第3話 ジスランちゃん。
「え?アリアン、隣の席がジスラン様なの?ついてるわねえ!!中等部でもファンクラブがあったのよ?素敵な方よね!!由緒正しいクレール侯爵家の嫡男殿よ!なんでも王室と血縁があるらしいわよ!」
「へえええ…」
そうか、ドロテは中等部からの持ち上がり組か。
「ジスラン様はその頃からも上級生の女子にも大人気で、こっそり連れ出されてたりしてね。きゃあ。」
「へええ。」
ああ。この前も連れ出されて…襲われてたのかしらね?
「ただねえ、お母様が厳しい方で、長いお休み中にジスラン様にお手紙を出したり、お屋敷を訪ねて行ったりした大胆な子はね、お家に抗議が入って大変だったらしい。学院にも指導が甘いのじゃないかと苦情が入るらしいわ。さすがに侯爵家ともなると、厳しいわよね。学院にもよくいらしてたわ。新入生歓迎会のダンパとかにもいらしてたし。」
「へえええ。」
(ま、だろうな。)
寮の部屋のベッドの上で枕を抱えながら、ドロテの話を聞く。
「お母様が心配なさって、毎週日曜日には男子寮を訪ねて来ていらっしゃるわ。お菓子とか、着替えとか持って。中等部時代から。有名よ。」
(ああ。あの翌日に、ハンカチのお礼に、と持ってきたお菓子は、それか。おかげでクラス中の女子を敵に回してしまった。ひっそりと生きてくつもりだったのに。まあ、美味しかったからいいけど。)
「きちんとした、大事に育てられたお坊ちゃま、って感じよねえ。うちなんか田舎の男爵家だからあこがれるわ!」
(・・・うちもものすごい田舎だけど…別にあこがれないけど?)
ジスランちゃんは、なんだかんだと授業に遅れたり、早退したりしている。
私にはそうは見えないが、体が弱い、らしい。学級委員長に推されていた時も、それを言い訳にしていたな。
授業中もこっちは必死でメモ取ってたりしてるのに、教科書開いてぼーーーーっとしてるし。たまに寝てるし。
(・・・まあ。寝不足になるほど《《なに》》をやっているかは、突っ込まないでいよう。)
そのくせ、先生に質問されるときちんと答えている。たまにいるよね?こういうすかした奴。僕は何も?みたいな顔して…実はお勉強できる奴、
「・・・私も同じクラスになりたーい!けど、成績順だから無理ねえ。いいなあ、アリアン。」
「・・・・・」
口をとがらせてうらやましがるドロテ。かわいい。
でも、羨ましがられるようなこともないわよ?
*****
「ああ、今週の係りの者、1時限前に職員室に資料を取りに来なさい。」
朝のホームルームで、担任の先生が言う。はいはい。今週は私とお隣が当番なのだが、いつものようにジスランちゃんはまだ来ていない。
よっこいしょ、と席を立って、階下の職員室に向かう。
「あ、これな。持って行って配っておいて。」
薄い冊子が20冊。いくら一冊が薄くても、それなりに重い。
(くっそお、覚えてろ!ジスランちゃん!!)
教室の前で、荷物を下ろすのもめんどくさいので、ドアを足で開けようと蹴り上げていたが、なかなか開かない。むぐぐっ。
「君、なにしてるの?」
さわやかに登校あそばした、ジスランちゃん。いや、お前のせいだろ??
だいたい…新学期始まって1か月近くたつのに、こいつ私の名前も覚えてないな?ってか、覚える気ないな?
さりげなくドアを開けてくれたジスランちゃんに、有無を言わさず冊子を半分渡す。
「今週は私たちがお当番ですよ?はいはい。皆に配って下さい。」
きょとんとしていたジスランちゃんが、にっこり笑って冊子を配りだす。
朝日の中で神々しいな、おい。配られた女子は頬を染めるし…。
「ま…まあ、おはようございます。ジスラン様。ありがとうございます。」
「はい。おはよう。」
私が配っている女子は、機嫌が悪そうだ。それって、私のせいじゃないよね?
思いっきり、ため息つかれたりして…。はあ。
なんとか授業前には配り終わった。
一限目は歴史の授業。
今回配られた資料は、王室から直々に頂いたものらしい。
うちの国の、隣のその隣の国、スペーナ国の内乱の資料だった。
スペーナの内乱は30年ほど前。王家内の継承問題から始まった。
国王が突然死。継承者の王子はまだ幼少だったから、王弟が名乗りを上げた。あまり評判のよろしくない方だったらしい。幼い王子を擁立しようとする旧勢力と王弟派で戦いが起こり、王妃はもちろん、継承者である王子、王女が殺害された。
王位に就いた王弟の時代、国内は荒れに荒れ、その十年後に、死んだと思われていた王子が現れて復権。王弟は処刑された。今はすっかり落ち着いている。
で?これは?正当な王家は絶対だ。正義は勝つ、みたいな?啓蒙資料かしらね?
ちらり、とお隣の席を見てみると、興味なさそうに…いや、資料ぐらい開けや。
私がえっちらおっちら運んで来たんだ!!