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1.不意打ち

茹だるような夏の日の午後、寄宿制の学園からセリーが自邸前に到着すると、玄関に駐めた馬車から荷を下ろす一団が目に入った。


(何かしら?お客様にしては随分大荷物ね)


バカンスで滞在するにしても荷物の量が多すぎる。あれではまるで引越しのようだ。


荷下ろしの一団が玄関を塞いでいたので、避けながら入った。

汗を吹きながら荷を運ぶ人達の熱気が、暑い夏の室温を更に上げていた。


「お嬢様、お帰りなさいませ」

「ねえマディ、あれは何?どなたがいらっしゃいるの?」

「あれは······」


侍女のマディは眉を八の字にして言い淀んだ。


「セリー、帰ったのか?着替えたら私の部屋へ来なさい」

「はい、お父様」


久しぶりに聞いた父の声が心なしか弾んでいる。

それだけ大事なお客様でもいらしたのだろうか?

セリーは急いで着替えると父の部屋へ向かった。


「座りなさい」


入室すると既にご婦人とその連れが長椅子に腰掛けていた。


着席しセリーが顔を上げると、見覚えのある女性がそこにいた。


(まさか······!)


セリーは視線をずらして女性の隣の人物を見た。


父そっくりな金髪と青灰色の瞳の少年がこちらを窺っていた。


「セリー、私は再婚したのだ。今日から私達は家族だよ」


まさに寝耳に水。

夏期休みの初っぱなから、父の愛人とその子どもと「今日から家族だ」なんて言われる羽目になるとは。


彼女達とは、自己紹介し合う必要もなかった。


彼女達の存在はずっと前から知っていた。五年前に病死した母の葬儀にまで彼女達は参列していたのだから。


それでも今までは同居しないだけまだましだったのに。

急に再婚だなんて······。


勝手に愛人を持つ人は、勝手に再婚するものなのね。

そりゃあ、「私はこれから愛人を持つよ」なんてわざわざ娘に言いはしないものでしょうけど、再婚しようと思っているということだけは事後報告ではなく事前に教えて欲しかった。


私が父の再婚を止めることができなくても。


侍女達には前々から知らされていたのに、自分だけが蚊帳の外にされたことがセリーは悔しかった。


「最悪な夏休みだわ。こんなことなら寄宿舎にいた方が良かった!」


新たなロランス子爵夫人になったカーレンと子爵令息となったエンゾ。

その四人で結婚の記念に家族の肖像画を描かせるから、おまえもそのつもりでいなさいと、父は浮かれている。


家族であるお母様を長年苦しめておいて、今さら愛人と家族だなんて、何を言っているの?

お父様の言う家族って、随分都合がいいのね。


セリーは心が通い合う自分の家族はもういないのだと、父を見限った。

学園を卒業したら家を出て自立しなくてはと決意した。




「やあセリー嬢、久しぶり」

「お久しぶりです」

「君の義母上はなかなか美形だね」

「そうかもしれないですね」


この青年は美形に目が無い。セリーは憮然と答える。


「ははは、不服そうだね」


半年前に婚約したバイイ子爵令息エクトルは、不機嫌そうなセリーを面白がっていた。

少しデリカシーに欠けるところもあるが気さくな青年だ。


「義母と異母弟をよろしくお願いいたします」

「こちらこそよろしく。弟君は何歳?」

「私と同じ十五歳です」

「······同じ歳なのか」


彼は紅茶を口に運ぶ手を一瞬止めた。

セリーの父ヴィクトルの愛人との関係がそれだけ長かったことを察したからだろう。


「父の実子ですから、次期ロランス子爵ですわ」


セリーが一人娘だったので従兄弟を養子にして子爵家を継がせる案もあったが、結局婚外子だったエンゾを正式な嫡男とするために父は再婚したのだ。


カーレンは元男爵夫人で、夫が早世したために離縁されて実家の男爵家に戻っていた。セリーの父とは、セリーの母親との結婚前からの関係だった。


「君はどうしたい?この家が居心地悪いならば、早く結婚してうちに来ればいいじゃないか」

「!? 」


まさか彼がこんなことを言い出すとは夢にも思っていなかった。


「で、ですが学園が······」

「籍だけ入れて学園にいればいいさ。俺はそれで構わないよ」

「······本当にですか?」


婚約したとはいえ、まだ数回しか会っていない婚約者の申し出にセリーは驚いていた。


彼は簡単にそう言うけれど、十五歳のセリーには結婚はまだ遠い未来のことだと思っていた。

早くても学園を卒業してからだろうと。

エクトルは七歳上だから、確かにもう結婚してもおかしくはないけれど。


「少し考える時間を下さい」

「ああ、考えておいてくれ」


彼はセリーの耳元でキスをする音を立てた。セリーはぞわりと悪寒が走った。


セリーはエクトル·バイイが自分の伴侶になる人物だとは受け入れることができずにいた。


彼には父に似た「ある種の匂い」を感じていたからだ。

妙に女性の扱いに慣れているフシがあるのだ。


栗色の髪に明るい緑の瞳の彼は特別美形ではないが、如才なさと人を避けない性質は、男女に関係なく人気があるようだ。


セリーには、「女の子は若い方がいい」とか「美人なら歳をとっても綺麗だからね」などと、女性を物扱いする感じが嫌だったのだ。


これでは未来の彼は、妻に飽きたら愛人をすぐに持つとか、結婚後も女遊びを楽しむ人になりそうだからだ。


エクトルとの未来は、自分も母の二の舞になりそうな予感がセリーはしてしまうのだ。


本当にエクトルと結婚しても大丈夫なのか、セリーはその確信が欲しかった。

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