第9話 帰省。
寮の同室のドロテは夏休みに入るとすぐに、地元に帰った。
少し広く感じる部屋で、旅行カバンに荷物を詰め込む。夏物だし、普段着で十分だし、大した荷物ではない。途中読む本も入れた。弟たちへのお土産も忘れずに入れた。
南部に出る乗合馬車はなんていうの?ほぼ荷馬車みたいなもの。一日1便。しかも、領地に行くまでには乗り換え2回。3日掛かる。お尻がガタガタになる。
お金がもったいないので宿場には泊まらず、馬車で寝るので…。
さて、寮の監督の先生に挨拶して、停車場に向かう。
7月に入ったが、朝はまださわやかだ。
「アリアン!!」
今しがた私を追い越していった馬車が、少し先で止まる。誰かに呼ばれた気がしたが、こんな庶民用の停車場に向かう学院生はいないはず。そもそも寮生もほとんど残っていなかったし。知り合いもいない。
(ま、気のせいか…。)
ずんずん歩いていると、馬車から降りてきた男に、前を塞がれた。
・・・しまいに投げ飛ばすぞ?
「アリアーーーン!!」
なんだ?その大げさなゼスチャーは?両手を広げるジスランちゃんにあきれる。
「は?」
「よかったあ!会えて!ささっ、僕の馬車に乗ってよ!」
「は?あたし、自分の家に帰るんだけど?」
「うん。僕も行く。」
「は?」
ジスランちゃんは…まあ、確かに旅行用の格好?物が良すぎるけど。
何?海沿いのお金持ち用の保養地?最近お父様が開発したあそこ??
「僕ね、アリアンと婚約することにしたんだ。お父様も賛成してくださって!だから、ほら、ご両親にご挨拶しなくちゃでしょう?」
「はい??」
「・・・もうあんな欲と香水まみれのお茶会なんかこりごりだって言ってんだよ?」
「は?」
にっこり笑って、耳元でささやくセリフ?それ??
「さ、乗って乗って!」
「いや、ちょ、待て!そこに私の意志は関係ないの?」
「えーーーみんな女の子なら泣いて喜ぶよ?それにさあ…」
かがんで耳元でささやくジスランちゃん、怖いわ。
「この前の…喧嘩好きな女、っていうのに俺様を振ったっていう噂話までついたらどうかなあ?」
「お、おどし?婚約って、おどしてするもんじゃないでしょう???」
「うん。2年ぐらい我慢してよ。そのあとちゃんと婚約解消して慰謝料も払うから。どう?お母様のことも安心させたいし、俺も少しばかり自由が手に入る。」
安心ね…この話のどこに安心材料がある???でも、慰謝料はうれしいかな。実は留学も考えてたから。どうせ結婚する予定もないし。婚約者もいないし。しかし…この話をあのお母様が納得??
散々口説かれて、ジスランちゃんの馬車に乗り込むと…ソウデスヨネ…お母様がものすごく不機嫌な顔で鎮座していらっしゃった。扇をパタパタしてるから、暑いのかな?いや…不機嫌この上ないんだろうな…。
「まあまあまあ、アリアンさん?今日のお召し物は何??」
そう、今日はシャツにスラックスに麻のよれっとしたジャケット。髪は高いところで結んでハンチング帽に押し込んである。もちろん、すっぴん。
・・・ジスランちゃんはよく気が付いたな。
「これはですね、乗合馬車で寝泊まりするので、襲われないように自己防衛した姿なんです。宿場町は物騒ですからね。」
とりあえず、帽子はとる。カバンは御者さんが積んでくれた。
確かに、こんなにスプリングの利いたいい馬車に乗るような恰好じゃないが…私のせいじゃなくない???
「んまあ!!!馬車で寝るですって?年頃の娘さんが???」
「そうです。地元まで乗り換えで2泊ありますから、宿をとるともったいないでしょう?」
「も…もったいないって?自分を危険な目にあわせないためにも、少しの出費は必要なんじゃないの??だって、だって、危険でしょう??」
お母様って…別になんでもかんでも持論を押し付けるわけじゃないんだ。へえ。
「お家の方にお土産は買ったの?うちからもお土産を持ってまいりましたが…。」
「ええ。弟たちには本を。両親にはちょっと奮発して紅茶を買いました。」
「へえ…本ねえ…。おいくつ?」
「弟たちですか?10歳、8歳、6歳です。」
「多産系なのねえ…。そこは良いわね。あなたのその黒髪は、領地ではよくいらっしゃるの?」
「いますね。海沿いですから、ほかの国からの移民の方も多いですしね。いろいろな髪色がありますが、私のこの髪は母親似です。ちなみに、母も移民です。」
「・・・い…。」
「大丈夫ですよ、お母様、どうせ続きませんから。こんな身分違いの婚約。」
「・・・そ…。」
お母様に断言する。
ちらりと隣に座ったジスランちゃんを見てみると、二人の間に繰り広げられる問答を楽しそうに聞いている。なんなん?
金色の髪を風になびかせて、薄っすら笑っている。こいつ…。丸投げかよ?
「ジスランちゃんが初めて言ったわがままが、この子との婚約だなんて…。あなた?ジスランちゃんに、色仕掛け、も考えにくいわね?なんか弱みを握ったとか?そうでしょう?そうでなければ子爵家の娘なんて…。」
「大丈夫ですってば!どうせ続きませんから!!今ね、ジスランちゃんは勉強したい気分なんですって。スキップしてアカデミアに行こうと準備を始めたところなんです。いろいろと煩わしいことから離れたい、って感じじゃないですかね?」
「わ…煩わしい??将来の伴侶を決めるのが??アカデミアに行くって言いだしたのも、あなたの策略??」
あ…言い方がまずかったかな?
「お母様、策略で行けるほど、アカデミアの入試は甘くありません。ジスランちゃんの実力を試すときなんです。ここまでお母様が頑張ってこられたんでしょう?」
「そ…それは、そうね。小さい時から家庭教師が3人ついておりましたから。」
3人かあ…遊ぶ暇もないな。
心なしお母様は嬉しそうである。