「ざまぁ」された王子に仕えるので、自給自足に励みます 下
趣味は創作小説投稿、さんっちです。ジャンルには広く浅く触れることが多いです。
ざまぁされても、嫌なことがあっても、生きてれば良いことあるんです。誰にでも!!
彼の部屋は、最低限のモノしかない。それでもしっかり整理されており、落ち着いた部屋だと思えた。窓の外を眺めていたジータは「リブラ、どうした?」と、沈んだ表情で入ってきた彼を心配する。追い返す様子がないので、ホッとした。
「ジータ様、その・・・日中は曖昧な態度をしてしまい、申し訳ありません」
「あぁ、いや・・・そこまで気にしてないって。リブラが苦しいのなら、無理に話さなくて良いよ」
「・・・あの後、どうしても抱えられなくなりまして。やはり、お話しておいた方が良いと思ったんです」
それからリブラはゆっくり、自分のことを話していく。
彼の母は、祖父の借金代わりにスヴェン子爵家に妾として嫁いだ。しかし体がそこまで強くなく、リブラを産んで力尽きてしまう。そうして産まれた自分は、ずっと子爵家で使用人のように扱われた。既に借金は返済したものの、ずっと“スヴェン子爵家のために生きろ”と教えられてきた。
ずっと言いつけは守ってきたリブラだが、「どこかに婿入りしろ」という命令だけは応えられなかった。何度か見合い話は持ち込まれていたが・・・相手と会うごとに気分が悪くなり、双方やっていけないと感じ、何度も破談となっていた。そうして嫌気が差した子爵家は、彼をこの片田舎へと追いやったのだ。
自分の隣に女性がいることに、強い拒絶を覚える。同時に、自分は格好いい男性に憧れる。
そして1つの結論が出た。リブラ・スヴェンは、男性が恋愛対象なのだと。現に最初にジータ・ライトと相対した際、一目惚れしているのだから。
その気持ちを、誰にも明かせなかった。庶子という立場が、理解されないという恐怖が、彼の口を閉ざしていたのだ。でも、ここに来て解放された。子爵家から、婿入りから、何もかも。そんな自由で幸せな環境で、ジータと関わる内に・・・自分の思いを抑えきれなくなったのだ。
「ごめんなさい、ごめんなさい・・・。こんな僕じゃ、下働きとして失格ですよね」
追い出される覚悟で話した、拒絶される覚悟で明かした。いつの間にかリブラはボロボロと涙を、そして汚い嗚咽もこぼしていく。ジータは何も言わなかった、拒絶する態度もしなかった。そっと抱き寄せたと思えば、リブラが落ち着くのを静かに待つだけ。
(あぁ、その態度・・・ズルいなぁ。もしかしたら、なんて、淡い期待すら寄せちゃうんだから・・・)
先程より涙や嗚咽が落ち着いた頃・・・ジータは初めて、口を開く。
「リブラ、お前は凄いな。隠し事だって自分で受け入れて、それでも勇気を出して、俺に話してくれるなんて。
・・・だったら、俺も明かそう。お前への・・・いや、全てへの隠し事を。
俺は・・・・・・最初、1人で死ぬつもりだった」
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ーーー貴方は未来の国王なのです。あるまじきお姿でなくてはいけません。
官僚や宰相から、様々な教育を日々受けていた。ずっと期待されていたのは分かっていたから、応えられるよう責務として取り組んでいた。寝る時間も惜しんで、ずっと取り組み続けた。
ーーーサジタリアス様、よろしくお願い申し上げます。
あの日、将来の王妃として婚約した令嬢。貴族としての誇りを胸に、共に歩んでいけると思えた。疲れなど一切見せず、上手くやろうと心がけた。
ーーーサジタリアス様、私の話も聞いて下さるんですね!
地位のない平民の少女だが、しっかり学んでいた故に、彼女の話は有益だった。こうした者の話もしっかり聞いて、民意を取り入れたかった。
上手く距離は取っていたつもりだったが、令嬢は少女を傷つけた。「自分の方がサジタリアスを思っている」などの言葉を投げかけられたというが・・・それでも、手を出したことには変わらない。
令嬢との婚約を破棄したのは、どんな理由でも人を傷つける者を、頂点に立たせたくなかったから。
少女を婚約者にしたのは、心優しく良識ある彼女なら、国のことを共に考えてくれそうだったから。
全ては、国王になる未来のため。
全ては・・・・・・。
ーーー貴様の婚約者が暗殺未遂を犯し、処罰されたそうだ。
ーーー我が国の信用が著しく低下した。貴様にも責任を取ってもらおう。
ーーーサジタリアス・ブライティア、貴様を王族から廃嫡とする!
