冬の終わりと遭遇
-side 名の無き黒猫-
キツネに助けられ、キツネとの生活が始まってから数ヶ月。雪は溶けてきて、夜の時間が少し短くなってきた。そして、僕の体は一回り大きくなった。
(起きろ、黒猫、朝だ)
聞き慣れた声、聞き慣れた言葉。
(もうちょっと寝かせて……)
(はぁ、全く……早く起きんか!毎回貴様を起こす吾輩の気持ちになってみろ!)
毎朝このキツネとのやりとりをするのも慣れてきた。タメ口で話せるようになったし。なんならキツネは「慣れすぎだ」と呆れていた。
最初の頃は緊張ですぐ飛び上がっていたものだ。それだころか寝首をかかれないかと熟睡することもままならなかった……懐かしいものだ。
今じゃこうして無防備な姿をさらけ出せる関係だ。まぁ、僕が一方的にさらけ出しているだけだが。
(はい、起きたよ。起きたから。)
(はぁ、全く。特訓をするから外に出ろ)
僕が大きなあくびをかいて体を起こすと、キツネは僕が起きたことを確認して洞窟の外へと歩いていく。
「ミャァ〜」
洞穴の外に出て大きな欠伸をかきながら尻尾をピンッと立てて、腰を引いて、前足を伸ばして伸びをする。
そしてキツネを追って僕も洞穴の外へと向かう。
薄暗い洞穴から外に顔を出すと、雪解けが進んでいる景色が見える。雪が溶けて少なくなったとはいえ、残った雪が日光をキラキラと反射し、それが妙にこそばゆい。舌で毛繕いをして、届かない耳の後ろなどは後ろ足でかく。
(貴様まさかまた夜更かししたのか?)
(え!?いや、ちょっと本を読み進めたくて……)
(はぁ……確かに座学も大切だが、睡眠を削ってまですることではない。それに、特訓に支障が出たらどうする)
確かにキツネの言う通りだ。とはいえ、文字もある程度読めるようになってからは『異世界書』を読む楽しさに目覚めたようで、なかなか止められない。
(キツネ、今日も魔力の特訓?)
(そうだ、貴様はまだ少々魔力を纏うのが未熟だからな。いくら才能があれど経験に勝るものはないからな)
そう言うとキツネの身体に魔力が流れていく。
こちらも同じように体に魔力を流す。この魔力を感じるのも流すのも慣れ、魔力の量を調節して身体の能力上昇を調整できるようになった。
(いざ、行くぞ!)
キツネはその言葉と同時に後ろ脚で地面を蹴ってすごい速度で接近してくる。キツネは前脚を揃えて飛び込んでくるが、僕はその攻撃を見切って、真横に飛ぶ。
キツネはそれを見越したように地面に前脚がついたと同時に前脚を軸にして下半身を捻り、三つの尻尾で僕をはたき飛ばす。
僕は空中で飛ばされながらも体勢を立て直して綺麗に着地をする。
いつも通りで、キツネは最初真っ向から攻撃を仕掛け、避けられたらリーチの長い尻尾で攻撃。尻尾ではたき飛ばすことで距離を取れる。キツネの得意技だ。
キツネの方を見るとキツネはまた真っ向から接近してくる。
いつもならここで最初の攻撃を受け切ったことで安心し切って、このニ撃目の攻撃を喰らうのだが、今回はこれを読んでカウンターを狙う体勢を取る。避けてもさっきみたいに尻尾で叩き飛ばされる。だから、カウンターを狙うわけだ。
キツネはさっきと同じように前脚を揃えて飛び込んでくる。
が、その攻撃をギリギリで交わし、左の前脚を引いて構える。魔力を前脚に籠めて、キツネの腹に前脚を突き出す。その名を、「猫パンチ」。
「決まった」と確信すると、キツネは腹に一瞬で魔力を籠めて防御した。
「マジか」と思いつつ僕はその弾き返された反動を利用して後ろに飛んで距離を取る。
(ほう、とうとうカウンターをしてくるようになったか。とはいえ、今の攻撃は構えてから魔力を籠め、攻撃に至るまでの時間が少々長かったな)
キツネはニヤリと笑った。
距離を取ったままキツネは攻撃をしてこなくなった。それどころか防御のそぶりもない。まさに攻撃してこいと言わんばかりの隙だらけの体勢だ。
キツネはカウンター狙いなのだろう。が、その体勢からカウンターするまでの隙は大きい。それをキツネもわかっているはず。
つまり、舐められているわけだ。
今日こそは一本取ってやる。
僕はその思いと同時に後脚で地面を強く蹴る。キツネに接近してキツネの得意技の体勢に構える。
そのままキツネに飛びかかる。が、
(くっ!)
その瞬間キツネは目を少し細め、その攻撃を引き寄せてかわす。
しかし、攻撃はここで終わらない。
僕は先ほどの狐と同じようにリーチの長い尻尾での叩きを喰らわせようと地面に前脚がついたら攻撃しようと構える。
(ふげっ!)
キツネは僕の地面に前脚が着く前に後脚の蹴りを僕の横腹に入れ、僕の体が勢いよく吹っ飛ばされる。
吹き飛ばされた先にどさっと木に背中からぶつかり、背骨がジンジン痛む。幸い、咄嗟に魔力を背骨に籠めたおかげで骨折はしなかった。とはいえ、魔力なしで喰らっていたら背骨は確実に折れていただろう。
(いってー!キツネ!本気で蹴り飛ばしたでしょ!)
