変わる日常
◇正門前
■蒼井 智哉
am8:20
「それじゃ、智お兄ちゃん、祐お兄ちゃん、入学式と始業式が終わったら正門前集合ね!家族で記念写真撮るってお母さん達と約束してるから!絶対来てね!勝手に帰っちゃダメだからねー!」
「うん、了解」
『あいよー』
入学式の開始は9時、始業式は10時から。
入学式が終わった新入生は自分の教室へ行き、学校の方針なり今後の魔法授業の内容なりを聞くことになっている。互いに終わるのは11時の予定だ。
それにしても朝っぱらだと言うのにほんと元気な妹だ。
元気がないよりはマシだけど。
あの様子だとすぐに友達つくっちゃうんだろうなぁ。
「さぁ兄さん。僕達も行こうか」
『だな』
俺たち兄弟は、新しい教室へと向かう。ちなみに恵はもうそろそろ入学式が始まる為、直接講堂へと向かっている。講堂前の電光掲示板にクラス分け表が貼られており、そこで自分のクラスを確認してから、それに対応した列に整列する仕組みとなっている。なんともややこしい←
「教室の階って変わるんだよね確か」
『あぁ、一年が三階、二年が二階、んでもって俺たち三年が一階になる』
普通なら学年の数字に基づいて階が決まると思うけど、うちの所は逆になっているのがちょっとした特徴だ。
「それじゃあ僕は2階だね」
『そうだな。でもまずは、これを確認しないとなぁ……』
そう言って俺は大勢の生徒が詰め寄せている大きな電光掲示板を指さす。
説明しよう。あれこそが、我が学園の一名物。〝始業式のクラス分け発表〟である。
二年~三年までの全クラスがあの掲示板に表示されているのだ。
一学年4クラスの計8クラス全てが載っている。
1クラスに最低でも35人、最大で40人在籍する決まりになっている。二学年を同時に表示している為、自分は何組になったのかを確認する生徒達でごった返すのだ。
もう登校時間ギリギリなのになんで治まってる気配が無いんだよ……てか、毎度毎度思うけど、要領悪過ぎでしょほんとうちの学園さ……
トイレを改良するくらいならまずここを改良しなさいよ。
そして、隣で小刻みに震えている我が弟が口を開く。
「……兄さん、何あれ」
冷や汗をかいている祐樹が俺の方を見ながらあの大群に指を指す。そりゃそうだよな、これを知るのは二年生からだもんな。
一年生は今回みたいに入学式がある為、別の場所でクラス分けの発表が行われる。そのせいで一年生はこの状況を知る由がないのだ。祐樹の反応もごもっともだった。
『そうだよなぁ……恐ろしいよなぁ……マジで近寄りたくねぇ…』
「クラス分けになると毎回こうなの?」
『あぁ、毎回こうらしい。早めに来ないとこうなることすっかり抜けてたわ……あー、クラス確認どうしよう…』
「くそっ、いつも通り8時に家を出れば間に合うと思っていたから……不覚だ」
『いやいや、お前のせいじゃないから』
二人して途方に暮れている時に、目の前に見知った人物が姿を現した。
「あ、おはよう智くん」
『おぉ、亜希か。おう、おはよう』
この少女の名前は〝白瀬 亜希〟俺と同じく、今学期から三年生になる同級生で幼馴染みだ。家は真隣。
小さい頃から家族ぐるみでの交流もあったりする。
見た目は、腰まで伸びる長い黒髪に、女子高生にしては少し主張する胸部装甲の持ち主。分かりやすく言うとデカい。うん、デカい。
それでいてクビレがはっきりしている凄い子。
周りの子よりも、丈を少し長めに調整してあるスカートから伸びる長い脚に、太もも辺りまである長めの黒色のソックスを履いている。
身長164cm。体重はナイショとの事。
しかも中々にモテているらしい。
落ち着いていておおらかな性格から「癒される」と、一部から人気を博しているのだそうだ。
「亜希姉、おはよう」
「うん、祐樹もおはよう」
弟の祐樹も亜希と挨拶を交わす。
さて、話を戻そう。クラス確認はどうしよう……まだ治まる気配ないんですけど。
『はぁ…クラス確認しなきゃ……』
「それなら私、さっき念の為に二人のクラス確認しておいたよ?」
『「マジで!!!?」』
さすが兄弟。見事にハモった。
なんと、亜希は俺たちのクラスを確認したと言ったのだ。性格良くて気が利くお隣さんとか強すぎませんか。幼馴染み最高。
「うん、ちょっと来るのが遅いなぁと思ってたからついでに…と思って。だから、智くんが来るまでここで待ってたの」
『……目の前に神様がいらっしゃる』
「智くんったら大袈裟だなぁー」
『んじゃ女神様だな』
「そこまで変わってないじゃん。ふふ」
「でも、本当にありがとう亜希姉」
「うん、どういたしまして」
本当にありがたい。さすがにあの大群の中に特攻する勇気はない。死にたくないもん。
『それで、俺たちは何組だったんだ?』
「えっとね、智くんが一組。私と一緒だよ。それで、祐樹が三組」
『よし、了解。助かった』
「うん、どういたしまして。そうだ智くん。駅前に新しく喫茶店が出来たみたいでね、そこのパンケーキが凄く美味しいらしいんだ〜」
『…………奢らせてください』
「はい、よく出来ました。ふふ」
前言撤回。やっぱこいつ怖い。悪魔だ。サラッと奢ってね宣言された。しかも上目遣いで。上目遣いで。
………卑怯だ!!
