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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

近年稀に見る世界平和の意思に満ちた物語

――この宇宙には、"ちびっこ"という存在がいます。





 脈絡なくそんなフレーズが脳裏に浮かぶくらい、この時の俺はムシャクシャしていた。


 ――未来ある子供達を、あらゆる脅威から守りたい。


 ……混迷を深める国際情勢……SNSで拡散される悪意……ようやく落ち着いてきた円安……人通りの多い入り口近くに設置されている本屋のセルフレジ……あまねく世界を覆い尽くさんとする陰謀論……悪化の一途を辿る治安……厳しすぎるジャンプの打ち切り基準……自分が他者との距離感が下手くそなだけなのに『昭和の人情!』と己のダブスタを正当化したがる揉め事大好きおじさん……文明社会に中指を突き立てるのが趣味としか思えない異常気象……好きになったコンテンツに現れる古参面しながら新規を威圧する悲しき獣……確定申告という名の螺旋迷宮……年下の女の子による偽姉ムーヴはまだ許せる……むしろ好き♡……問われるマスメディアのモラル……就寝一時間前にスマホを見てる若者……果穂!なんだ、その顔は!?……大人をバカにするんじゃないッ!!……~~~ッ♡……1月8日以降に後出し法改正してきたイギリス渡航に必要な事前渡航認証ETAの申請と取得……いつの間にか店のメニューから消えてた塩チョコパン……あーっ!ちょこ先輩がまたエッチな格好してますぅぅぅッ!!……か、果穂!(汗)……職場の飲み会……野放しになってる転売屋……宗教勧誘撃退武勇列伝:マルチ……FXとかレバレッジだけはやめとけ……猛暑の末に消滅した秋という季節……アンデラ……行け!不死不運!!――いいね、最高だ!!……「甘酒 酔う 原因」……国内では明確な敵のくせに外国ではスパダリ面してくるDVクレカ……多感な時期の少年の性癖破壊を目論むエッチなお姉さん♡……ムチプリ♡……。


 そんな昨今の子供達を取り巻く絶望的な光景を脳裏に思い浮かべながらも、さりとて自分に何が出来るのか全く思いつかない。


 不条理な世界に対する義憤と己の不甲斐なさを嚙みしめながら両腕を枕に仰向けになった俺は、奥歯を噛みしめながら自室の天井を睨みつけていた――まさにそのときだった。



 ――ピンポーン……。



 唐突に入り口のインターホンが鳴る。


 Amazonで予約した商品でも届いたのかと思った俺が確認もせずに扉を開けたところ、入り口に立っていたのはスーツ姿に真面目そうな一人の見知らぬ男だった。


 警戒心を隠すことなくマジマジと不躾な視線を向ける俺に構うことなく、男は柔和な笑みを浮かべながら話を始める。


「突然の来訪失礼いたします。私は世界平和を掲げる秘密組織:”フロープ”に所属する職員です。……本日は、この部屋の住人である貴方から現行世界を憂う極大の正義感を察知し、こうしてスカウトに参りました」


「えっ!?世界平和を掲げる秘密組織:”フロープ”……だって!?」


 直前の態度とは裏腹に、驚愕の声を上げて目を見開く俺。


 そんな様子を満足そうに見やりながら、男はなおも話を続けているがそれどころじゃない。



 ――”フロープ”。



 それは、ブランデー、スイートベルモット、ベネディクティンの三種を掛け合わせることで完成する、人類最高峰の味わいが口中に広がる奇跡のカクテル。


 そんな凄いカクテルと同じ名前がついている以上、その秘密組織とやらもとてつもない存在であることは最早明白であった。


 眼前の男がなおも俺に語り掛けてくるが、もはや耳にすら入ってこない。


 あまりの衝撃を前に俺は、朦朧とした意識とともに盛大に地面へと倒れ込んでいく――。









「う~ん、ムニャムニャ……って、はっ!?な、なんじゃこりゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


