アーチの今まで
-side アーチ-
黒猫さんが帰ってきてからどうも様子がおかしい。
いや、別に顔色がどうこうとかという話ではないのだけれど。そもそも猫の顔色なんてわからないし。
そんなことよりも、帰ってきてからの黒猫さんの雰囲気みたいな?のが違う。
離れていた間、何かあったのだろうか?
気になる……気になる、けど、聞かない方が良さそうな気がする。
それにここで足を止めて文字を書いていたら真っ暗になってしまう。
黙ってついていこう。
そう、リアンのために。
この旅の間、毎日のようにリアンのことを思う。
今振り返ると、他人が聞けばなぜそこまでするのかと鼻で笑われるかもしれない。それでも、僕にとっては命をかけるほどの理由なのだ。
※ ※ ※
僕はファリス聖王国、王家の一つ、ユスティティア家の侍女、メイドだった。ただの侍女というわけではなく、ユスティティア家の前メイド長の娘であり、ユスティティア家の長女ライラン・ユスティティア様の専属侍女だ。
僕は小さい頃からユスティティア家で勤めている。僕の母はこのユスティティア家の前メイド長で、僕はここで侍女として手取り足取り家事などの仕事を教わりながら育った。
王家の侍女なだけあって、読み書きは習わされるし、衣食住には困らない。母がメイド長なだけあって、僕は満足の暮らしができている。
母が死んでしまってからも母からの言いつけを守って仕事を続けた。とはいえ、僕は獣人族なだけあって少し差別をされたりもされたが、それでもユスティティア家からの信頼は守り続けた。
そんなある日、僕が八歳の頃、ライラン様の侍女として支えることとなった。
初めて見た時、ライラン様の美しい金髪と白い肌、少し吊り目な赤い瞳が印象的だった。綺麗な赤いドレスがよく似合っていいて、お人形さんみたいだった。
母からはお姫様に支えられるほど名誉なことはないと言われていたので、僕は侍女として精一杯頑張ろうと、天国の母に誓った。
しかし、その誓いもすぐに揺らぐこととなる。
ライラン様はかなりの乱暴者……わがままな方で、これまでいろいろと酷い仕打ちを受けてきた。尻尾や耳を無理やり引っ張られたり、花瓶を割ったら僕のせいにしたり等々……泣きそうになるのを堪え続け、不満を心の奥底にしまい続けた。
そんなある日、僕は今までのことがまだ優しいことだったのだと思い知らされることとなった。
ファリス聖王国はユスティティア家、フィデス家、ヴェリタス家、ウィルトゥス家の四つの王家の中からそれぞれ聖女を一人選び、それぞれが国に尽くすという習わしがある。そして聖女の役目を終え、新たな王女としてその四人の中から一人を選ぶ。
僕の支えるユスティティア家ではライラン様の妹、レイレン様は王女候補として抜選された。通常、長女であるライラン様が選ばれるのだが、ライラン様は選ばれず、妹であるレイレン様が王女候補としてファリスという名を背負うことになった。
これに納得のいかないライラン様はもちろん抗議したが、誰も聞いてくれなかった。このやり場のない怒りの矛先は僕に向き、毎日のように怒鳴ったり髪を鷲掴みされたりと、僕への乱暴がエスカレートしている。が、外ではお淑やかに振る舞っている。そして器用なことに腕や背中などにあざは多いが、顔だけは傷ひとつない。相当猫をかぶっていたいらしい。
しかし、それでもライランは選ばれることにはならなかった。
過去、乱暴者であったから?それもあるが、彼女の妹レイレン様は優秀すぎたのだ。
とある日、とある剣豪がこの屋敷に来た時に、レイレン様には才能があると言い残したそうだ。それから彼女は剣技を鍛え続け、今では剣姫と称えられるほどにまで成長した。
なんせ、十歳で屋敷を抜け出して問題となっていたワイバーンの群れを一人で倒した程だ。聖女候補にならなければ、聖騎士団団長の座は確実だったと噂されていた。
