不幸な男の意地と死
ありがとうございます。
「おい、起きろ」
腹部に衝撃が走り、目が覚める。
目の前にはニヤついた不良然の笑みの男。
どうやら今の衝撃は、この男に蹴られたことによるものらしい。
横目で状況を確認すると、ここはもう使われていない工場跡といった雰囲気だ。
周りには同じく不良然とした集団。
何人かの手には鉄パイプが握られている。先ほど拉致された時の痛みは、おそらくあれに殴られたことによるものだろう。
「なんだよ・・・、お前・・・。」
頭痛に耐えながら荒い息と共にそう問いかけるが、男はニヤニヤ笑いを崩さない。
「お前、昨日高校生ボコしただろ?あいつらのリーダー、俺の弟なんだよねぇ。」
合点がいった。薄々勘づいてはいたが、やはり最近の喧嘩に関連した話のようだ。
油断していた。
迂闊だった。
あいつらはただの不良だと見くびっていた。まさか拉致までやるイカれた集団を連れてくるとは思わなかった。
「情けのねえ弟に泣きつかれて、わざわざ集団で焼き入れに来たのかよ?」
そう言い返すが、どう見ても強がりだ。
「すげえなお前。この状況でまだそんな口聞けるなんて、よっつ!」
そう言い切ると同時に、男は再び蹴りを放つ。咳き込む俺を見て、取り巻きたちはゲラゲラ笑っている。
「昨日は大変だったんだぜ?ボロボロの弟を見て親父がギャーギャー騒ぎやがってよお。」
「あっくんの親父は二人に甘ぇからなぁ」
取り巻きの言葉からすると、この蹴りの下手人であるリーダー格の男が「あっくん」らしい。
「おう、しかも金持ちだ。親父も俺たちの素行があんま良くねぇってのは薄々勘づいてるみてぇだが、こんだけ暴れ回ってることを知られると小遣いもなくなるかもしれねぇ。結構焦ったんだぜ?金ヅルが無くなるのは困るからな。グズな弟に何もいわねえよう黙らせて、親父を誤魔化してよ。で、こんだけ慌てさせられた落とし前はつけてもらおうと思ってな。」
そうか。こいつには父がいるのか。
しかも甘いと言われるほどの愛情と十分な金を与えられているのか。
それなのに、こんなくだらないことをしているのか。
沸々と怒りが湧き起こってくる。
ああ、イライラする。
「くだらねえ。本当にくだらねぇ。」
「あ、なんて?聞こえねえよ。」
「くだらねえってんだよ!」
そう言いながら立ち上がると、あっ君とやらのニヤニヤ笑いが崩れた。すぐに表情を取り繕うが、笑顔はこわばっている。
「まだ立てんのかよ、お前。気持ち悪いな。」
「気色悪いのはてめえだろ?親に甘えっきりのグズ野郎が。あのバカ弟にしてこの兄ありだ。」
イライラする。
苛立ちに合わせて口も回る。
取り巻き達は十数人ほど。何人かは鉄パイプを持っている。流石にこの人数はどうにもならない。
どちらにせよ無事には帰れないだろう。それならやれるだけやってやる。
覚悟は決まった。
「かかってこいよ。なんも効いて無えんだよ。かかってこいよ。怖いのか?。」
そう言いながら目の前の男に一歩一歩近づいていく。
ここまでコケにされると流石に我慢ならなかったのだろう。あっ君も笑みを引っ込め、青筋を浮かべている。
「やってやるよ。ぶっ殺してやる。お前ら手出すんじゃねえぞ!」
そういって鉄パイプを構えるあっくん。
わざわざタイマンにしてくれるとは。単細胞で助かった。
そのまま鉄パイプを頭に向かって振り下ろす。頭に強い衝撃。
「バカが!もうガードするだけの力も残ってねえのかよ!」
「痛ってえんだよクソがあ!」
強がりだ。
もうフラフラで立っているのも限界だ。
だがそんなコケ脅しでも効果はあったらしい。あっ君は気圧されたように後ずさる。
「さっさとくたばれよ!」
言うが早いか、あっくんが再び鉄パイプを振り下ろす。今度は左手で防いだ。鈍い音と激しい痛み。間違いなく骨が折れた。もう左手は使い物にはならないだろう。
だが十分だ。残る力全てを使って踏み込み、右の拳で渾身の一撃を放つ。顔に直撃し、あっ君は倒れ込む。
ここだ。ここしかない。
すかさず飛びかかり、馬乗りになる。決して逃さない。顔へ右手を振り下ろす。何度も何度も。鼻を、頬を砕く。
それぐらいの気合いを持って拳を振り下ろす。
いける。やれる。
しかし、そう思った瞬間、後頭部に激しい衝撃。とうに限界を超えていた体は、なすすべもなく崩れ落ちる。
いつの間にか、雨が降り始めていた。
「クソっ、助かった」
あっ君はゆっくりと立ち上がる。見かねた取り巻きの一人が鉄パイプで助けに入ったようだ。
「この死に損ないが。散々コケにしてくれやがって・・・」
今度は、あっ君が鉄パイプを何度も何度も振り下ろす。身体中の骨が折れていくのを感じるが、もう抵抗する気力も残っていない。
「あっ君、まずいよ。これ以上やると本当に死んじまうよ。」
「うるせえ。邪魔すんじゃねぇ!」
取り巻きが止めに入るが、あっくんは聞き入れない。
取り巻きのセリフは間違っている。これ以上殴られようが殴られまいが結果は変わらない。
俺に待っているのは死だけだ。
その時、遠くからパトカーのサイレンの音が聞こえてくる。取り巻きたちが俄に慌て出す。
「あっ君、逃げないと本当にまずいよ!」
「ちっ。ずらかるぞ!」
あっ君はボロボロの俺に唾を吐きかけると、取り巻きのバイクの後ろに乗り、逃げていった。
そして場面は、物語の冒頭に戻る。
サイレンの音は徐々に近づいてきている。
警察がたどり着いたとしても、もはや助かることはないだろう。自分の体だ。それくらいのことは、何となくわかる。
本当に何もいいことない人生だった。思い返せば不幸な出来事しか覚えていない。
不幸せではあった。この人生が良いものだったとは決して言えない。ただそう悪いものでもなかったのかもしれない。
もう疲れてしまった。目を閉じる。
死後には何も残らない。生まれ変わりも来世も信じていない。
ただ願わくば。
安らかな眠りを。
今度は、自分から意識を手放した。
雨が降っている。先ほどと比べるとやや弱まったようだ。
雨に打たれる亡骸が一つ。もはや、彼は何も言わない。
ありがとうございます。