 目を覚ました俺の眼前には、見慣れぬサイケデリックな街並みが広がっていた。


 ……どうやら俺があまりの衝撃で生命活動を停止する勢いで気を失っている間に、外では途方もない時間が経過していたらしい。


 困惑しながらも俺は現状を把握するために、近くを巡回していた高性能AIロボットへと呼びかける。


「教えてくれ!今は西暦何年なんだ!?」


「――ハイ、お答えします。今はネオページ歴100年、貴方が口にした”西暦”が滅んでから、人類統合機関:”フロープ”によって築かれた新時代秩序でございます」


「何ッ!!ネオページ歴だと!……せ、西暦ですらないってのかよ!?でもって、俺が知ってるあの(・・)フロープとやらがこの時代を牛耳ってるみたいだが、一体どんな組織なんだ!?」


「――人類統合機関:”フロープ”は、西暦出身者の貴方にもわかりやすく説明すると、アメリカとロシアと中国と中東の原理主義的な雰囲気の帝国と統制管理システムに支配された人間管理牧場が混然一体となったような超巨大勢力です」


「そんなヤツに勝てるわけねーだろ、バカヤローッッ!!!!」


 刹那、俺は手にしていた日本刀でロボットを袈裟斬りにする――!!


「ガガ、ピ……ッ!!」


 バチバチ……!!と火花を鳴らしてすぐに、一閃を受けたロボットが盛大に爆散していく――!!





 刀を鞘にしまいながら俺は、一人静かに思案する。


「それにしても、人類統合機関:フロープ、か……俺が眠っている間に世界はとんでもないことになっているようだが、どうすりゃそんな奴らに勝てるってんだ?」


 あてどもなくそんなことを呟いていた――そのときだった。



「へへっ、そこの兄さん!――ずいぶん面白そうなことをやろうとしてるみたいだけど、俺達も混ぜてくれよ!」



「ッ!?貴様!一体、何奴(なにやつ)ッ!?……って、は、はぅあ!?」


 後ろに振り向いた俺は、驚きのあまり腰を抜かす。


 視線の先にいたのは、トマトで出来た腹部が特徴的な狸と厳つい外見の深海魚であるオオカミウオ、そして首をバッサリ斬り落とされているにも関わらず元気に動き回る鶏という異様な三種の動物がいたからである――!!


 事態を飲み込めない俺がフリーズしている間にも、トマトな狸が瞳を爛爛と輝かせながら俺へと語り掛けてくる。


冷奴(ひややっこ)、ってね!……俺っちはトヌキチ!人間の改造実験で生み出された狸とトマトの融合生物なんだ!!」


 ……狸とトマトを融合させるのは百歩譲ってまだ理解出来るとして、何故言語まで喋れるようになるんだろうか。


 そんな俺の疑問など介することなく、トヌキチは話を続ける。


「せっかく他の狸と違ってトマトの身体を持って生まれてきたってのに、このまま誰かの食卓に美味とリコピンを提供するだけの狸生で終わるのは控えめに言って嫌なんだ!……だから、俺にもフロープっていうデッカイ連中相手の祭りに参加させておくれよ!」


「ギョッ、ギョッ!!」


「首は失ったがせっかく拾った命だ。……俺もアンタも死に損なった者同士、鶏冠(とさか)散らす勢いで派手にこの時代を舞ってやろうじゃねぇか?」


 ……正直言うと、なんで深海魚が平気で陸に上がったり狸や頭部すらない鶏が喋っているのかもわからない。


 だが、俺が今いるここは遥か遠い未来である以上何が起こってもおかしくないし――それ以上に俺は、種族すら違うというのにコイツ等の意思に共感していた。


「――あぁ、それじゃ一緒に行くぞ、お前ら!!」


「~~~ッ!!ヤッタァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」


 俺の返答を受けて、歓喜に沸き立つトヌキチ達。


 そんな動物達に呼応するかのように、三つの人影が俺達の方へと近づいてきた……。


「アンタらは……?」


 俺の前に姿を現したのは、三人の男達だった。


 俺の問いに答えるかのように、男達が順に名乗りを上げる――。





「俺は酒があまりにも好きすぎるあまり、運転してるときについうっかり何人か轢き殺しちまってよ!別にこっちだって悪気があったわけじゃねぇってのに、それ以降フロープの連中に追い回されて迷惑してたから、アンタが奴等をぶっ潰してくれるってんなら喜んで手を貸すぜ!!」



