表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/7

転機と恩人

よろしくお願いします。

翌日も、前日と同じように朝早く公園を出た。

街に繰り出し、昨日図書館で得た知識をもとに、廃品回収で何とか日銭を得なくてはならない。

正直匂いやら人の視線やらはかなり大変そうだが、それに関しては今も同じようなものだ。

そう思って日中街を巡っていたのだが、稼ぎは芳しくなかった。

どうやら、他のホームレスたちが先んじて回収していたようである。

よくよく考えればそれもそうだ。ホームレスもその道のプロだ。

さらに、言葉通りその日のおまんまを食うか食わないかの瀬戸際で必死に活動している。

素人が本で読んだくらいの知識で生半可に手を出そうとしても上手くいかないのは当然の道理である。。

俺の場合は、この世界の地理もいまだに全然おぼつかないのだからなおさらだ。

おそらく他のホームレスたちは集団で生活や廃品回収業を行っているはずだ。

そこに合流して輪に入れてもらうことも検討しなくてはならないかも知れない。


そんな今日の惨憺たる結果に肩を落としながら公園に入ると、そこには先客がいた。


「中嶋さん、あいつです。あいつが今日言った喧嘩がまじで強いホームレスです。」


「何だ、やっときたのか?」


しまった。昨日、寝床を変えようと思っていたのを忘れていた。

いつもはここまで馬鹿じゃないはずなのだが。ここ数日間の激動によって、思っているよりも疲労が蓄積して思考が鈍っているのだろうか。


「昨日の奴らの敵討ちか?」


「いや、そんなんじゃねえ。お前、喧嘩強いらしいな?俺としてはどうでもいいんだが、こいつが俺より強いかも、何ていうもんだからな。しかも見ない顔らしい。ちょっと気になって見にきたんだ。」


