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令嬢は一途な恋を見た  作者: あやさと六花


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3話 忍び寄る不穏

 フランチェスカはため息をついた。


「どうしたの? ……ああ、返事に悩んでいるのね」


 同室のシュゼットは読んでいた本を置いて、フランチェスカを心配そうに見た。そして、フランチェスカの目の前に置かれている手紙を見て納得したようにつぶやいた。

 

 フランチェスカは頷き、広げた手紙に目を落とす。

 先程からずっと机に向かっているが、一行たりも文が浮かばず、未だに白紙のままだ。


 父親から来た手紙を何度読み返す。そこには婚約が整ったことが記されている。

 これに返事をしなくてはならないが、気が乗らない。これまでは実家からの手紙にはすぐに返事を出していたから、遅れたら変に心配をかけてしまうかもしれない。


「早く返事を書かないととは思うんだけどね。全くだめなの。これから天気が荒れやすくなるのに」


 この国では秋から冬にかけて、雨や嵐が起きやすくなる。ひどい時では数日から数週間、街同士の行き来が困難になる時もある。

 そうなれば、荷物や郵便も当然影響を受けてしまう。


「無理に今書かなくてもいいんじゃないかしら? 送るのが遅くなったとしても、天候のせいで配達が遅れたと言い訳できるんだし」

「そうね……」

「気分転換をしてみたら? ずっとそうやって考え込んでいても苦しいだけでしょう。違うことをしたら気持ちの整理もつきやすくなるわよ」


 シュゼットはフランチェスカを労るように提案した。既に同じ経験をしているシュゼットはフランチェスカの今の気持ちがよくわかるのだろう。


 フランチェスカはその助言に従い、少し散歩をすることにした。




「綺麗に咲いたわね」


 花をつけた木々を見上げ、フランチェスカは微笑む。


 修道院では実用性のあるハーブを育てているので、愛でるための花は少ない。


 貴族令嬢は花が咲き誇る庭園を持つ屋敷で育つ。そのため、修道院に来たばかりの令嬢は花の少ない修道院の庭を殺風景だと感じる。

 フランチェスカもそのひとりだったが、今ではすっかり慣れた。珍しいからこそ、時折咲く花の開花を心待ちにできる楽しみもできた。


「あら? イヴォンヌはいないのね……」


 中庭はイヴォンヌのお気に入りの場所だった。この中庭にもハーブは植えられており、爽やかな香りが辺りに漂う。植物全般が好きなイヴォンヌはこの香りを好んでいたようだった。

 時間ができたら、ここで本などを読んで過ごすのが彼女の日課となっていた。


 だから、今日もここにいるのだと思っていたのだが、イヴォンヌの姿はなかった。


 ちょうどその時、令嬢が通りかかった。彼女はイヴォンヌと同室だ。

 フランチェスカは令嬢に駆け寄った。


「ねえ、イヴォンヌって部屋にいるの?」

「ええ。結婚の準備で忙しいみたい」

「結婚?」

「昨日、実家から手紙が来てね、先月婚約者が帰国したらしいの。それで、結婚式の日も輿入れの日も決まったから、それに備えないといけないとかで部屋にこもってるわ。あの子に伝言があるのなら、伝えましょうか?」

「大丈夫よ、ありがとう。ただ、いつものベンチにいなかったから疑問に思っただけなの」


 自室に戻るという令嬢を見送り、フランチェスカはベンチに座った。


「結婚、決まったのね」


 イヴォンヌは婚約破棄されないか不安がっていた。だから、その懸念が払拭されてよかった。心からそう思う。


 だが、安堵すると同時に、羨ましさもこみあげる。

 イヴォンヌと婚約者は昔からの知り合いで相思相愛の仲。愛した相手と結婚できるなんて、夢のような話だ。

 フランチェスカに限らず、多くの令嬢が夢見てきた幸せな結婚だ。


「私も、そういう結婚がしたいな……」


 顔も性格も知らない相手ではない。義務だけで結ばれる結婚でもない。お互いを知って、できたら恋をして結ばれたい。

 贅沢な願いだ。だが、これが紛れもないフランチェスカの本心。


「はぁ……」


 手紙の返事は、まだかけそうになかった。




 気が重いまま、フランチェスカは日々を過ごした。

 手紙が届いてから三日後、それは起こった。


「カロリーヌが行方不明?」

「そう。就寝時には確かにベッドにいたのに、朝イヴォンヌが目を覚ました時にはもぬけの殻になってたらしいわ」


 今はシスターや警備の者たちが修道院内や付近を捜索しているのだと、シュゼットは教えてくれた。


「あのカロリーヌが……」


 カロリーヌはイヴォンヌの同室の男爵令嬢だ。

 フランチェスカと特別親しいわけでは無いが、顔を合わせたら話をする程度には打ち解けていた。


「夜中に抜け出してどこかへ行ったのかしら?」

「おそらくそうだと思うわ。ここの警備は厳重だから、外部から不審者が入ってくることはないだろうし。……あの子も婚約が決まっていたから、色々と思うところがあったのかもしれないわ」


 先日イヴォンヌのことを聞いた時には、変わった様子はなかったが、内心は悩みに悩んでいたのかもしれない。

 令嬢なら、感情を抑える術も学んでいる。フランチェスカも、悩みはシュゼットなど仲の良い友人にしか話していない。


「どこへ行ったのかはわからないけれど、早く戻ってくるといいわね」

「そうね。ここらへんは治安が悪くないとは言うけど、令嬢ひとりでいるのは危険でしょうし……。修道院のどこかにいるといいんだけど」


 そんな願いも虚しく、カロリーヌは姿を消してから一週間後、近くの川で息絶えた姿で発見された。

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