「初めまして!僕は普段から小動物さん達に暴力を振るったり拷問しながらそいつらが苦しんで死んでいくのを眺めるのが楽しみなんだけど、たまには気晴らしも兼ねてそろそろ人間相手にワクワク☆お仕置きタイムを実践してみても良い頃合いだと思うんだ!……僕と一緒にフロープ関係者のガキンチョやジジババを襲撃しようよ!」



「いいね、いいね、よくないね!……そんなオイラは無差別連続殺人犯♡いっぱい殺しまくって、みんなでスッキリ新世界秩序を迎えようぜぃ☆」





「お、おまいら……!!」


 感銘を受けた俺は、即座に刀を抜くと三人を瞬時に惨殺していく――ッ!!


 ――ザシュッ、ザシュッ、ザシュッ。


 斬られた者のうち、生き残った一人が息も絶え絶えに呟く。


「ど、どうして……?」


 そんな問いかけに対して、俺は彼らをまっすぐ見やりながら答える。


「……フロープは人類を統合するほどの強大な組織だ。そんな勢力に歯向かえば俺やお前達だけでなく、無関係なお前達の親族にまで累が及ぶのは避けられないはずだ」


 ゆえに、と俺は続ける。


「――そうさせないためにも、俺がお前達の熱き意思と魂をこの刀に吸わせて戦場に連れていく。……安心してくれ。例え命を失っていようとも、俺達はずっと一緒だ……!!」


「………………」


 そんな俺の熱い想いを感じ取ったのか、最後の一人も納得したように目を見開きながら息絶えていた。


 俺の発言に感じ入るものがあったのか、トヌキチが熱に浮かされたかのようにまくし立ててくる。


「ス、スゲェ……!!人間ってのは、俺達みたいに『生きるために食べる』だけじゃなくて、そういう形で他の奴から想いを継承することが出来るのか~~~ッ!?」


 そんなトヌキチに俺はゆっくりと頷きを返す。


 ――時代や国の垣根を越えて、儀式や神話として形を変えながらも後世に生きる者達に想いを繋げていく確かな力。


 野生の生存本能とは異なる善悪の基準でも否定できない、形のないものすら信じることが出来る人間の”想像力”が持つ強さを、俺達の短くも血の通ったやり取りを通じてトヌキチ達は感じ取ったのかもしれなかった。


 そのように思案していた矢先、ふと違和感を覚えた俺は何の気なしに空を見上げる。


 俺が視線を向けた先、そこにあったのは未来的な建築物とそこから飛び降りたと思われる人影が俺の方に向かって落下してくる姿だった。


 その人物は大声で



「でつね~~~ッ!!」



 とよくわからない叫び声を上げており、こちらが何か反応するよりも先に俺の眼前で盛大に地面へと落下した。


 どうやら、落ちてきた人物は頭髪が薄い50代くらいの男性のようだった。


  ……殺気のようなものを感じなかったあたり敵ではないと思う。


 だが地面にド派手にダイブするまでの間、こちらに笑みを浮かべていたコイツの瞳は確かに俺という存在を認識していた。


 志願してきた三人とも異なる意図が全く分からない人物による突然の奇行。


 流石の俺も困惑しながら、落ちてきた男へとようやく駆け寄る。


「オイ!大丈夫か、アンタ!?」


 先ほどの熱狂もどこへやら呆然として言葉を失くしたトヌキチ達に見守られながら、俺は静かに男の身体を抱き起こす。


 地面に盛大にぶつかった影響か、男の顔面は血まみれで言葉も上手く発することが出来ないほどに歯がズタズタに欠けていた。


 手足もあり得ない方に折れ曲がっているにも関わらずロクに呻き声すら上げられないあたり、男の命の火が今にも消えようとしていることは誰の目から見ても明らかだった。


 それでも、伝えなければならないことがあると言わんばかりに、男は朦朧とした瞳で俺の方を見ながら口を開く。


「……これまでの人生でわたくすは、ネットで見つけたうら若き女子に舌なめずりしながら粘着するくらいしか自分の鬱屈した感情を慰める術を知らない惨めな老人ですた。――そんな現実社会に身の置き場がないまま日々を無為に過ごすわたくすの前に、アナタが現れたのでつ!!」


