第8話 幸せの青い鳥
幸せに青い鳥はここにいたんだ。
人間なんて所詮相対的にしかものを評価できない。
ついこの間まで女に全くもてないことに悩み不幸だと思っていた俺だったが、あれから茜さんがぱったりと来なくなったことで幸せを感じていた。
モテないことが0だとしたらマイナスの世界があったことに気付いた。
考えてみれば、アッシーメッシーに始まり美人局デート商法結婚詐欺、結婚できても托卵ATMと女に関わり不幸に落ちていく男のなんと多いこと。
それらは中途半端に女性にもてることから希望を持ってしまうことから起こる不幸。俺のように女性に全くモテなければ、希望を持つこと無くそういった落とし穴に落ちることは無い。
今まで実感できなかっただけで、何て幸せなことか。
これからは心を入れ替えて、このモテない人生を謳歌しよう。
そう決意して足取り軽くアパートの階段を上がっていくと、ドアの前に茜さんがいるのであった。
短い春だった。
いやでも諦めるのはまだ早い。お別れを言いに来たのかも知れない。
俺は心に希望の灯火を持って茜さんに近付いていく。
「やあこんばんわ。久しぶりだね」
「死んだぞ」
「へっ!?」
茜さんのぼそりとした呟きに俺はキョトンとしてしまった。
「あの人死んじゃったぞ。あんなに元気に笑っていたのに、あっさりと車に轢かれた」
「はい?」
死んだ。この間見た女性のこと?
「何呆けてんだ、てめえ。人が死んだんだぞ」
俺の態度が気に入らなかった茜さんが叫ぶと顔面が真っ赤に熱くなった。
茜さんのストレートが俺の顔面を打ち抜いたのだ。
「なんでなんで」
堰を切ったように茜さんの暴力が吹き荒れる。
「なんでお前何だよっ。お前がお前が勇気さえあればお姉ちゃんは助かったんだろ」
「ゴホッ」
「この、この、なんでこんな奴に」
床に倒れた俺の体を容赦なく蹴りが襲い掛かってくる。
「ぐはっ」
内臓にいいのが入って呼吸すら苦しい。
「殺してやる、殺してやる。私からお姉ちゃんを奪ったお前を許さない」
蹴り転がされていきあと一歩で俺は階段から突き落とされるだろう。
下手をすれば死。
上手くいっても重症。
本当に俺の人生女生徒関わると碌な事が無いな。
俺が人生を手放しかけたとき、茜さんは相撲取りの四股のように足を大きく振り上げ。
バンッと踏み込まれた、俺の顔の直ぐ横に。
「うっうっ、分かってんだよ。これは八つ当たりだ。お前が悪いわけじゃ無い。お前が勇気出したって通報されるだけだって分かってる。分かってるけどよ」
茜さんは本当にお姉さんが好きだったんだな。その辛そうな顔に暴力を振るわれた恨みなんて消えてしまった。
「気は少しは晴れました?」
掠れた声をそれだけ言うと俺の意識は消えるのであった。