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最悪の事件

よろしくお願いします。

玲奈さんは気にしないように言ってくれたが、ヤクザ達の嫌がらせは続いているどころかどんどんひどくなっているようだった。玲奈さんも警察に相談しているようだが、一向に効果がないらしい。

玲奈さんは明るく気丈に振る舞っていたが、心労が溜まっていることは側から見ていても明らかだった。

俺や篤人達も心配しているが、店のことで口を挟めるわけもなく、気遣いの言葉をかけるのがやっとだった。

何か悪いことが起こるのではないか。

そんな漠然とした不安を抱えていたそんな時、ついにあの事件が起こってしまう。

俺がもっと気にかけていれば、もっと良い結末になったんじゃないか。

俺や篤人たちの心に大きな傷と後悔を残すその事件は、俺たちの運命をも大きく捻じ曲げてしまうことになるのだった。


その日は、雨が強く降る日だった。

思えば、悪いことが起きる日には、いつも雨が降っている気がする。

仕事から帰った後、いつも通り篤人達と玲奈さんが作り置きしてくれていた夕食を食べ、床に着いた。

玲奈さんは、いつも深夜営業を終えた後に帰ってくるため、朝の早い俺や篤人はもうすでに寝てしまっている。


そのため、そのタイミングでは気づけなかったのだ。

その事件が起こってしまったことに。


違和感に気づいたのは翌日の朝のこと。朝起きると、いつも用意されている朝食が、食卓の上にない。

家の中を探してみても、玲奈さんの姿がない。胸騒ぎがした。慌てて、呑気に眠っている篤人を起こす。


「うーん、どうしたんだよ、そんな慌てて。」


欠伸をしながらとぼけたことを言う篤人。だが、そんな余裕も次の言葉で崩れ去る。


「玲奈さんが帰ってない。」


「ホントか?」


「ああ。玲奈さん、最近ストレス溜まってただろ?どっかで倒れてるんじゃないか?」


「ありえるな。・・・探しに行こう。」


緊迫感が一気に増した家の中、慌てて着替え、玲奈さんの店へと向かう。

単なる勘違いで、ちょっと用事があって外に出てるとか、疲れて店で寝てしまったとか、そんなちっぽけな理由であることを祈るが、胸騒ぎは治らない。

店までの道のりの中では彼女の姿は見付けられなかった。

荒っぽく店の扉をあけ、中に駆け込む。


そんな俺と篤人が目にしたのは、床に倒れ込む玲奈さんの姿だった。


「玲奈さん!」


「お袋!」


篤人が駆け寄り、玲奈さんの肩を抱える。


「え?」


篤人らしからぬ弱々しい声。

どうしたのだろうか。篤人の背が陰になってよく見えない。

近づいて後ろから覗き込む。

目に飛び込んできたのは、篤人の手についた、鮮烈な赤。血だ。


「なあ、・・・冷たいんだ。体が。」


呆然とする俺と篤人。10秒ほど固まった後、なんとか立ち直った俺は、店の電話から救急車と警察を呼んだのだった。


玲奈さんは、その場で死亡が確認された。

死亡時刻は昨日の深夜。日を跨ぎ、店を閉めて作業をしている最中の出来事だろう。

警察や救急車が来る前に、ざっと確認した店の状況からして、わかったことがいくつかある。

まずは、玲奈さんの死亡は、事故ではなく事件だと言うことだ。玲奈さんの傷は後頭部と額に集中していた。

凶器は、玲奈さんの亡骸の傍に落ちていたワインの瓶だろう。

瓶は割れて中身がこぼれ出しており、おそらく殺害の際に割れたと考えられる。

何よりの証拠は、カウンターの上に幾つかののグラスが並べられていたことだ。

自分以外誰もいないのに、複数個のグラスをならべることはないだろう。

また、それらのグラスの中には少しの飲み残しも残っていなかった。バーに来て酒を飲まないのは不可解なので、その時訪れていた人々は単純な客ではなかったと考えられる。

そもそも事故で玲奈さんが亡くなったのだとしても、救急車などを呼ばずに立ち去っていることだけでも、そいつらに何かやましいことがあったという推測は立つ。

以上の点から、犯人として浮かぶのは何度も玲奈さんに脅しをかけていたヤクザ達以外ありえない。


「玲奈さんのことは残念だったな。」


そんな声に顔を上げると、シゲさんが沈痛な面持ちで立っていた。

警察に連絡した後、俺はすぐにシゲさんに連絡した。

一旦落ち着いたとはいえ、篤人と俺の二人だけではどうしていいかわからない。

そんな時に頼ることのできる大人は、シゲさんしかいなかった。

見たところ連絡を受けてすぐ飛んできてくれたようだ。


「すいません、しばらく現場には行けそうにありません。」


「馬鹿野郎。当たり前だ。むしろ無理して出てこられたらこっちが困る。」


シゲさんは暗い顔のまま続ける。


「事情聴取は、もう終わったのか?」


「はい。篤人ももうすぐだと思います。」


そんな話をしていると、翼と成彦も店にやってきた。


「篤人さん、幸仁さん!」


「お前ら・・・。どうして店まで来たんだ?」


「いや、篤人さんが全然学校まで来ないんで、家に行ってみたら誰もいなかったので。なんかあったんじゃないかと思ってとりあえず店まで来たら、こんな明らかに事件があったみたいな雰囲気で・・・。」


