4話 増えていく犠牲者
令嬢が預けられる修道院は一般には開かれていない。令嬢教育とハーブの栽培などの慈善活動を主として行われているので、普段は平穏そのものだ。
そんな修道院は今、沈痛な空気に満ちていた。
「カロリーヌ、どうして……」
礼拝堂に、令嬢たちのすすり泣く声が響く。
川で遺体となって見つかったカロリーヌの足には、ロープがくくりつけられていた。
修道院の警備は厳しく、外部の者が侵入した可能性は限りなく低い。あり得るとしたら、自らの意思で出ていった場合だ。
修道院の見立てでは、カロリーヌは夜中にこっそりと抜け出し、ロープの先に石をくくりつけて川に飛び込んだのだろうとのことだった。
彼女は自殺したのだ。
「ごめんなさい、カロリーヌ……ごめんなさい」
カロリーヌの納められた棺の前で、イヴォンヌがつぶやく。彼女はひどく憔悴していた。
カロリーヌの苦しみに気づくことができなかったことを悔いているのだろう。
フランチェスカでさえ罪悪感にかられているのだ。同室であったイヴォンヌの自責の念はどれほどのものだろうか。
フランチェスカはイヴォンヌを見ていられず、うつむいた。
カロリーヌの遺体は天候が荒れる前にと、すぐに家族のもとに送られることになった。
悲しみが修道院を包んだが、それでも令嬢たちは極力普段通りに過ごすことに努めた。
感傷に浸り続けると、自らも同じ過ちを犯しそうな気がしたから。
カロリーヌのように、婚姻が決まって憂鬱になっている令嬢は多かった。
ここで過ごす令嬢たちは年若く、人の死にそれほど触れたことがない。
その上、閉鎖空間で共同生活を送っていると、仲間意識が芽生えてくる。家族のような、長年の友のような不思議な絆ができる。
そんな仲間が亡くなってしまった喪失感は想像以上のものだった。
神にすがるように、礼拝堂で祈りを捧げる者が増えた。
「フランチェスカ、礼拝堂に行くの?」
「ええ。部屋でじっとしてたら、考え込んでしまうから」
「……そうね。私も、行こうかしら」
フランチェスカとシュゼットも、時折礼拝堂に足を運んだ。これまで神学の授業の時以外には足を踏み切れなかったのに、現金なものだと自分でも思う。
それでも、頼れる存在があるというのはありがたかった。不安で押しつぶされそうな心を支えてくれた。
祈りを終え、シュゼットと部屋へと戻ろうと廊下を歩いている時に、ふとシュゼットが足を止めた。
「どうしたの――あ」
彼女の視線の先を辿ると、中庭のベンチに座るイヴォンヌがいた。
イヴォンヌは背筋を伸ばし、本を読んでいる。平穏だった頃、よく見た光景だ。フランチェスカは懐かしさを覚えた。
「イヴォンヌ!」
声をかけると、イヴォンヌは顔を上げた。
フランチェスカたちに気づいたイヴォンヌは微笑んだ。
「あなたたち、礼拝堂に行ってきたの? それとも、今から行くのかしら」
「行ってきたところよ。……イヴォンヌがここにいるのを久しぶりに見たわ。もう準備は終わったの?」
イヴォンヌはなんのことかと目を瞬かせる。
「カロリーヌに聞いたのよ。結婚の準備で忙しいから、部屋にこもりっぱなしだって」
「……ああ。そのことね。ええ、もう準備はできたわ」
穏やかにイヴォンヌは笑んだ。そこに憂いの陰はない。いつもどおりのイヴォンヌだ。
そのまま少し世間話をしたあと、イヴォンヌと別れた。
「イヴォンヌ、元気になったみたいで良かったわ」
「……そうね」
シュゼットの声は硬かった。
何事だろうとフランチェスカは彼女に視線を向ける。
「あの子が元気になったのは嬉しいわ。カロリーヌが亡くなった時は本当に落ち込んでいたようだったから。……でも、さっきのはあまりに普通すぎるのよ。それに、あの子……」