「セクハラハゲ親父さん……」


 セクハラハゲ親父さんは、目に涙をためながら息も絶え絶えに語り掛けてくる。


「眼下で繰り広げられているアナタのあまりにもまっすぐな生き様を見ている内に、居ても立っても居られなくなったわたくすは、気がつくと勢いよくビルの屋上からアナタの方に向かって飛び降りていますた……」


「……?」


「――正直申し上げると、自分でもなんでこんなことをしてしまったのかはわかりませぬ。ですが、ひょっとするとわたくすは、アナタ達の輪に入りたかっただけなのかもしれません……」


「……仲間に加わるために、俺達がいる方めがけて物理的に飛び込んできた、っていうのか?」


「……フ、フフッ……誰の目から見ても馬鹿げているのでしょうが――人生で何も成し遂げられず、劣等感を抱えた自分が傷つかないようにするためだけに、立場と本音を隠しながら予防線を張り続けるような生き方が染みついてきたわたくすは、人と対等に向き合うことを知らないまま耄碌(もうろく)してしまったに違いないんでつよ……!!」


 セクハラハゲ親父さんの呼吸が荒くなる。


 ……もはや、限界が近いのだろう。


 そう判断した俺は刀とは別に小太刀を取り出すと、即座にセクハラハゲ親父さんの頸動脈を掻っ切る――ッ!!


「~~~~~~~~~ッ!?」


 セクハラハゲ親父さんの首から迸る血飛沫が、祝福のように俺へと降り注ぐ。


 それらを盛大に浴びながら、俺は眼前の彼へと答える。


「――心配するな。アンタの意思も、必ず俺が連れていく……!!」


「………………ッ!!」


 先ほどの男達同様に斬られたことによる影響なのか凄まじい形相で目を見開きながら、セクハラハゲ親父さんの身体から体温とともに命の輝きが失われていく……。


 彼が最期に何を言いたかったのかは永遠に分からなくなってしまった。


 だがそれでも俺は、息を引き取るまでの間にセクハラハゲ親父さんが見せた激しい体の痙攣こそが、俺に対する力強い肯定の頷きを返してくれたように思えてならなかった――。









 トヌキチ達の話によると、人類統合機関:フロープという組織は荒廃した世界を立て直すために、自分達のもとに富と権力と神性を手当たり次第にかき集めているらしい。


 そのためフロープの深層部には、DXプレミアムゴールデン・コイドスと呼ばれる凄そうな鯉や告白すると願いが叶う木、レインボー・クレーマー・フェニックスといった神話級の生物達が最終兵器と言わんばかりに待ち構えているというのだ。


 その情報をもとにさっそくスロープの拠点へと乗り込んだ俺達だったが、日本刀に取り込んだ亡き同士達の怨念による力と不意打ちの相乗効果で入り口の警備員は倒せたものの、建物に入ってすぐに武装した一般兵による銃撃で早くも追い詰められる形となっていた。