「そうか、心配かけてごめんな。」


「いえ、そんなことないですよ。それで、篤人さんは?」


「もうすぐくると思うぞ。あ・・・。」


振り返ると、篤人が店から出てくる所だった。


「やれやれ、やっと事情聴取が終わったよ。」


篤人は口では軽い雰囲気を出してそんなことを言っているが、顔には明らかに焦燥感が滲み出ている。


「篤人・・・。」


「幸仁、そんな顔すんな。俺は大丈夫だ。翼達も、来てくれてありがとな。」


気丈に振る舞う篤人だが、それでもいつもより覇気がない。


「おい、お前ら。ずっとここにいるわけもいかねえだろ。一旦家に帰ったらどうだ?」


シゲさんの言葉に従い、俺たちは一旦家に帰ることにしたのだった。


家に帰り、一息ついたところで、俺は篤人に声をかける。


「篤人、現場についてなんだが・・・。」


「ああ。俺もわかってる。ありゃ事故じゃねえ。お袋は誰かに殺されたんだ。」


「なんだと?そりゃホントか?」


「あ、シゲさんは現場を見てなかったですね。絶対にあれは事故なんかじゃありません。殺しです。」


「なるほどな。」


シゲさんの顔は苦虫を噛み潰したのかのようだ。シゲさんもあのヤクザどもが玲奈さんを脅している現場に居合わせた。犯人としてあいつらを思い浮かべているのだろう。

そんな俺とシゲさんの顔を見て何か勘づいたのか、篤人は俺に尋ねてくる。


「幸仁とシゲさんは心当たりがあるのか?」


俺とシゲさんは顔を見合わせる。シゲさんの視線の意味は、伝えるかどうか俺に任せると言ったところだろう。俺としては隠すわけにもいかない。だが、篤人は母を殺されている。


事実は慎重に伝える必要があるだろう。


「ああ、実は・・・」


ピンポーン。

そこまで言ったところでインターフォンが鳴った。


「俺が出るよ。」


ちょうど伝え方を考える時間が欲しかったところだ。これ幸いと席を立つ。だが、一体誰だろうか。こんなタイミングに尋ねてくる人物に心当たりはない。


はい、と声をかけ、扉を開けると、そこには奴らがいた。


「お前らは・・・!」


そこにいたのは、あの時店で玲奈さんを脅していた井納組の連中だった。ニヤニヤとした笑みを浮かべながら、先頭に立つ男がいう。


「俺は井納組の浅間ってもんだ。バーのママが亡くなったと聞いてな。一言お悔やみを言おうと思ってきたんだ。俺たちもお得意様ってやつだからな。」


「どの口で言ってるんだ!」


「まあそう怒んなよ。聞くと子供ばかりで大変だとか。だからあのバーを高値で買い取ってやるよ。悪い話じゃないだろ?」


「ふざけんな!あの店ほしさに玲奈さんを殺したのか?」


「殺した?人聞きの悪いことを言うんじゃねえ。何か証拠でもあんのか?」


「すぐに警察が見つけてお前らを刑務所にぶち込むだろうよ!」


「それはどうかな?それと、あんまり舐めた口聞いてんじゃねえぞ?」


急に肩を突き飛ばされ、尻餅をつく。


「何してる!早く出ていけ!」


剣呑な雰囲気を感じ出てきたシゲさんが怒鳴り声を上げる。


大人がいるとは思っていなかったのか、ヤクザ達は気勢を削がれ、引き下がる。


「あのババアに似て頑固な連中だ。また来る。それまでに売る決心をしておくんだな。」


捨て台詞を吐いて去っていく玲奈さんの仇達の背を、俺は睨みつけることしかできなかった。


「一体あいつらは誰なんだ?随分荒っぽい奴らだったが。」


困惑している篤人に、これまでの経緯を説明する。


「なるほどな。じゃあ二人はあいつらがお袋を殺したと考えてるんだな?」


よかった。篤人は思いの外冷静だ。


「ああ。少なくとも俺はあいつらが犯人で間違いないと思ってる。事件からこの短時間でわざわざ家に押しかけてきたのは、あいつらが犯人じゃなければできないことだ。」


「確かにな。だが、あいつらはなんであの店を欲しがってるんだ?なんてことはない普通の店だぞ?」


そんな疑問にはシゲさんが答える。


「小耳に挟んだ話だが、あのあたりは今区の方で進められている道路拡張事業の範囲らしい。それで土地の買取が進められているんだが、あのあたりの商店組合はそれに反対している。で、ママはその組合の中心メンバーだった。だからママさえなんとかすれば、地上げがうまくいくと思ったんだろうな。」


なるほど。それで奴らはあの店にあれだけ執着していたのか。


「犯人はあいつらなのはおそらく間違いないと思う。そのうちにあいつらは逮捕されるだろう。裁判の時に恨み言を思いっきりぶつけてやれ。」


シゲさんのそんな言葉に、俺と篤人は深く頷いたのだった


ありがとうございました。

次が最終話になります。

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