第13話 再会。
「おばちゃま、僕と行こう。」
アンリに手を取られて、朝食後にお母様も誘って海岸にお散歩に出かける。
ジスランちゃんはレオンたちが行く教会の学校に一緒に行こうと誘われていたようだったが、
「僕も行く。」
と、ついてきた。
ジスランちゃんは、昨日買ってきた半そでシャツと半ズボンにサンダル。アンリの格好とそう変わらない。
「アンリちゃんはいくつ?」
「6歳!」
「そう。元気なのねえ。」
お母様にもサンダルを履いていただいた。砂が入るから。
意外なほどすんなりと履き替えて下さった。
ジスランちゃんと一緒でやはり金髪碧眼のお母様は、アンリと並ぶと親子にも見える。うちの姉弟では、髪色が金髪なのはアンリだけ。後は黒髪。瞳は濃い茶色。
お母様が広げた日傘を見ながら、少し離れて、ぶらぶらと歩く。
(父は金髪なんだけどね。母親の血が濃いのかもね。)
昨日と同じ小さな商店街を抜けて、砂浜に向かう。
朝はまだ波が穏やかだ。
心地いい風が吹きよせている。
海岸線で波と遊んでいるお母様とアンリを、砂浜に座って眺める。
「こんなにのんびりした夏休みはいつぶりかなあ…。」
隣に寝転がったジスランちゃんがつぶやく。
忙しかったんだね。そりゃあ、家庭教師3人じゃあ、遊ぶ暇もないよね。
学院に来ても、違う意味で忙しかったみたいだしね。
隣に寝転がってみる。まだ砂がひんやりとしていて気持ちいい。
真っ青な空と、繰り返す波の音。このまま寝そう…。
「きゃあああ!セドリック!!いかないで!!」
お母様の絶叫でガバリと跳ね起きる。
お母様の白い日傘が飛ばされている。ころころと砂浜を転がっている。
同じタイミングで立ち上がったジスランちゃんが走り出す。
「セドリック!お母様を置いていかないで!!」
ガタガタと震えながら、お母様がアンリを抱きしめて泣いていた。
「僕、大丈夫だよ?おばちゃま?」
「・・・うん、うん。」
「びっくりした?波、怖かったの?おばちゃま?」
「ええ…ええ…。」
アンリが泣いているお母様の頬を撫でている。
よほど慌てたのか、脱ぎ捨てられていた片方のサンダルを拾って、砂を払う。
ジスランちゃんが…立ちすくんでいた。
お母様を家に連れて帰って、足を洗ってあげてから、着替えをさせる。ドレスの裾が濡れてしまったから、洗っておく。
何も話さなくなってしまった。あのお母様が。
アンリの話だと、大きな波が一つ来たらしい。
「そしたらね、おばちゃまびっくりしたみたい。」
「そっか。おばちゃま、海は初めてだったのかな?」
「僕もびっくりした!」
「そうね。ねえ、アンリはお兄ちゃんたちの学校に行っておいで。おばちゃまは少し眠るだろうから。」
「うん。わかった!」
駆け出していくアンリに手を振って、お母様のもとに戻ろうとしたら、母が帰ってきた。かいつまんで状況を説明する。セドリック、という名前の人は誰かわからないが。
「いいよ。私が行くから。アリーは自分の婚約者の所に行ってきな。なんだか、まいっているみたいよ。」
ジスランちゃんを探すと、客間の窓際の壁にもたれて、お母様の日傘を抱いてしゃがみこんでいた。
そっと隣に座る。
「あんたもびっくりした?大丈夫だよ。どちらもケガとかしてないし。」
「うん。」
「たまにあるのよ、ザブン、って大波が来たりね。お母様を驚かせてしまったわね。今、うちの母が様子を見てくれるって。」
「うん…。」
「あんた…大丈夫?」
「・・・・・」
声を殺して泣きだしたジスランちゃんに驚く。何がそんなに???
取り乱したお母様に驚いた?
落ち着くまで待とうと、背中に腕を回して、ぽんぽんする。
*****
「少し、落ち着いた?」
「・・・・・」
「私、ここにいるから。ね。」
「・・・私、セドリックを丈夫に産んであげれなくて…。」
「・・・・・」
「あの子が9歳になる年に…その夏に、珍しく家族そろって別荘に出かけて、近くの湖で遊んだの。セドリックもジスランも楽しそうで。それが…家族の揃う最後の夏になるなんて…。帰ってしばらくしたら寝込んでしまって、そのまんま…。」
「・・・・・」
「ねえ、ソフィア、私はどうすればよかったのかしら?」
「・・・・・」
「・・・私のせいで、あの子は死んでしまったんだわ。」
「・・・・・」
「・・・だからね、だから、ジスランのことを一生懸命育ててきたの。大事に。」
「・・・・・」
「・・・みんな、もう忘れろって言うの。忘れる?あの子を?セドリックは本当にいたのよ?ちゃんと…いたのよ!!」
「・・・ねえ、カトリーヌ。忘れなくていいと思うわ。つらかったわね。」
「・・・・・」
「あなた、頑張ってきたのね。」
お母様がすすり泣いているのが聞こえる。長い時間…。
「・・・毎日の中で、会えなくなる人はいるわよね。仕方ないから、それに耐えていく言い訳を探して…正解なんかないし、答えはいくつもあるかもしれないわ。」
「・・・あ…そうね、あなたに起こったことに比べたら、小さなものよね。ごめんなさい…。」
「カトリーヌ?あなたの悲しみは、あなただけの悲しみだわ。大事に持っていればいいと思うの。変に納得したり、何かに置き換えたりするのは違うわよね。他のものと比べたりするものでもないでしょう?」
「・・・・・」
「私の悲しみも、私だけの悲しみだわ。」
「・・・・・」
「・・・そうねえ、一つだけ。もう少しだけ、自分を好きになればいいんじゃないかしら?」
「・・・自分を?」
「そう。いろいろあったけど…それでも変わらず私を愛してくれている夫のことが大好きだし、子供たちも大好きよ。そんな自分が…今は好きなの。」
「・・・自分?」
「カトリーヌは、今の自分が好きかしら?」
「・・・・・」
*****
客間の外壁の窓の下で、漏れ聞こえてくる二人の会話。
・・・母とお母様の関係はよくわからないが、お母様の名前がカトリーヌということと、お母様がジスランちゃんをなぜそこまで大事にしてきたか、ということはぼんやりと聞き取れた。かつてセドリック、というお兄さんがいたことも。
こいつは…いろいろと分かったうえで、お母様に付き合ってきたんだろうな。多分、長いこと。ぎゅっと引き寄せて、頭を抱えて撫でまわす。
多分…亡くなったお兄さんの代わりとして。
(バカだなあ。)
兄とは違う人間なんだ、とも、俺には俺の生き方がある、とも、お母様がかわいそうで言えなかったんだろう。
僕、と呼ぶ自分も、俺、と呼ぶ自分も、ジスランちゃんなんだけどね。
私の腕の中で、おとなしくされるがままになっている大きな子猫のようなジスランちゃんの金色の髪に顔をうずめる。
さて。そろそろ日差しがまぶしくなってきた。
ジスランちゃんを引きずって自分の部屋に運び込み、ベッドに寝かせて、濡らしたタオルで目を冷やしてやる。
そっと出て行こうとしたら、そばにいて、とねだられたので、ベッドに腰かけて頭を撫でる。
「私、ここにいるからね。」
開け放った窓から、海風が入る。




