6.歳上の友人①
セリーは今日も男装姿で新しくできた歳上の友人と待ち合わせた。
昨日このベンチの近くにいたフルートの少年達はいなかった。
セリーは手製のスコーンと水筒に入れた紅茶を持参した。
「君の侍女は何をしているの?いつも姿が見えないようだけど」
「追って来ないように撒いています」
「毎回?」
「そうですね。彼女は年配なので無理はしません」
マディは乳母のような存在だ。セリーには若い侍女はつけられていない。
セリーの乳母は既に退職している。婚外子の自分にもちゃんと乳母までつけてくれたロランス子爵家には感謝している。
「君の侍女殿は大変だろうね」
ヴィルジェールは笑いを噛み殺した。
「セリー!」
湖の方から自分を呼ぶ声がした。
フリルたっぷりのドレスに日傘をしてボートに乗っているアレットとエクトルだ。
突然髪を切ったセリーに、エクトルは何も言わなかったが、男装で出掛ける姿にどうやら呆れたようだ。
無視はされないが、少し距離を置かれた感じがする。
このまま破談になってくれたらいいのにと思っていたら、彼はアレットと親しくなったようだ。
ベレニス嬢とも親しげではあるけれど。
セリーはベンチからアレット達に手を振った。
どうぞお好きに。
どうせならアレットとエクトルが結婚すればいいのでは。
アレットは私より一つ年下だけれど、発育は良いし、金髪碧眼で華やかだ。地味で気難しい私よりも一緒にいて楽しい筈だから、きっとエクトルは気に入るだろう。
「あれは友人?」
「従姉妹と私の婚約者です」
「いいのかい?二人きりにさせて」
「構いません」
「······セリー、君の悩みはなんだい?恋の悩みではなさそうだけど」
ヴィルジェールは、パチンと指を鳴らすと魔法をかけた。
「防音魔法をかけた。これで俺との会話は誰にも聞こえない。思う存分話してくれ」
「······えっ!?」
「口外はしないから、ヴィルおじさんに話してごらん」
十歳上の自分をお兄さんと表現していいのかヴィルジェールは迷った。おじさんと言った方が烏滸がましくないだろう。
それに多少はセリーを笑わせることができるのではないかと思ったのだ。
「ブフッ···」
傍にいたエーブが吹き出した。
「ヴィル様、まるで詐欺師か誘拐犯みたいですよ」
「そうか?」
「かなり胡散臭いです」
エーブはヴィルジェールの乳兄弟で、主従でも遠慮のいらない仲だ。
細身の体躯に白銀の髪と紅の瞳で、見るからに魔法使いを連想する。
この国では王族と高位貴族しか魔法を使えない。二人とも高位貴族出身ということだ。
セリーが沈めてしまったボートを瞬時に湖から引き揚げ、片手で担いで来たエイブにセリーは驚愕した。
「乾燥させましたら、セリー様のコテージまでお届け致します」
ボートは濡れているのに彼自身は全く水に濡れていない。 そう言えば、乾燥魔法でずぶ濡れのセリーを乾かしてくれたのも彼だ。
セリーを助けた時は、思いの外衆目があったために、二人ともやむを得ず魔法は控え目にしたそうだ。
「では、ごゆっくり」
エーブはヴィルジェールの張った防音魔法をすり抜けて去った。
「年頃の令嬢が死にたくなる程の悩みが何かはわからないけれど、それでも人に話してみれば解決はしなくても少しは楽になることもあるからね」
「!?」
セリーが自殺未遂でボートを沈めたことを彼らは気がついていた。
「······どうして私が自殺未遂をしたと思ったのですか?」
「コテージに送り届けた時、助かってしまった、これで良かったのか、そんな複雑そうな顔をしていたよ」
初めから見抜かれていたのだ。
「ほぼ勘だよ。溺れる怖さだけではない何かがありそうだという、年の功からの憶測だけどね」
「······大人って······凄いのですね」
セリーはこの人には敵わない、隠せそうにないと思い降参した。
知り合って間もない相手でも、自分の父や婚約者よりもずっと信頼できる気がしたのだ。
「······父に愛人とその子どもがいて、母を蔑ろにして来たことをずっと憎んできたのです。でも、私自身も母の婚外子だと最近知ってとてもショックだったのです」
「それはかなり辛いことだね」
「父が私の父ではなかったことよりも、母がその事を私に教えずにいたことの方が辛かったです」
もしかしたら母は言いたくても立場上言えなかったのかもしれないけれど。
「ご両親は存命かい?」
「母は数年前に亡くなりました。先日父がその愛人と突然再婚したのです」
「子どもを連れて?」
「そうです」
ヴィルジェールは、即座にハンカチを差し出せるように備えていたが、セリーは淡々と語るだけで涙を流すことはなかった。
「君の婚約者はそれを知っているの?」
セリーは首を振った。
「もしヴィル様が婚約者の立場だったら話して欲しいですか?」
「出自や血縁関係をはっきりさせておくことは配偶者との信頼関係を築くのに必要なことではあるからね。結婚後に知るとかバレるよりは、婚前に明らかにしておいた方が印象は良いだろうね」
それは自分もそうだと思う。
だからセリーは叔父に止められても、エクトルにはこのことは話すべきだと思った。
「何をそんなに熱心に歓談しているのかな?」
「そうよ。エクトル様がいるのに、何しているの?」
ヴィルジェールはエクトルとアレットが近寄って来たので防音魔法を解いた。
「婚約者を放置してまでする話しなのかい?」
エクトルはいつになく不機嫌そうだった。
「エクトル様、この方は、ボートが沈んだ時に助けていただいた方です。ボートまで引き揚げていただいたのでそのお礼をしていたのです」
「わざわざ男装して会うなんて、まるで密会だな」
「違います!男装は動きやすいからです」
こんなに感情を露にするエクトルをセリーは初めて見て戸惑った。
「エクトル様、仕方ないですよ。だってセリーは浮気者の伯母様の娘ですもの」
「······どういうことだ?」
アレットの予想外の発言にセリーは嫌な予感がしたが、彼女を制止するのは悪手だ。
それにもう間に合わなかった。
「セリーはロランス子爵の子ではなくて、伯母様の婚外子ですもの」
アレットの暴露にセリーは凍りついた。