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2.家族の肖像

セリーは父が肖像画用に用意したドレスを渋々マディに着せられている最中、思い切り悪態をついた。


「嫌よ、こんな婆臭いドレス」


良好な家族関係をアピールするための義母とお揃いの衣装。 義母が着れば映えるように誂えられたドレスだった。

色を合わせるだけ、デザインは寄せて色ちがいにするとかならまだしも、まるっきり義母と同じドレスとは、父のセンスを疑う。


これはまるで罰ゲーム?


「気持ち悪い!」

「お嬢様、お控えください」


侍女マディがセリーのコルセットを一段ときつく締め上げた。


「おめでたいことなのですから、もう少し旦那様を立てて差し上げてくださいまし」


セリー以外の屋敷の人間は父の再婚を歓迎していた。


十八歳で私の父になった父もエンゾの母となった義母カーレンも、互いに男盛り女盛りなのは確かだ。

二人とも三十代前半、まだ美男美女としての容色は衰えていない。


きっと私はそれが最も気に入らないのかもしれない。

父に男、義母に女を感じてしまうことが、生理的嫌悪感をどうしても抱いてしまう。


不潔とまでは思わないが、清くはない男女関係に拒否反応を示してしまうのは、私が潔癖過ぎるのだろうか?

もっと彼女が年増で老けていたら、義母として諦めて受け入れられたのかも······。



画家の待つ部屋へセリーが行くと、「良く似合っているじゃないか」と父は褒めた。

それがお世辞に過ぎないのが見え見えでセリーは白けてしまった。

女盛りの妖艶な美女には似合い、十五歳の小娘が着るドレスとしては不釣り合い、せめて二十歳を越えたらなんとか着こなせそうなデザインだったからだ。

大叔母様のお古のドレスを間に合わせに着ているような、どう見てもドレス負けをしているとしかセリーには思えなかった。



しかも父はあろうことかセリーの褐色の髪を自分と義母、異母弟と同じ色に描くよう画家に注文をつけた。


「お父様、私はいつから金髪になったのでしょうか?」


私の髪色は亡き母と同じものだ。そこまでして肖像画を描く必要があるのだろうか。


「姉上は案外大人げないのですね」


父と同じ衣装で画家の前でポーズを取っているエンゾが嘲笑った。


「最も大人げないのは、お父様だと思うけど?」


エンゾの方に顔を向けることなく憮然として言葉だけ返した。


「まあ!姉弟喧嘩をするなんて、あなた達ったらもう仲良しなのね」


ホホホと、義母はご機嫌な笑みを浮かべた。


このドレスを着させるのは、あまりに気の毒だわと止めてくれる義母、父のやり過ぎを諌めてくれる義母だったならば、少しは彼女を見直したかもしれない。

私のことを義娘として好きではなくても、そのような配慮ができるなら、険悪にはならないだろうから。


不倫相手の正妻の葬儀に平気で参列する無神経な夫人はそんなことはまずしないのだ。

自分が相手の立場や気持ちを想像できるなら、間違ってもそんなことはできない筈だ。


私がお母様だったら、化けて出てやるのに。


母は父に従順で、愛人がいると知っても文句ひとつ言わなかった。

嫡男を産んでいない負い目だったとしても。

お母様は嫡男を産めなかったのではなく、嫡男を産む機会を父が愛人に夢中で母から奪ったから、産みたくても産めなかっただけだ。


正妻が嫡男を産む機会を奪うなんて当主失格なのに。

愛人がいようと、愛人との間に男児が産まれていようと、それでも正当な嫡男をもうけるように努力をする義務はあるのだから、夫としても嫡男としても失格だ。

私が母だったら、離婚して実家に戻っただろう。


母が離婚しなかったのは、離婚できなかったのは私がいたせいだとしたら、母には申し訳ない。

私をロランスに置いて離婚して、もっと誠実な良い夫と再婚して欲しかった。

私がその後義母と異母弟を持つことになっても。


母には父から自由になって欲しかった。


母は死に際にも「セリー、お父様の言いつけを守るのよ」なんて言い遺すような人だった。

あまりにも従順過ぎると、人は馬鹿になり不幸にもなるのだとセリーは思った。


私はお母様のようにはなりたくないし、絶対にならないわ。


「私を母として頼って頂戴ね」


セリーは義母の言葉に吐き気を催した。


それが彼女の本心からの言葉だったとしても、今のセリーには受け付けられないものだった。


私が義母に懐かないと、彼女は悲しそうに振る舞うのだろうか?

そして父から私は注意を受けることになるのかしら。


世の中の継母と娘はどうやって接しているのだろうか。

父の愛人だった女性を母と受け入れるにはどうすればいいの?


私が意固地過ぎるの?


それとも私は、やっぱり子どもじみているのだろうか?



それからすぐに父はセリーを叱りに来た。


懐かないおまえは大人気ないと。


そして、お義母様に謝りなさいと怒鳴られた。


「どう接していいかわからず、不快にさせてしまったのでしたら謝ります。今後はもう少し気をつけます」


セリーはこれ以上父に責められないように、義母に頭を下げた。


屈辱的だったが、余計な角を立てない方が良いのだろうと譲歩した。


「不器用で気の利かない娘ですまないね」


父までが義母に頭を下げた。


義母と異母弟は満足そうだった。


セリーは耐え難い怒りで震えた。




若かりし頃の両親と母の膝に抱かれている二歳の私の肖像画が一枚だけ家に残っている。

新しい肖像画を描くなら、この絵はもう処分されてしまうのだろうか?


自分に絵心があれば、父の顔を別の顔に描き替えてしまいたい。


セリーは取り敢えず、父の顔を白い絵の具で塗りつぶした。

本当は黒く塗りつぶしてやりたかった。でもそれだとあまりにも強烈だから避けた。


この絵が描かれた時にはもうカーレンとの間にエンゾが産まれていたのだ。


お母様はどんな思いでこの絵のポーズを取っていたのだろう。


昔から我が家の家族の肖像画は嘘まみれね。



***



「今日はどうなさったのですか?」

「君を元気づけようと思ってね」


確かにセリーは鬱屈し疲れていた。


「マルマローへ遊びに行かないか?」


マルマローは最近若い貴族に人気の避暑地だ。王都からそれほど離れておらず、湖と山が楽しめる。

マルマロー湖畔の子爵家所有のコテージで友人らと過ごす予定で、彼の友人の令嬢とセリーの従姉妹も同行することになっており、既に父の許可も得ているという。


エクトルは気が利くし、根回しも上手い人なのだとセリーは感心した。

今は自邸から離れることができるなら、どこでも良かった。


「ご一緒させて下さい」


自分を誘い出してくれたエクトルにセリーは感謝した。

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