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プロローグ

 センは全力で走った。文字通り目の色を変えて。彼の両目は赤色に光っている。


 「はあっ…はあっ…」

 

 呼吸は自然と荒くなる。心拍数は大きく跳ね上がり、首筋から眼球にかけてチカチカと痛む。

 立ち止まると、足はかたかたと震える。

 なんでこんなことに! 


 この島を覆う森には空中から火が放たれた。

 雲一つない夜空には機巧(からくり)が空気の音を重く震わせて飛んでいる。その機巧(からくり)は空中から赤色の色石を雨のようにばらまいている。地面に色石が落ちると、そこから火が熱風とともに膨れるように広がった。


 荒れ狂う業火の中、昨日までなら川のせせらぎや木漏れ日に包まれながら思わずレナとうたた寝をしてしまうような穏やかだった森を、裸足のまま、体中に火傷をして、全身に張り付く痛みを感じながら、センは肩で荒く呼吸をしていた。


「…っ!」


 遠くで低くて重い爆発音が轟く。火の海は森を飲み込み、センがいるところまで迫っていた。


 センは再び走り始めた。


 なんとしても逃げ切らなければならない

 なんとしても生き残らなければならない


 母は身を挺して僕を逃した。島のおじさん達は人間どもと戦っている。姉さんは逃げるために先に海に向かった。僕は逃げて、逃げて、逃げて…


 なんて無力なんだ


 僕はなんて無力なんだ。みんな戦ってるのに、僕は逃げることしかできないなんて。


 地面に涙が落ちた。でも乾いた土の上ですぐに見えなくなった。

 ほほが熱い。周りから木が焼け落ちる音がする。

 センやレナの身長をナイフで刻んで記録していた木が見える。焼けた枝が落ちてきて赤く揺らめく炎にさえぎられてすぐに見えなくなった。

 センは再び走り出した。

 この丘を越えれば、海に出る。レナが先に逃げる準備をしているはずだ。


 「あっ…」


 海には三隻の人間の船が止まっていた。その近くには小さなボート…


 (姉さんのボート…!あいつらぁ!)


 センの目は赤色から藍色に変わる。あの船を爆破させようとした。


 センは全力疾走で島の端から端まで走ったが、そんな疲労なんて消え失せた。彼は怒りで心を塗りつぶす。


 船を破壊しようとした時、ストンっとセンの背後から音がした。センの首筋に手刀がおちる。ぐらりとセンの視界が回転する。

 

 センは意識を失った。




 波の音…大きく揺れる地面…


「げほっ…げほっ」


 意識を戻して、センは大きく咳き込んだ。とても埃っぽい臭いがする。目を開けても光がないのか暗いままだ…

 立ち上がろうとして地面に手をつこうとして、自分の手が縛られていることにセンは気づいた。


 (くそっ、解けねえ)


 感触から金属の手錠などではなく、縄で縛られているようだ。それならと、縄を燃やそうとして…


 「ぅおぇ…」


 頭がふらつき体内からむかむかと込み上げてきて嘔吐した。

 頭がガンガンと痛む。歯を食いしばって懸命に耐える。身体中から冷や汗がダラダラと流れる。


 「ちっ、きたねぇな」

 

 階段を下る音ともに誰か入ってきた。カシャンと鍵を開ける音が聞こえ、うずくまるセンを蹴り飛ばした。


 「テメェの姉ちゃんがご乱心だ。さっさと来い」


 そしてそいつは、壁に強打して浅く呼吸していたセンの髪を引っ張った。


 「っ!クソが!」


 そいつはセンが殴りかかろうとしたのに気付いて、髪を引きながら顔面を壁に打ちつけた。


 「ゲロまみれできたねぇ人間が、俺を殴るってのはどういう了見だ、あぁ?」

 

 センは黙ったままだ。


 「これだから()()()は、目を潰されてるってのに」




 センは先ほどいたような小さな部屋に連れてこられた。そこには磔にされたレナの姿と、太った男の姿があった。


 「陛下、連れて参りました。」


 そう言って、跪く。センの頭を片手で掴んで頭を地面につけさせる。


 「ちょっと!センに酷いことしないでよ! セン!無事なの?」


 パァンと鋭い音がした。レナが陛下と呼ばれた男に平手打ちをされた。


 「無駄な口を聞くな。あいつがどうなってもいいのか?」


 レナは男を睨む。レナの目は藍色に光っている。


 「なんだその目は、あいつのように抉られたいか?」


 陛下と呼ばれた男は、残虐な笑みを浮かべてセンの方を見る。その視線の先をレナも追う。そこには両目のあったはずの場所にぽっかりと空洞の空いたセンの姿があった。


 「うそ…でしょ…」

 「ほら、早くこの嵐を止めてくれないかな?」


 陛下と呼ばれた男は下卑た笑みを浮かべる。


 「いやよ」

 「ダーニ、やれ」


 ダーニと呼ばれたセンを連れてきた男は、センをうつ伏せに叩きつけ剣を抜き、センの右腕を叩き切った。


 「あ゛あ゛ぁぁぁぁ!!!!」

 「ちょっと!」

 「なんだ?まだ口答えするか?ダーニ」

 

 ダーニは次は左腕を目掛けて剣を振りかぶる。


 「分かった、分かったから!」

 「ほぅ?何が分かったんだ」


 レナは涙を零しながら叫ぶ。陛下と呼ばれた男は楽しいものを見ているようににやついてる。


 「止める、止めるわよ! だからもうセンに酷いことしないで!」

 「止めるのは当然だ。さっさとやれ」


 レナの目の光が消える。すると船の外を荒らしていた風は何事もなかったようにすんと止まった。波も鎮まり、船の揺れはなくなった。


 「これでいいんでしょ」


 目に涙を浮かべながら、レナは陛下と呼ばれた男に向かっている言った。


 「態度が気に食わん、ダーニ」


 振りかぶっていた剣が降ろされ、センの左腕が胴体から離れた。


 「あ゛あ゛あ゛ぁぁぁ」

 「ちょっと約束が違うわよ!」


 レナを磔ている手錠やらがぎしぎしと音を立てる。外せばすぐにでも殴りかかる勢いだ。

 

 「言ったろう?止めるのは当然だと。あいつのことは余の気分次第だ」


 「…っ、あんたらわぁ!」


 「いいのか余の気分を害すると、あやつがどうなるかわからんぞ? ダーニ」


 ダーニは三度剣を振りかぶる。

 「セン! 逃げて! 母さんが守ってくれる!」


 突如、雷が船に落ちた。ごおおおおおんと、龍の咆哮のような響く音が広がる。レナの左目は黄色に光っている。船は真っ二つに割れた後、激しく炎上した。


 「色が変わった…? ダーニ! そいつを逃すな!」


 ずるずると海に落ちたセンをダーニが追おうするが、ダーニは船の壁に叩きつけられた。橙色の光がダーニを覆う。レナの右目が橙色に光った。


 「三色だと!?」


 他の船の船員達が救出に来た。レナは力尽きたようにぐったりとしている。陛下と呼ばれた男はレナの腹を思いきり殴り、救助に来た船員と共に去る。残ったものがレナを厳重に縛り連れ出した。


 「セン…生きて…」




 センは海の中に沈んでいった。呼吸はできず、目を失い色の力も使えない。


 結局、僕は無力なんだ。


 腕の傷が滲みて痛む。沈みながら歯噛みする。


 そして意識を手放す。


 彼の首に下げられた黄色の石が光る。


 




よろしくお願いします。

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