そしてライラン様ではレイレン様に剣術、魔術、学問等々、到底及ばなかった。レイレンに才能があると言い残された時はライラン様は鼻で笑っていたが、今では部屋で一人になるとベットで悔し涙を流していることを知っている。
ライラン様が決して才能がなかったわけではなかった。剣術も、魔術も人以上にできた。昔は天才と持て囃されて僕やレイレン様に褒められたことを自慢していた。しかし、彼女は負けた。
理由は才能の有無だけでない。レイレン様はそれ以上に鍛錬を重ねたのだ。彼女は多くの期待に応えようとひたすら剣を振り続けたのだ。がむしゃらにではなく、一つ一つ丁寧に。
つまり、レイレン様はライラン様以上に努力した。それだけのことだ。
ライラン様は今では「剣姫の才能なき姉」という立場になり、彼女の不満はたまっていった。そして、僕はその捌け口となった
そんな毎日の中でウィルトゥス家の王女候補、シオン・ウィルトゥス様が訪問に来た。
ライラン様から「来るな」と言われてしまい、暇になったので庭で休んでいた。
そこで僕は一人の少女に出会った。
彼女の名はリアン・ウィルトゥス。僕の初めての友人だ。
リアンは僕が敬語を使うのを嫌い、僕に明るく話しかけてくれた。メイドの中には僕ほど若い人は少なく、僕には友人というものがいなかっため、どう話せばいいのかわからなかった。でも、彼女との会話のうちに、僕は彼女と仲良くなった。
それからも、リアンと僕はウィルトゥス家がユスティティア家に訪問に来るたびに僕と一緒に話した。彼女は話し合った後毎回シアン様やレオン様に怒られているそうだ。とはいえ、懲りずにそれを笑いながら彼女は話した。
リアンはいつもシアン様やレオン様の文句を言っていた。シアン様は礼儀作法に厳しすぎるだとか、レオン様は部屋を散らかしすぎだとか等々。正直聞いていいものかわからないことばかり話に出るので一部は聞かなかったことにした。しかし、いつもなんだかんだ言っているが、結局シアン様の武勇伝を聞かされる。相当リアンはシアン様を尊敬しているようだ。
もちろん、そんな愚痴ばかりではない。
リアンはいつも冒険に出たいと言っている。正直、僕としては今の生活に何か不満があるのかと思い聞いてみると、どうやら今の礼儀正しい生活に不満しかないらしい。贅沢な悩みだと思う。
でも、リアンは世界を旅にすることが憧れだという。さまざまな大陸を渡り歩き、世界を一周してみたいそうだ。そう、冒険家ノアのように。
冒険家ノアは四〇〇年前に世界を冒険した実在した人物だ。ただの冒険者ではなく、さまざまな場所を巡り、さまざまな新天地も発見した。今の世界地図はノアの協力もあってできたらしい。
また、これを成し遂げたノアは人族だということも驚きだ。人族は長命種というわけでもなく、百年ほどしか生きれない。だというのに、彼は誰も見つけられなかった場所を次々と発見したという。多くの人が彼を天才と呼び、敬意を込めて、『冒険家』と呼ばれた。
誰でも知っていて、多くの人が一度は憧れた人族だ。僕も母から冒険家ノアの伝記を読み聞かせてもらったことがあるけど、夢物語だと思える。
しかし、リアンは本気でノアのような冒険家になりたいと思った。なりたいと言っていた。その夢を語る彼女が僕は大好きだった。
そして、彼女は「いつか旅を出るなら、君と一緒に行きたい」と言ってくれた。
しかし、そんな毎日も長くは続かない。
僕とリアンの様子を見た一人の侍女がライラン様に告げ口したのだ。そりゃ、確かにユスティティア家のメイドがウィルトゥス家の令嬢と話していれば色々と疑われる。まぁ、その告げ口した侍女は僕が元々嫌いだったからというのもあるだろう。
とはいえ、これで僕はリアン様と二度と話せないだろうな。最悪、解雇となるだろう。
しかし、ライラン様は条件付きでリアンと話していたことは父上や母上には言わないでくれることになった。そして、僕は三つのものを一ヶ月以内に摂ってくれば今回のことは不問としてくれることになった。
