第8話 夏休み。
「何で来なかった?」
「は?」
図書館の勉強室は、高位貴族なら個室が借りれる。
私はもっぱら、一般の閲覧室で勉強している。ほぼ毎日の放課後のルーティン。
いつものように閲覧室に入ろうとすると、手を引っ張られた。
投げ飛ばしそうになったがこらえる。
問題を起こすと図書館自体出入り禁止になるから。
個室。
初めて入ったが、広々とした執務用の机みたいなのが置いてあって、ソファーセットまである。すごいな。引っ張りこんだのは、ジスランちゃん?なぜ??
「お茶会の招待状は渡しただろう?なんで来なかった?」
「は?…ああ。ちゃんとあんたのお母様あてにお断りのお手紙出しておいたけど?」
「チッ。」
おお。採光まで考えてあるんだなあ。いい環境だね。さすがだ。
ぱふん、っと跳ね返りのあるソファーに座る。
いいなあ。この勉強室。
・・・あ、そうかあ!こういう場所でね、ふむふむ。逢瀬を重ねるわけか?
この部屋、鍵もかかるみたいだしな…。全寮生活は厳しいもんな、遊び人には。
「で?で?決まったの?あんたの婚約者?やっぱり公爵家のお嬢さまとか?王女様とかなわけ?ぐふふっ。」
「・・・楽しんでるな?」
「まあ、他人事ですから。で?で?」
「・・・・・」
お天気に恵まれた、良いお日和の日。
お母様がよりによった10名ほどのお嬢さまが招かれたらしい。デイドレスで良いですよとわざわざ書いたのに、みなさん、ものすごいドレスだったらしい。
テーブルいっぱいのお菓子や立食用のお料理。
誰も手を付けずに、ジスランちゃんに殺到したらしい。
らちが明かないので、お母様の采配で、お一人ずつジスランちゃんと同じテーブルに座り、(もちろんお母様も座り)自己紹介、趣味、家族構成などを聞いていったらしいね。面接かよ?
・・・まあ、永久就職、って言うしね。面接みたいなもんか。
「それを…10回…。」
ぷぷっ。ソファーをぱふんぱふんさせながら大笑いする。
「しまいには…みんなの香水の匂いに酔ってしまって…。まじ、気持ち悪くなって…吐きそうだった。」
みなさん、力入っておりましたのね。
「で、本当に具合悪くなって、退席した。」
「は?女の子の香水の匂いなんか慣れっこなんじゃないの?ジスランちゃん?」
「一人でも気持ち悪いのに…10人分のものすごい匂いが混ざってて…思い出しただけで吐けそう。」
「・・・大変だったね。」
「うん。」
「じゃあ、決まらなかったんだ?」
「うん。」
「お母様、張り切っていたのにね。残念だったね。」
「・・・もう一回やるらしい。」
「あら、まあ。頑張って。」
「次の日曜日、お前も来い。」
「残念!!王立図書館のサマーセミナーが始まるのよね。せっかくお誘いいただいたのに、申し訳ございません。うふふっ。」
「・・・俺もそれに行く。」
「まあ残念!!もう締め切りは過ぎちゃったし、アカデミアの教授の授業だから、成績表だのレポートだの出してからの選考だったのよ。今からは間に合わないわねえ…。ま、お見合がんばれ!!じゃあね!」
「・・・・・」
*****
土曜日の授業で前期は終了。
日曜日からサマーセミナー。同室のドロテには、休みまで勉強する奴の気が知れない…と、あきれられたが、主催が王立図書館なので、タダなのよね。タダ。
タダでアカデミアの教授の授業が受けれるなんて!よくない?
図書館の講義室に入ると、演壇に向かって長テーブルが階段状に丸く並んでいる。
早めに来たが、前の方からもう埋まっている。真ん中あたりの左側の席に着く。
「お隣、よろしいですか?」
と言われて、はいはい、と席を詰める。
・・・ん?
「え?」
「むふふっ。」
「どうやってもぐりこんだ?ジスランちゃん?」
「まあ、このくらいのことなら、なんとでも。」
「・・・お母様に頼んだ?」
「うん。」
「・・・え?今日のお茶会は?」
「延期してもらった。」
「・・・・・」
教授方の話はどれも面白かった。
講座を受けている面々は、アカデミアの学生が中心。このセミナーで専門のゼミを決めるのだそうだ。経営学から農学、医学、教育学…。年配の方もいれば、国外の方もいる。わからないところは時間内なら質問してもいい。持論を繰り広げるおじさまをこともなげに論破する教授…。
こういう研究がしたいのだが、と質問する学生にはお勧めの講座を紹介…。
一方的に詰め込まれる高等部の授業とは、何もかも違って、新鮮!
お昼休みには、お隣のアカデミアのカフェテリアも解放されている。
ジスランちゃんがご馳走してくれるというので、遠慮なくAランチセットを頂く。
お魚のフライと、サラダとパン。
「ねえ?人生の伴侶を決める方が、今のあんたには大事なことなんじゃないの?お母様が心配するわよ?」
お魚のフライが美味しい。しかも、リーズナブル!
「そう?面白いよね。俺、スキップしてアカデミアに行こうかな?」
「あーね。あんたには高等部の授業は退屈なんでしょう?いい考えだと思うわよ?」
「おまえは?」
「あたし?考え中。」
「ふーーーん。」
こんな感じで、セミナーの一週間が過ぎた。
「お前、残りの夏休みはどうしてる?」
「うん?弟たちが待っているから、田舎に帰る。あ、本屋に寄っていくから。じゃあね。」
「ふーーーん。俺も行く。」