 銃弾を受けて日本刀はへし折れてしまったが、今はまだ物陰に隠れているため全員無事で済んでいる。


 だがそれも時間の問題であり、このままいけば敵の集中砲火を浴びて全滅するのは火を見るより明らかであった。


「……なんかゴメン。俺ら思ったよりも活躍出来なくて……」


「ギョギョ……」


「威勢が良い事を言ったわりに、我ながら不甲斐ないぜ……首を失ったところで、俺はしょせん臆病者(チキン)に過ぎなかった……って事か」


 目に見えて消沈するトヌキチ達だったが、対する俺はどこまでも晴れやかな気分だった。


「いや、お前達はこの時代で目覚めたばかりで不安だった俺を支えてくれたうえに、命の危機があるこんな戦場にまでついてきてくれたんだ。感謝してもしきれねぇよ」


 うつむきながら俺の話を黙って聞いているトヌキチ達。


 そんな種族を越えた仲間達を見やりながら――俺は「だから」と告げる。


「――もうここまでで充分だ。お前達はここから今すぐ逃げろ」


「そんな……な、何らしくもない事言ってんだよ!!」


「ギョギョ!」


「……いくら俺がチキンでも、流石に死地へと向かう友を見捨てるほど腑抜けになった覚えはないんだがな?」


 途端にそれまでとは打って変わって激昂するトヌキチ達。


 そんな仲間達を見つめながら、俺はなおも静かに語りかける。


「……俺はこの世界でもっとも完全な調和に満ちた存在は、ブランデー、スイートベルモット、ベネディクティンの三種が織り成す奇跡のカクテル:フロープしかないと思っていた。――だが、トヌキチ、オオカミウオ、首なし鶏のお前達三名と出会えたことで、大自然の中にもフロープ以外の調和が存在することを理解出来たんだ……!!」


「「「………………」」」


「――だから、往け。俺がこの時代で覚醒(めざ)めたのは、お前達のような存在を守護(まも)るため、絶対的な支配者であるフロープと戦って自由を勝ち取るために違いないんだ。……お前達の役割はこんな場所で死ぬ事なんかじゃねぇ。何をしてでもここから生きて逃げ延び、俺という馬鹿な奴のありったけの生き様を、陸、海、空に生きるすべての者へと語り継いでくれ……ッ!!」



――『完璧・永遠であることは美徳であり、彼女達は幾度も到達の機会を与えられる.』



 あまりにも有名なシャニマスの一節だが、俺にはこの一度しかない。


 そんな俺の意思を汲み取ったのか気圧されていたような表情から一転、仲間達が真剣な面持ちで頷く。


「――わかったぜ!改造生物として生み出された悲哀を滲ませながら、アンタという人間の生き様を語り継いでみせるぜ!!」


「――ギョギョ~ッ!」


「――俺は空を飛べないんだが……仕方ない、せっかく拾った命だ。今度こそチキンではない本物の不死鳥として、この世界で羽ばたくとするか……!!」


 各々の決意を述べてから、俺に別れを告げて去っていく仲間達。


 三名がこの場から逃げ切るのを見届けた俺は隠れるのを辞め、ゆっくりと物陰から姿を現す。


「――ッ!?動くな、両手を挙げて止まれ!!」


「……武器を捨てろ。大人しく投降するなら、身の安全は保証する」


 銃を構えた一般兵達の発言を受けて俺は、ノロノロと両腕を掲げて奴らの方へ向く。


 視線の先にいたのは、十人ほどの一般装備兵達だった。


 その中の一人が俺へと詰問する。


「貴様、何故このような凶行に及んだ!?目的を言え!」


「……凶行、だぁ?そんなの決まってんだろ。――俺は人々を支配しているこの"フロープ"って組織をブッ潰して、世界を平和に導いてやるんだよッ!!」


「な、なに~~~ッ!!"フロープ"をブッ潰すだと!?」


 俺の返答を聞いた兵士達から、どよめきが起き始めたかと思うと、それらはすぐに罵声へと変化していく――!!


「単純な善悪二元論に走った狂人め!荒廃したこの世界を建て直して生き残った人類が安寧を手にするために、"フロープ"がどれだけ尽力してきたと思ってるんだ!!」


「……貴様の罪は然るべき裁判を受けさせてから、必ず法のもとで償わせてやる……!!」


 兵士達に罵られながらも、俺は冷徹に思考する。



 ――人数も所持している武器もすべて向こうの方が上で、こちらは日本刀を失い不意打ちも出来ない状況である。



 有り体に言ってしまえば、完全に万事休すといった有り様であった。


 それでも最後くらいは派手に一華咲かせたいと思った俺は、対峙する兵士の中で最も若く場馴れしてなさそうな新兵らしい青年へと狙いを定める――!!