ひと気のない廊下に、シュゼットの声が響く。隣にいるフランチェスカがやっと聞き取れるほどの密やかな声なのに、不思議とはっきりと聞こえた。
「いえ……きっと、気の所為ね。私の考えすぎよ。変なこといってごめんなさい。……そういえば、シスターにお菓子をもらったのよ。部屋に戻ったら一緒に食べましょう」
シュゼットはあえて明るい声を出した。フランチェスカがよほど不安そうな顔をしていたのか、優しく微笑む。
フランチェスカも追求しようとはせず、彼女の提案に頷いた。
カロリーヌの悲劇から一週間経ち、修道院は日常を取り戻しつつあった。
しかし、みんなのそうした努力をあざ笑うかのように、再び事件が起きた。
今度は自室で首をかききった。まだ、修道院に入ってから一年ほどの令嬢だった。
彼女も半年ほど前に婚約が結ばれていた。
恐れていたことが起きた。カロリーヌの死に引きずられて、自死をする者が現れるなんて。
令嬢たちはショックを受けたが、不安や恐怖を押し隠して日常を送った。
そんな令嬢たちの努力をあざ笑うように、悲劇は繰り返される。
食堂で、応接室で、中庭で、次々と令嬢が自らの命を絶った。
「この修道院は呪われているのよ!」
誰かがそう叫んだ。それを否定する声はなかった。
誰もが心の中でそう思っていたからだ。
家に帰ろうとする者が続出した。だが、季節柄の嵐が彼女たちを修道院に留めた。
嵐は一度起きたら長く続く。少なくとも、数日は外に出ることもままならないだろう。
シスターは夜になると情緒が不安定になりやすいので早く寝るようにと令嬢たちに指示した。それに伴い、夜間の外出禁止も言い渡した。
フランチェスカは雨と風で荒れ狂う夜空を見上げた。敷き詰められた雲は恐ろしいほど黒く、不気味だ。
「まるで、この修道院を蝕む呪いみたい」
フランチェスカは呟き、板戸を閉じた。以前、締め忘れて床が水浸しになり、シスターから説教をくらったことがある。
室内はろうそくの心もとない灯りだけになる。
「物騒なことが続くわね。……はい、フランチェスカ」
シュゼットが淹れたばかりのハーブティを差し出す。
ふたりは寝る前にハーブティを飲むのが習慣だった。修道院は冷えやすいから、体を温めた方がよく眠れるからとシュゼットが勧めてくれたのがはじまりだった。
「シュゼットは飲まないの?」
「ええ。さっき、たくさん水を飲んでしまったから。途中でトイレに起きたくないのよ」
「……そう」
フランチェスカはハーブティを飲み干すと、ベッドにもぐりこむ。
それを見届けたシュゼットは灯りを消した。シュゼットもベッドに横になる気配がした。
その後は静かだった。ただ板を隔てた嵐の音が聞こえるだけだ。
どれほど時間が立ったのだろう。扉が開き、また閉まる音がした。
フランチェスカは起き上がる。暗闇に慣れた目を凝らした。シュゼットのベッドはもぬけの殻のようだ。
夜間の外出は禁止されているというのに、どこに行ったのだろうか。
上着をはおり、フランチェスカはシュゼットの後を追う。
夜の修道院は昼間とは様変わりしている。見慣れた廊下が怖くて仕方がない。暖かく安全な自室に戻りたい。
だが、様子のおかしいシュゼットをほうっておくことなどできなかった。
彼女は素直に尋ねても、答えないだろう。だから、こうしてこっそり探るしかない。
この修道院はおかしくなっている。シュゼットもそれに影響されているのかもしれない。
シュゼットの足取りはしっかりしている。目的地は決まっているようだ。
この方角は礼拝堂だろうか――そう考えたフランチェスカの後頭部に衝撃が走る。
体が地面に倒れるのを感じながら、フランチェスカは意識を失った。




