第12話 散歩。
夕方の海を並んで歩く。
漁港とは少し離れた砂浜が続く海岸線。風が海の匂いだなあ。帰ってきたなあ、って感じがする。ほんの数か月だけど。
打ち上げられている貝殻やガラスのかけらの丸くなった奴なんかを拾って歩く。
「どうするの?そんなに拾って。」
「寮の同室の子のお土産にしようかと思って。山沿いの領地だと言っていたから。」
「へえ。」
ジスランちゃんとぶらぶらと歩く。サンダルの下で砂がギュと鳴る。
「うちの父も、小さい頃、打ち上げられた貝や、異国から流れ着いたものを拾うのが好きだったらしくてね。」
「・・・・・」
「ある日、人魚を拾ったらしいのよ。」
「は?」
「うふふっ。それが私たちの母よ。」
「へえ。じゃあお前たちは、人魚の子供なんだ。」
「そうなの。秘密にしてね。弟たちにはまだ教えていないから。」
「・・・・・」
怪訝そうな顔のジスランちゃんを見て、笑ってしまった。そうよね。おとぎ話でもあるまいし。
*****
夕食の時間になっても、母は帰ってこなかった。通いで料理も家のこともしてくれているメイドのニナが、お魚料理を運びながら、
「どうも、エマが難産らしくてね、医者も来てくれてるんだけど、まだ産まれないみたいです。まあ、初産は時間がかかるから。奥様も付ききりですね。」
「ああ。エマちゃんいよいよ産まれるんだ。」
「ん?」
「ああ、近所の子なんだけどね。私の2つ上。母がお産の手伝いに行っていてね。」
「ああ。無事に産まれるといいな。」
「うん。そうだね。」
出産年齢が低く、初産だといろいろあるらしい。
庶民は結婚する年齢も低いしね…。
「さあ、エマの無事な出産を祈ろう。」
父が声をかけて、みんなで食事前に祈りをささげる。
お母様もジスランちゃんも祈ってくれている。
お母様はお疲れだったらしく、夕食後はさっさと客間に下がってしまった。
食後にニナと食器を片づけていると、弟たちがジスランちゃんを誘ってお風呂に行くらしい。いや…そんなに広い風呂じゃないけど?楽しそうだからまあいいか。
皿を拭き終わって、家に帰るニナを見送り…え?まだみんなお風呂に入ってるのかしら?
「こらあああ!お湯がなくなる!!」
キャッキャ騒ぐ声と、ジャバジャバという水の音。お前ら…。
「いつまで遊んでるの!!」
どうも、頭にシャボンをのせて遊んでいたらしい。4人とも…。
「はい。泡を流す。ほらほら。」
風呂場に入って、チビたちプラス一人、の頭にお湯をかけていく。
「はい、出たら体をよく拭いて。着替えはちゃんと持ってきた?」
「はーい。」
自分一人でできる、というアンリのタオルを取って、ひざまずいて頭をごしごしと拭く。
「はい次。」
シリルが楽しそうに頭を預けてくる。ごしごし。
「はい次。」
レオンがパンツ一丁で逃げ回るのを捕まえてごしごし。
「はい次。」
「ん。」
ジスランちゃん?
仕方ないので立ち上がってごしごし拭く。
「はい。着替えたら寝なさいよ!」
「はーい。」
「おやすみなさーい。」
「ねえ。お兄ちゃんも一緒に寝ようよ。」
「ねえ。」
「えーどうしようかなあ。」
そういいながら、ジスランちゃんは弟たちにつれて行かれた。
多分…弟たちが満足するまで本を読まされることになるだろう。
父の書斎にお茶を持っていく。
「ああ。ありがとう。」
「お母様が夜中に帰ってくるかもしれないから、灯りは一つ点けておくわね。」
「ああ。」
「あの…お父様?」
「ん?どうした?」
「この婚約なんですけど…。」
「ああ。お前は苦労するかもな。お相手が侯爵家だから、社交には嫌でも出ることになるしね。でもね、ジスラン君に決めたなら、お前が守ってあげなさい。」
「・・・・・」
「彼の母親は…本当にジスラン君を大事に育ててきたんだね。」
「ええ。」
「出会った、ってことはそれだけでも縁があった、ってことだよね。書類はもう出してあるよ。婚約おめでとう。アリー。」
「ありがとうございます。」
・・・さすがに…2年限定なんです。慰謝料狙いです、とは言えなかった。
まあ、道のりは長いさ。のんびり行こう、と思う。
部屋に戻る前に、弟たちの部屋を覗く。
4人で仲良く寝ていた。一人一人のお腹にそっとハーフケットをかけて、ランプを消す。
うふふっ。今日は子供みたいな顔をしていたな。