そんな不敵な言葉を口にしたのは、金髪をツーブロックにした制服姿の男だった。

顔は十分に美形といえるが、ピアスや鋭い瞳などから、抜き身の刃のような恐ろしさを感じさせる。

不良然とした見た目ではあるが、これまで見てきた有象無象たちとは明らかに一線を画す。

彼らが漫画のモブだとすれば、中嶋と呼ばれている目の前の男は、主人公やラスボスを務められるだろう。

彼と一緒にいる二人の男もそうだ。昨晩俺の喧嘩を見ていたらしい小柄な男と、寡黙そうな大柄な男。

彼ら両名も、中嶋ほどではないが圧倒的な存在感やオーラというべきものを纏っている。

俺もある程度の喧嘩をこなし、相手の力量をある程度察することができるようになった。

その俺の勘が、こいつらはヤバいと叫んでいる。

脇の二人ですらこれまで戦ってきた相手の中で最上位。中嶋に至っては隔絶しすぎていて比べるのも烏滸がましい。こいつら三人を相手にして勝てる可能性はかなり低いだろう。


「ああ、安心しろ。三人で囲んでリンチなんてせこい真似はしない。俺とお前のタイマンだ。」


中嶋とやらは正々堂々がお好みのようだ。

だが、明らかに強い奴とわざわざ喧嘩するリスクを取る必要もない。逃げるが勝ちだ。そうやって回れ右して逃げようとしたが、中嶋の一言が俺を引き止めた。


「そこそこやれたら今日の晩飯ぐらいは奢ってやるよ。金に困ってるみたいだしな。」


あまりにも魅力的な誘いだ。理性は逃げるべきだと叫んでいる。

だが、生活への不安が俺を逃げさせてくれない。所持金も少なくなってきている。一食分が浮くのはかなり大きい。

数秒の逡巡を経て逃げようとしていた体を中嶋へ向ける。


「いいだろう。その言葉、忘れんなよ。」


「飯のことで本気になりすぎだろ。こっちとしては助かるけどな。」


そんな軽口を交わし、お互いが相手に向かい踏み込む。


初手は相手側。中嶋が正拳を放つ。

腕でガードするが体が少し浮く。今まで経験したことのないほど重さのこもった一撃だ。

腕が軽く痺れている。そう何発もは受けられない。

少しよろけたところを狙うアッパーを身を捩らせて避け、相手の脇腹にフックを放つ。

クリーンヒットしたと思ったが、中嶋は自らパンチと同じ方向に飛び、衝撃を和らげたようだ。

しかし、ダメージは決して小さくはないはずだ。


「痛いなあ、思ったよりやるなぁ。」


中嶋の戦意は衰えていない。むしろ笑みを浮かべており、ダメージを受けたことでギアが上がったように見える。

体勢を立て直し、左右のコンビネーションによる連打で、俺の防御を削ろうとしてくる。

腕へのダメージは大きく、もう強いパンチは放てないだろう。

腕の痛みでガードが緩んだところで、鳩尾にストレート。

ガードの上からでさえ十分な破壊力を持っていたその一撃が、よりにもよって人体の弱点に突き刺さった。

それは勝負を決してあまりある威力だ。

胸が潰れたような感覚。息ができない。苦しい。中嶋の顔を浮かぶ笑み。

勝利を確信したのだろう。

とどめの一撃を繰り出そうとする中嶋。

俺は手のひらを中島の顔にむけ、押し退ける。

力なく緩慢なその動きはダメージを与えるようなものではない。

中嶋も鬱陶しい悪あがきとしか思っていないだろう。

その効果は両者の間の距離をほんの少し広げる程度。だが、それで十分。

拳を引き、放とうとする中嶋。

その側頭部に、渾身の力を込めて放った回し蹴りが突き刺さった。

本当に余力の全てを振り絞った一撃だ。

そんな決死の一撃を頭に受けた中嶋は、意識を失い倒れ込む。

我ながら鮮やかなKOだ。

中嶋が倒れ込んだ一瞬の後、俺も胸の痛みに堪えきれず崩れ落ちるが、何とか手をつきかがみ込んだ姿勢で耐える。両者大きなダメージを受けたこの喧嘩。現状は、意識を失った中嶋と膝立ちで堪える俺。

