストなのか。そしてヴィクトル自身も婚外子だとその時打ち明けたの」
皆身じろぎもせずに老夫人の話を聞いている。
エレーヌは何度か咳込み、侍女に水を差し出され喉を潤した。
「······なぜ父まで殺す必要があったのですか!?」
最もロランス家の外見的特徴を受け継いでいるエンゾが、憎しみのこもった視線でエレーヌを睨んだ。
「ヴィクトルがセリーを殺そうとしたからよ」
どれだけ憎んでも、嫌悪と怒りを抱いても、父バチストも妻ニコルも既に他界していない。
その結果、ヴィクトルのやり場の無い憎しみと怒りの矛先がセリーに向けられたのだ。
父が自分をマルマローで殺害させるつもりだったと知り、セリーは愕然とした。
その刺客はエクトルだった。
次回ラストです。