「うるせぇッ!――俺は、世界を平和にし尽くすんだァァァァァァァァァァァァァァァァァッッ!!!!」



 ――噴き出す血潮とともに、セクハラハゲ親父さんの意志を受け継いだ秘蔵の小太刀。


 隠し持っていたそれを素早く取り出した俺は、渾身の雄叫びを上げながら若い兵士へと斬りかかる――!!


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?コワいよ、ママー!!」


 俺の気迫に圧されたのか若い兵士がみっともなく泣きじゃくりながら尻餅をついたが、無我夢中で奴が放った一発の銃弾によって、小太刀を掴んでいた俺の拳ごと消し飛んだ。


 咄嗟のことでまったく反応出来なかったが、そんな事などお構い無しに奴の銃口は俺の方へと向いていた。


「ママー!コワイよー!!」


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!」


 ――激しい乱射の雨に撃たれながら、俺の全身が銃弾に貫かれていく。


 銃声が鳴りやむのと同時に、激しく損壊しつつもようやく解放された俺の肉体がドゥ……ッ!と地面に倒れ込む。





 ――こうして俺は、どこへも到達出来ず何も成せぬまま、あっけなく生涯の幕を閉じた……。










「……諸君も知っての通り、ちょうど一年前にこの人類統合機関:”フロープ"の基地において痛ましい事件が発生してしまったのは記憶に新しいと思う」


 人類統合機関:"フロープ"の基地内。


 その内部にある広大な会場にて、フロープの長官による演説が行われていた。


 フロープに関わる職員や兵士達が沈痛な面持ちで、長官の話を傾聴する。


「……一人の身元不明の狂人によって、入り口の警備を担当していた2名の警備員の命が喪われる形となってしまった……」


 当時の記憶を思い出したのか、あるいは被害者と親しかった者によるものか――。


 会場内に集った聴衆の中から、啜り泣く声が聞こえ始める。


 そんな彼らに視線を向けながら、長官が話を続ける。


「だが、そのような卑劣な蛮行に対しても果敢に立ち向かった勇気ある者によって、さらなる悲劇の連鎖を食い止めることに成功した!我々はこの揺るぎない事実を決して忘れることなく、より強固に一致団結し世界の秩序と安寧の貢献するため、邁進し続けていく責務があるッ!!」


 長官の発言を受けて、皆が気づいたようにハッとした表情を浮かべる。


 そんな彼らに強く頷きながら、長官が高らかに告げる。


「フロープの名のもとに、世界の平和とさらなる発展のために――アルテマの導き!!」


『――アルテマの導き!!』


 長官の号令に合わせて、この会場に集ったすべての者達が敬礼を行う。


 ――その中には、この一年で見違えるほど凛々しく成長したあの若き兵士の姿もあった。









 こうして、フロープを中心とした人類はあの襲撃を機にさらなる安寧と繁栄のために、より強固に結束を強める形となった。


 対する自然界では、無事に逃げ延びたトヌキチ、オオカミウオ、首なし鶏の三名が約束通り男の生き様を物語として伝えたことにより、野を駆ける獣、海を泳ぐ魚、空を飛ぶ鳥といった野生の動物達の間にも"世界平和"の意志が受け継がれ、彼らはフロープの絶対的な秩序統制とは異なる形で新たな自由の時代を謳歌していくこととなる――。









 ……望まずしてこの時代に目覚めたものの、志半ばで倒れたあの男が歴史に名を残すことは、万が一にもないだろう。


 ――だが、それでも。


 彼が最後まで求めた"世界平和"への意思は形を変えながら、種族や時代すら超えてこれからもきっとこの地上に生きるすべての者達へと受け継がれていくに違いない。









『近年稀に見る世界平和の意思に満ちた物語』 ~~完~~

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― 新着の感想 ―
主人公がすぐ人を叩き斬るのは、悪即斬みたいな思想かと思いきや、 >安心してくれ。例え命を失っていようとも、俺達はずっと一緒だ……!! と、熱く想いを受け継ぐみたいな展開になっていて、上手く言語化できな…
令和のドグラ・マグラ( ˘ω˘ )
すごい爆発力! さすがアカテンさん!
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