勝敗は決し、その結果は誰の目にも明らかだ。俺は、勝ったのだ。


「中嶋さん!」


駆け寄ってくる二人。今攻撃されれば何の抵抗もできない。


「あんたも大丈夫か?」


心配は杞憂だったようだ。

中嶋の取り巻きの二人が、俺と中嶋の肩を支えてベンチまで運び、寝かせてくれた。

数分後、中嶋が目を覚ました。ガバッと起き上がり、辺りを見回す。


「ああ、そうか、負けたか。」


悔しそうだが清々しくもある表情で頭を掻く。あの回し蹴りは相当なダメージだったはずだが、丈夫なやつだ。


「お前、強いな。負けたよ。」


「いや、紙一重だった。次やったら勝てるかわからないさ。」


「どっちも強かったですよ!本当にすごい喧嘩でした。」

中島の連れのうち小柄な方がそう声をかけてくれる。その言葉に、大柄な方も頷いている。


「というかお前ら、本当に昨日の不良たちとは関係ないんだな。」


「そりゃそうだ。あんなアホどもと一緒にされたら困るぜ。」


確かに喧嘩の強さだけではなく、器の大きさやカラッとした気持ちの良さでも奴らとは全然別物だ。


「あ、そういや飯を奢ってくれるって話だったが・・・」


「わかってる。約束は守るさ。おい、お前らも行くぞ!」


こういう義理堅いところも奴らとの違いだろう。

こういう奴らと会えたことと、一食奢って貰えること。鳩尾に痛みは残っているが、逃げようと思っていた喧嘩を受けたことは、案外悪くない選択だったのかも知れない。


連れていかれた先は、普通の民家のようだった。しかも、言葉を選ばずに言えば少々見窄らしい部類だ。


「ここが奢ってくれる店か?」


「ん、店?ここは俺の家だぞ?」


一旦家に寄ったということだろうか。


「違う違う、うちの晩飯をお前に食わせてやるってことだよ。」


少々当てが外れたかも知れない。奢る、なんて言われたらどこかの店に連れて行って貰えると思っても仕方ないだろう。


「安心しろ。店よりうまい飯を食わせてやるから。」


そう言いながら中嶋は玄関を開けた。


「ただいま」

その言葉に、女性が部屋から顔を覗かせる。


「おかえり。あれ、いつものに新顔が増えてるじゃん。」


「ああ、こいつにも飯作ってやって。」


「急に言われても量が難しいんだよ。まあ何とかするけど。」


そう言って女性は玄関口までくると、俺に挨拶をした。


「どうもいらっしゃい。篤人の母の玲奈です。さっ、上がって上がって。」


中嶋の下の名前は篤人というらしい。いや、それよりも、この若い女性は母なのか。篤人は見たところ高校生だ。

その母となると少なくとも三十代後半のはずだが、決してそうは見えない。何なら姉でも通じるだろう。


居間に通されると、玲奈さんがお茶を持ってきてくれた。


「こんなものしか出せないけど、ゆっくりしていってね。」


「いや、お気遣いなく・・・。」


なぜか玲奈が固まっている。


「あの、どうかしましたか?」


「あ、ごめんなさいね。まさか篤人が連れてきた子から『お気遣いなく』なんて言葉が出てくるとは思わなくて。びっくりしちゃった。」


まあそうだろう。篤人は気持ちのいい男ではあるが、礼儀が正しいというタイプじゃない。

篤人の気の合うやつも、似たような奴が多いだろう。


「晩御飯も大丈夫です。すぐ帰りますので。」


篤人が連れてきたとはいえ、急に上がり込んで家の人に迷惑をかけるのは気が引ける。


「いいのいいの。気にしないで。どうせ三人分いっぱい作るんだから、一人増えたってそんなに変わらないし。」


「それじゃあ、お言葉に甘えて。」


玲美が夕飯を作ってくれている中、俺は篤人たちといろいろ話していた。


「もうわかっていると思うが、俺は中嶋篤人。こっちのチャラいのが飯田翼。無口なのが牛尾成彦。俺が高二で、後の二人は高一。」


「俺は新堂幸仁。年齢は十七。高校は行ってないが、中嶋とタメだ。」


「ああ、高校行ってないのか。だから見たことない顔だったんだな。あと、中嶋じゃなくて篤人でいい。呼びにくいだろ?それにお袋も中嶋だし。」


そんなことを話していると、夕食が出来上がった。

今日は素麺らしい。玲奈さんによると、男子高校生三人を満腹にするには、これが安上がりとのことだ。


「で、君はどんな経緯で篤人に連れてこられたの?」


「ああ、中嶋さんが新堂さんと喧嘩して・・・」


「あ、おい!」


「あんた、喧嘩ふっかけたの!何してんのよ!」


翼が口を滑らせ、篤人が玲奈さんに叱られる。

まあ、かなり強引な喧嘩のふっかけ方だったので、怒られるのも自業自得だろう。

あと、翼が俺のことを「新堂さん」と呼ぶのは、兄貴分である篤人が俺を同格の相手として認めたからだそうだ。

翼は篤人に心酔しているようで、こいつはこいつで妙に義理堅いところがある。


「いや、こいつホームレスらしいんだよ。食うのにも困ってるっぽいから、うちに連れてこようと思って・・・」


そんな言葉に玲奈はこちらを見る。


「言いたくなかったら言わなくていいんだけど、親御さんはどうしてるの?」


「・・・・」


「家はどこ?高校は?」


「・・・・・」


答えたいのは山々だが、本当のことを言っても決して信じてはもらえないだろう。

黙っている僕の様子を見た玲奈さんは、ため息をつく。


「わかった。じゃあ今日からうちに住みな。」


「いや、そんなご迷惑をかけるつもりは・・・」


「いいの!顔見たら色々事情があるんだろうなっていうのはわかる。それが深刻なものなんだろうってこともね。なら、大人が助けてあげないと。」


「そうはいっても・・・」


「私がいいって言ってるんだからいいの。それに、事情なんて大なり小なりみんな抱えてる。

そっちの二人だってね。」


そう水を向けられたのは翼と成彦。視線を向けられた翼は口をひらく。


「俺とこいつは、孤児院の出身なんです。別に孤児院が悪いわけじゃないですけど、どうしても馴染めない部分があるんです。そんな俺らですけど、玲美さんにいつも晩飯を食わせてもらってます。そのことで、俺たちは本当に助かってます。上手く言えないですけど、新堂さんも頼っていいんじゃないですか。」


今まで口を閉ざして一言も喋らなかった成彦さえも口を開いた。


「俺には、新堂さんが助けを必要としているように見えます。」


静観していた篤人は、隣に座って腕を俺の肩に回す。


「ほら、みんなこう言ってるしさ。とりあえず、しばらく泊まっていけよ。」


みんなが俺を受け入れようとしてくれている。


「じゃあ、少しだけ・・・」


玲奈さんが重い空気を払うように、手を鳴らしながら言う。


「さっ、みんな、さっさとご飯食べちゃって。」


俺は、食卓へと戻ろうとした。

しかし、その前に目から涙がこぼれ落ちる。

とめどなく溢れ続ける涙。冷たくはなく、むしろ火傷しそうなほどに熱い涙だ。

この世界に来てから感じ続けていた違和感。

自分を拒絶する世界の中で、ようやく受け入れてくれる場所を見つけた。そんな気がした。


「おい、どうしたんだよ。泣くなって。」


篤人は慌てている。玲奈さんはそんな俺たちを見て笑いながら、俺の頭を撫でる。


「いいの。辛い時や嬉しい時。どうしても泣いちゃう時はあるよ。無理に大人にならなくて大丈夫。きっといつかはその涙が貴方の一部になるから。」


その優しさに触発されたのか、涙はさらに勢いを増し、しばらく止まることはなかったのだった。


ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