その三つというのが死毒の湖の水、エル・フラワー、橙色の魔導石の三つだ。死毒の湖というのは近付いただけでもそのガスを死ぬという湖のこと。エル・フラワーはエルという薬剤師が見つけたとても貴重な薬の材料。橙色の魔導石はオレンジに光る魔導石で、魔導石の中では最も貴重とされる。しかも一ヶ月以内という短期間でだ。
とんでもなく無茶振りだ。多分ライラン様もわかっていっていることだろう。どうやら僕をいじめたいらしい。
しかし、摂りに行かないという選択肢は、僕にはない。リアンとの時間は僕にとって大切な時間なのだから。
※ ※ ※
それから僕は旅に出ることにした。
そこでまず、メイドの仕事はしばらくお休みしたいと当主、ガリオン様に言うと、あっさり許可された。
なぜだか知らないけれどガリオン様は僕のことをよく気にかけている。多分、僕が小さい頃に母親が死んだからだろうか。もしくは、この屋敷で生まれ、働き続けていたからだろうか。
それはともかく、休暇も取れ、僕は全ての給料を使って行くことにした。
食べ物も、装備も、全て自分で準備した。
ちなみに、給料は自分で働いた分だけだ。母の働いた分は貯金してある。
出立の日に、こっそり裏門から抜け出した。たった一ヶの旅だ。
持ってきたものはメイド服は目立つから黒い半袖と黒い短パン、腰に巻くバック、ナイフ、魔法の杖等々……冒険用の装備だ。
ナイフは護身用に、ステッキは魔法を使うためにだ。外出てから籠手などの防具も揃えた。
外がどんな世界か僕はよく知らない。自分がかなり動ける自信はあるが、もっと強い魔獣がいるかもしれないのだ。だからできる準備はできるだけした。
そして旅に出た。
※ ※ ※
が、死毒の湖の水と、エル・フラワーは意外と簡単に手に入れてしまった。
死毒の湖の水は別に採るのは魔法で簡単らしく、お見上げとして売っていた。高かったけど。
エル・フラワーも同じくどこかで売っているのではないかと思って店中をザッと見回るとひっそりとした骨董具店になぜか売っていた。高かったけど。
防具、飯代、宿代、死毒の湖の水と、エル・フラワーで所持金も三分の一ぐらいになった。ほとんど死毒の湖の水と、エル・フラワーの出費だが。
僕は残りの橙色の魔導石を探すだけとなる。これまた店で簡単に売っているのではと探し回ったが、結局見つからなかった。
そこで、僕は聖ファリス王国のあるザンライン地方の西にあるアーサー地方、アーサー帝国へと向かった。アーサー帝国はさまざまな種族がいて、人族が大半を占める聖ファリス王国とはガラリと違う。
道は広く、さまざまな人種の人間が歩いている。人族、獣族、有翼族、魔族等々。お店もさまざまあって美味しそうなものも多くあった。
とはいえ、目的は橙色の魔導石だ。そこで僕は魔石店を片っ端から周った。
……が、見つからない。
探し回ってアーサー帝国の最西端の街ググンツまで来てしまった。
残り十日となり、期限は刻々と迫っていた。
さてどうしたものかと悩んでいると、橙色の魔導石が魔の大森林にあるという噂を聞く。
「魔の大森林」とは、どの大陸にも存在する魔力が多くたまる大きな森だ。魔力が多くたまるところは魔獣や魔物は住みやすく、人間は近づけなくて開拓できなくなっている。そして森が濃くなるなる。
魔の大森林は中心部に行くほど魔力は多く、危険な魔獣が多い。しかし、魔力が多くたまる分貴重な魔石や薬草が手に入る。
確かに、魔の大森林にならあるかもしれない。僕はその情報から、橙色の魔導石のある程度の場所を絞り込み、魔の大森林に向かうことにした。
※ ※ ※
魔の大森林に入って僕はすぐにクマに襲われ、そのまま一日中逃げ回り、今に至るわけだ。
今更だが、傭兵を雇ったり、冒険者に依頼してもよったのではないかと思う。
いや、それでも、自分でやるからこそ意味があると思う。現に、こうして黒猫さんと出会えたわけだし。
とにかく、僕は今日魔導石を摂らないといけないんだ。