(成長したな、黒猫。次の一手二手を考えつつ、吾輩の攻撃に対応したのは褒めてやろう。
しかし!吾輩と同じ攻撃をするとは……貴様が避けられた技なのだから吾輩が避けられぬわけがなかろうて。お主のスピードは吾輩よりも遅いのだから当然だ。
その上格上に真正面から突っ込んでどうする。パワー、スピードで負けているのだから単純なタイマンで勝てるわけがないだろうて。
この特訓はなんのためにしているかわかっているか?)
(格上の相手と戦う訓練……)
(そうだ。オオカミに襲われた時、フクロウに襲われた時、貴様はそれらをどうやって退ける?倒せとは言わん。退けるだけの力をつけ、逃げるのだ。追い込まれた時、我々は戦って逃げるしかないのだ。
だから毎朝一回こうやって特訓を行うのだ)
キツネの説教を聞くのもだんだん慣れてきた。毎朝これを聞かせられるこっちの身にもなってほしい。
(そういえば、キツネは追い込まれたことがあるの?)
(何度もあるぞ。特に大変だったのはオオカミの群れに崖に追い込まれた時だ。
その日は吾輩は狩りの帰りにたまたま蹴った小石がオオカミの頭に当たってな。それで追い回されたのだ。何とか相手の攻撃を魔力で防御し、何とか走って逃げていた。
しかし、雨に降られ、崖に追い詰められ、絶体絶命の状況になったのだ。
その時は何とかオオカミの首を噛みちぎって隙をついて逃げたが、こちらが噛み殺されていた可能性は十分にあったのだ。今思うと肝が冷える。
いいか、黒猫。このように生きるためには強いものと戦わなければならない時もあるのだ……
って?!しっかり聞きなさい!)
(ふがっ)
うとうとしていると、頭にキツネパンチが入る。
ついうたた寝をしてしまった。
(つまり、オオカミやらを倒すためにやっていると)
(話はしっかり聞いているのか……とにかく、そういうことだ)
確かに、オオカミの群れに崖まで追い詰められたら逃げれる気がしない。想像するだけで恐ろしい。
そのためにはタイマンでも勝てるようになった方がいいってわけだ。
(それでは、狩りに行ってこい。冬眠明けの動物は腹をすかして凶暴になるものが多いから気をつけるんだぞ)
(うん、わかった)
僕はあくびをしながら返事をして、僕はいつものように狩に行った。
※ ※ ※
さっき思いっきり蹴り飛ばしてくれたおかげで背骨と横腹がジンジン痛む。
いつものことながら、あのキツネは容赦がないんだよな〜。
子に時期になると獲物も変わってくる。
雪が溶けて土の面積が増え、ネズミは地上で活動するようになったし、うさぎも外で見かけるようになった。川の水の量も増えて魚を見かけるようになった。そのおかげで最近は魚も狩るようになった。そして渡りをしていた鳥たちも帰ってきて、小鳥も獲物の対象になった。
雪が完全に溶ける頃にはカエルやヘビといった獲物も出てくるそうで、食べてみたい。
それにしても魔力は本当に便利だ。
耳や鼻にも魔力を籠めることができる。そのおかげで獲物の位置をより把握できて狩の効率が上がった。
これはキツネに教えてもらったのではなく自分で発見した魔力の使い方だ。キツネも驚いていたな。
……
キツネは気づかれないようにしているが、キツネは最近寝る時間が増えた。
念話で呼びかけても気づかずにボーッとしている時もあるし、毛並みも悪くなっている。食べる量も少なくなってきているし……
身体が衰弱してきているのだろう。
特訓するのも疲れるはずなのに。
キツネにはわざわざもう特訓はしなくていいと伝えたが、「未熟な貴様の相手など容易いことだ」とか言って羽生化された。
僕としては、ようやくキツネの目的を叶えられているわけなのだが……
ん〜、多分ここら辺に……いた!ウサギ!その上二匹もいる。
いつも一匹は食べて、もう一匹はキツネに持って帰る。今日もそうしよう。
今日はしっかり食べてくれるだろうか。
「キャァァァァ!」
そこに聞いたことのない鳴き声が聞こえてきた。
ウサギはその声にびっくりして逃げてしまった。
それはともかく今の鳴き声が気になって仕方がない……少し見にいくか。
僕は足に魔力を籠めて木の枝の上に飛び乗る。そこから他の木の枝に飛び移りながら進んでいく。
そうすると途中で木に不思議な傷跡があった。
まさかな……
僕はその鳴き声がする方へ走っていくと、大きなクマがいた。
見るのは初めてだが、『異世界書』でその姿を見たことがある。体は大きく、黒い鼻、小さくて黒い目。『異世界書』で見たまんまだ。
キツネ曰くクマは森の中でも特に強い生き物で、木の高いところに、三本の線が並んで刻んであったらそこはクマのテリトリーらしい。ここにくる途中で何本か見つけた。
この動物はクマで間違いがないだろう。
とはいえ、確かクマはそこまで凶暴じゃないはず……
でも確かキツネが冬眠明けの動物は腹をすかして凶暴になるものが多いと言っていたな。
その影響なのだろうか。
それにしてもこんなイカつい動物からさっきのような高い鳴き声が出るものなのだろうか。
木の上から様子を伺う。
「た、たすけて!」
ん?この鳴き声は?
鳴き声のする方には動物がいた。クマに襲われているのだろうか。
しかし、そんなことよりも驚いたことは、襲われている動物が二本あしで立っていることだ。
これが初めての人間との遭遇だった。




