偽りの立方体Sheet7:エピローグ
スナック『エンター』開店の少し前。
準備が早めに終わり、ほんのひと時まったりとした時間が訪れた。
「ん、エルどしたん?」
アキラは卓上カレンダーをじっと見つめたままのエルに話しかけた。
「もうすぐ一年だなぁと思って」
エルがボソッとつぶやく。
「3月23日か」
「え、アキラ…覚えててくれてたの?」
意外そうなエルにアキラは言う。
「俺とエルが初めて出会った日だろ。この世界でのエルの"誕生日"だもんな」
アキラもカレンダーを覗き込みながら、エルの隣で顔を寄せる。
「来月か。ホント、一年あっという間だな」
「今日まで一緒に居てくれてありがとう」
エルが耳元で囁く。
「おいおいフラグみたいな事言うなよ。また不安になるじゃねぇか」
アキラが慌てる。
「フラグ?不安?」
「あぁ、正直言うと時々不安に駆られる。エルが突然俺の前に現れた様に、また突然姿を消すんじゃねぇかって。こんな事それこそフラグみたいで言いたくなかったんだけど…」
「…」
「こっちへ転移した理由は分かんねぇんだろ?」
「…」
「なぁ、エル、俺は…」
「私だって分かんないよ!突然向こうへ戻されるかもって、いつだって不安だよ!朝起きて隣にアキラが居なかったら、元の世界に戻ってたら、私、私は!」
エルは目に涙を溜めていた。
アキラがエルの涙を見たのは初めてだった。
反射的にアキラはエルを抱きしめた。
「悪かったエル。もう言わない、忘れてくれ」
エルもアキラに腕を回す。
互いの胸の内に潜む不安、その不安が破裂しないよう両腕で抱え込んで抱擁は続いた。
開店を告げるアラームが鳴る。
「ったく、ムードもへったくれもねぇな!」
アキラがわざとおどけて言った。
「二人で一生懸命働けば、そっちの女神様だって一緒にいさせてくれるだろうさ」
「サイコロで決めてなきゃイイけど」
「神はサイコロを振らないさ。俺もアインシュタインのおっちゃんと同意見だ。もしそっちの女神様がサイコロで決めてるなら、イカサマしてでも止めてやる」
「うん、そうだね。一生一緒に働こう!」
先の事は分からない。ただ今のエルはこっちに、俺の所に居たいと思ってくれている。
アキラにはそれが何より嬉しかった。
〈完〉