「確認も終えたし、僕は自分のクラスに向かうよ」
『………あぁ、また後でな』
「……?あ、そうだ、勝手に帰ったらダメだからね?じゃないと恵に怒られるよ」
『分かってる。後でちゃんと合流する』
「うん、了解。じゃあね」
俺と祐樹は手を振り合い別れた。
次に会うのは正門前だな。
「じゃあ、私たちも行こっか」
『おう』
俺達は祐樹とは逆方向に歩いていく。
三年生のクラスは一階にあるため、階段を使用する必要が無いからだ。
そして、教室へと向かう最中に、さっきの祐樹との会話が聞こえていたのか、亜希が尋ねてきた。
「ねぇ智くん、恵ちゃんに怒られるってどういう事なの?」
『入学式と始業式が終わった後に、恵の入学祝いで正門前で家族写真を撮る予定なんだよ』
「あー、そういうことか」
『うん。そうだ、亜希も一緒に撮ってくれよ』
せっかくだからと思い誘ってみる。
「え、家族写真なのに私なんかが一緒に写っていいの?」
『当たり前じゃん。というか、その方が恵も喜ぶと思うし』
「そっか、そっかそっか……なら、お言葉に甘えて…」
少し顔を赤らめながら誘いに応じてくれた。
まぁ、家が真隣だし。家族みたいなもんだからな。
と、そんな話をしている間に教室に到着する。
am8:30
俺達が在籍する一組は計38人のクラスだった。
中へ入ると、黒板に一枚の紙が貼られてあった。
机と教卓が書かれてあり、その机一つ一つに1~38までの番号と、各生徒の名前が書かれてあった。
それが自分の出席番号となるようだ。
『あー、また1番じゃん…』
「ふふ、だって智くん、蒼井(あおい)だもんね。そりゃあ1番になっちゃうよ」
『面白くねぇ…』
「まぁまぁまぁ」
亜希が軽く慰めてくれる。優しい。
そういう亜希の方は15番となった。
席の並びはこう。
俺□亜□□
□□□□□
□□□□□
□□□□□
□□□□□
□□□□□
□□□□□
□□□ の計38席。
俺の席は言わずもがな最前列の1番左端。亜希の席は俺の2つ右の席となった。知り合いが近くの席でなんとなく安心する。ササッと貼り紙に目を通して席に座る。
チラッと右横に目をやると、亜希がこちらに胸の前辺りの高さで軽く手を振っているのが見えた。
少し照れながら俺も手を振り返してみる。結構恥ずかしいな……
そうしている間に担任の先生が教室に入ってくる。
「はーい、皆さんおはようございます。私が1組の担任となった相楽 茜です。よろしくお願いします。では、早速ですがホームルームを始めますね」
担任の普通の挨拶と共にホームルームが始まる。
俺は特に興味が無いと言うように机に肘をつき、そして頬杖をついた。
その目線は担任のいる教卓ではなく、左横の窓に向かう。
──何かを訴えるように、蒼く澄渡るあの大空へと。
でも俺は、この先に起こる出来事を知る由もない。
ずっと待ち焦がれていた、日常が大きく変わる出来事と出会うことに──。
to be continued