あの国王の命により、全てが変わった。
勿論、少女の本性や悪事を見逃して、国の信用を失ったのは自分の非だ。それでも頭が真っ白になった。今までの自分は何だったんだ、これからどうやって生きていけば良いんだ。
その不安を、誰も救ってくれなかった。お前は罪人だと、当然の報いだと、全員が敵になったようで。
その瞬間、全てが壊れた。今までの努力も、我慢も、築いてきたモノも。これから生きる意味も、何もかも。
だったらもう良い、誰もいらない。ずっと1人でいたい。誰にも気付かれず、ひっそり朽ち果てよう。
追放でも何でも良いから、ここから出て行かせて欲しい。そしてひっそり死なせて欲しい、野垂れ死にでも構わないから。
しかし死なれては困る王族は、住む場所も金銭も与えた。そして、共に暮らす者までも。
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「冷たくあしらえば、向こうから出ていくかなと思ってた。会話もせず、対面もせず、拒絶しているように振る舞っていた。あの頃の俺はただただ籠もって、全てが終わるのを待っていたんだ。
けど・・・お前は、俺のことを見捨てなかった。ここで必死に生きようと、1人でも行動してたし。扉や窓越しで見たお前は、俺が欲しかったモノを全部してたように見えたよ。どんな状況でも、決して諦めない姿。正直、憧れた」
「そ、そんな。僕は子爵家に戻りたくない・・・というか、戻れない状態でした。そもそも僕は最初、貴方の見た目に惚れましたし」
涙目でクスクスと笑うリブラ。その顔に微笑みつつ、彼の涙を拭いジータはまだ話す。
「・・・俺も、お前と同じだった。周囲に理解されず、1人で追い詰められていた。最初はもう、生きる気も無かったんだ。もう誰も助けてくれないと、決めつけていた。1人でいるしかないと、思い込んでいた。
でもお前と出会って、前向きに生きるお前を見ていて・・・本当はこういう風に接してくれる奴が欲しかっただけだって、気付いたんだ。傷付きの権力者だと距離をとらず、過去を見てばかりでもなく、これからどうするか一緒に考えてくれる。そんな奴をずっと求めていたんだ。
お前の話を聞いていれば、差し伸べてくれていた手を、俺はずっと拒絶していたんだな・・・」
今度はジータが自己嫌悪に陥っているようだ。慌ててリブラが擁護しようと、がしっと彼の両手を握る。
「ひ、人のことは全部は分かりませんし!そそ、それに、人から与えられる物を受け取るには、まず自分がしっかりしてなくちゃ大変ですし!
だから、これからは・・・自分のために、生きてみませんか?」
「・・・・・・自分の、ため」
「ずっと自分を押し殺して、苦しい思いをしてきたのなら。もう少しだけ、自分に素直になっても良いんじゃないでしょうか。やりたいことをやったり、嫌なことから少し距離を置いたり・・・。自分を削ってまで求められることは、この先そんなに無いでしょうし・・・って、僕なんかが言えることじゃないですが。エヘヘ」
泣きじゃくって真っ赤になった瞳をこすりつつ、リブラは泣き笑いで彼に話していた。
「す、すみません・・・たかが使用人が、主人に偉そうに・・・」
慌てて手を離そうとした矢先、今度はジータが彼の体を胸に抱き寄せた。
「・・・・・・リブラ。俺はようやく、自分の思いに気付くことが出来た。俺はお前と出会って、沢山の新しい幸せに気付いたんだ。過去は完全に消えなくても、やり直すことは出来る。これからの幸せは、いくらでも作ることが出来るって。
だから、これからはお前と共に生きていきたい。お前が与えてくれた幸せを、俺もちゃんと返したいから」
その言葉は、今までかけられていたどんなモノより温かくて、心地良くて。ずっと求めていたモノが報われた気持ちに、思わずまた泣いてしまったリブラ。同じように涙を流しつつ、ただただ背中を優しく撫でるジータ。
主人と使用人が結ばれ、温もりを求めて身を寄せ合う。そんな片田舎の静かな夜が、更けていった。
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片田舎には似合わない異国の馬車が、でこぼこ道を走る。異国の王妃と王・・・「ざまぁ」の話に出てくる、結ばれた令嬢と男性だ。
「元婚約者に会いに行くため、わざわざここまで来るとは。相変わらず面白いな、アリエス」
「えぇ・・・王族から廃嫡された後、全く人前に出ておらず、果てには野垂れ死んだという不安な噂を聞いたモノでして。私の行為でも、殿下には辛い目に遭わせてしまったのですから。数年経って騒動も下火になりましたし、様子を見に行くこと自体は良いかと」
そんなこと言っている内に、目的地に着いたようだ。辿り着いた屋敷は・・・古いは古いが、補修された後がちらほら見られる、それなりに大きな屋敷。庭も手入れされ、所々に綺麗な花も植えられていた。その時、奥からきゃあきゃあと子供たちが近付いてきた。
「わぁ、綺麗なお姫様だ!」
「元気の良い子供だな。お姫様じゃなくて、お妃様だけど」
「相変わらず細かいですね」とアリエスが笑うと、「走ったら危ないよ!」と、子供たちを追って茶髪の男性が現れた。片田舎には似合わない高貴なアリエス達を見て、彼は目を見開く。
「・・・突然の来訪、失礼します。私はアリエス・シェラタン、ゾディア王国より参りました。是非とも、サジタリアス・ブライティア様にご挨拶をと」
「・・・アリエス様ですね、ようこそおいでくださいました。僕はリブラ・ライトと申します。すみません、丁度近所の子供たちと共に、畑作業をしているところでして・・・このような格好をお許しください」
帽子をかぶりタオルを巻き、土だらけの長袖を纏いながら、リブラは軽く会釈をする。
「お兄ちゃん、王様とお妃様だよ!とっても綺麗だよ!!」
子供の声に「どうした?」と、明るい男性の声が返ってくる。歩いてやって来たのは、リブラと同じく帽子とタオル万全である、金髪と蒼い瞳の男性。
「・・・久しいですね、サジタリアス様。お元気そうで、良かったです」
ただただ会えたことを喜び、カーテシをするアリエス。久しぶりの元婚約者との再会に、一瞬驚きの表情を浮かべる。だがサジタリアス・・・いや、ジータは微笑んだと思えば、すぐさま頭を下げた。
「俺はジータ・ライトです。ここで広大な農地を開放し、住民達の農業や交流の場を営む、ただの平民ですよ。そんなに畏まらないでください」
「・・・そうですか、噂は虚偽のようでしたね。お元気そうで安心しました」
過去のすれ違いにより、2人にはすっかり溝があると思っていたが。お互い冷静かつ、1つの思い出として落ち着かせているようだ。重すぎる空気もなく、リブラはホッと胸をなで下ろす。
「ん、さっきのお前もライト姓名乗ってたな。弟か?」
その空気を少し壊すように、純粋に疑問に思った男が、リブラをチラッと見た。どう答えようか一瞬迷っていると、ジータがグイッと彼の肩を引き寄せた。アリエスはなんとなく察してウフフと微笑むが、鈍感なのか男は頭に「?」を浮かべたような顔をするばかり。空気を読めない男に対し、アリエスはそのヒールで軽く彼の足を踏みつける。「いでっ!」と間抜けな声が出た。
「私の夫が失敬しました、そろそろ失礼させていただきます。今度伺うときは、我が国の農作物も持ってきますね」
「それは感謝します、アリエス様。御国のこれからの発展と平穏をお祈りします」
ジータとリブラは大きく頭を下げ、2人が見えなくなるのを見送った。令嬢もちゃんと、自らの幸せを掴めているようだ。今後も彼女なりに努力して、国を繁栄させていくことを願おう。
「・・・・・・もっと見せつけてやるなら、口付けするのもありだけどな」
そんなジータの小さな呟きに、顔を真っ赤にしたリブラが、ペチペチと頭を叩く。周囲の子供たちがアハハと笑いつつ、「再開しようよ!」と畑へと戻っていく。
王都から遠く離れた片田舎。何も無かった寂れた土地はいつしか、人々が集まる静かで安らかな地となっていた。そこには、もう少しだけ生きることを選んだ、幸せな王子様がいたそうだ。
fin.
読んでいただきありがとうございます!
楽しんでいただければ幸いです。
次回は訳あり・・・というか、変わり者の令嬢が出てくる話の予定です。




