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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

【短編】~クリフォード・ロックハンスの場合~

作者: 保科寿明

エルリック・サーガの著者、マイケル・ムアコックに影響を受けた私のささやかな作品。今は亡きチャールズ・ブコウスキーに捧ぐ。短編クリフォード・ロックハンスの物語。楽しんでください。

 これは、コル・カロリの世界で唯一、吸血鬼のみが住まうエギュレイェル公国の君主にして大公ローゼンメイデンに仕えるとある従者の物語。


その男は主の為に生きていた。その男は魔術の為に生きていた。その男は魔力に最も愛された男であった。その男の名はクリフォード・ロックハンス。主である大公ローゼンメイデンの屋敷に住まう執事たちの長。屋敷ではただひとりの人間である。あとは吸血鬼たちだけで構成されていた。なぜ、人間なのに屋敷の執事長までに上り詰めることができたのか。周りは上級吸血鬼ばかりである。それも選りすぐりの実力者。なぜ、クリフォードはその者たちを差し置いて、大公ローゼンメイデンの側近ともいえる立場につけたのか。それには明確な理由がある。


まず彼は冷血漢である。冷血であるがゆえに冷酷である。甘さや情けなど一切合切捨てている。なので他の上級吸血鬼がどうなろうとも構わない。その結果、様々な吸血鬼たちを踏み台にしてきた。だが、ただの冷血漢ではない。心優しい一面も持つ。そのうえ情にも厚い部分もある。そこをローゼンメイデンは評価したのだ。人間であることを心の内では捨てていたとしても、奥底では実に人間臭い部分を併せ持つ。彼は瀟洒な執事長だが、欠点を隠すかのように生きていた。そうしなければ吸血鬼たちの闘争には勝てなかったどころか、心折れていたであろう。そんな彼は今、主にワインを注いでいた。


「お館様。この度の公務、お疲れになったと聞いておりましたので今日はワインを。最高級のブルゴーニュでございます」


「ほう、よく心得ていたな。ブルゴーニュ産のワインは好きだ。よろしい下がれ」


「グラスの掃除はほかの執事に任せるつもりであります。今日は外出を許可いただきたく」


「仕事ばかりのお前にはいつも苦労をかけている。よいだろう、気晴らしに行ってこい」


「……御意」


いつも働いてばかりいるクリフォードの休暇を許可するのは、珍しいことではない。ローゼンメイデンは知っていた。自分のことばかり世話をしてくれるのはいいが、クリフォード自身の世話も必要だと。瀟洒な執事長であるがゆえに、主も肩身が狭かったのもある。しかし、このような世話はメイドかほかの執事たちにでも任せておけばよい。何せ、執事長であるクリフォードがいなくても仕事そのものは滞らないので困らない。確かにクリフォードがいれば物事はすべて円滑に進むのだが、屋敷の執事とメイドの総数は百を超える。クリフォードの代わりを務めるほどの技量を持った者は限られてくるが、人間特有の気の使いかたができる者はクリフォードのみであった。なんにせよ、彼は休暇を許された。


「さて、今日はボロでも身に纏うか。汚い場所に行くことだしな」


クリフォードの休暇が許されている理由、それはエギュレイェル公国内の“人類解放区”という場所での行動に隠されている。人類解放区とは、エギュレイェル公国内で人類と吸血鬼が共栄・共存できる未来を想定されて作られた小さなモデルである。そこには確かに人間と吸血鬼が共存していたが、問題も多かった。下級貴族は非合法な行動を加速させ、吸血鬼が人間を食料にするという犯罪が横行していることから、もっぱらスラム街と化していた。その人類解放区でクリフォードがやることは、掃除である。悪事者を片付けるのが、クリフォードの休暇であった。それは下級吸血鬼であっても上級吸血鬼であっても同じこと。貴族であっても関係なかった。ボロを身に纏ったクリフォードは、屋敷を出て、人類解放区へと足をのばした。


「……私としてもこの格好は好かないのだが、仕方ない」


ボロを身に纏うのには理由があった。街が荒廃している場所がたくさんあるからである。ボロの下の服は執事長専用のジャケットだが、それにも理由があった。彼は人類解放区内の人間にも善良な吸血鬼にも知れ渡っていたので、ボロを脱げばクリフォードだと分かるようにしていたのだ。ボロは悪事者を引き付けるかっこうの餌であった。それが効果的で、追い剥ぎのような吸血鬼がクリフォードに群がってきた。


「おい、そこの。金をよこしな。さもなければ血をよこせ」


「……」


「おい聞いてんのか!!」


「……」


「貴様!殺してやる!」


全員が上級吸血鬼であった。その数は十人いたはずである。しかし、ボロを纏っている彼は動じなかった。むしろボロの下に潜む顔は不敵に微笑んでいた。事態は窮地であるはずであった。だが、この上級吸血鬼たちに囲まれても動じず、むしろ余裕の表情を見せるのには理由があった。彼は強大過ぎたのだ。この上級吸血鬼たちは雑魚である。むしろ雑魚というよりは空気に近いものがあった。ボロを身に纏うだけで相手の力量すら測れなくなる上級吸血鬼たちが、クリフォードにとっては何よりも悲しく、同時に愚かしいと思うものであった。だが、彼は冷酷である。どんな吸血鬼よりも冷酷に生きてきた。だから、情けや容赦などする必要もなかった。


「殺すのだろ?ならばかかってこい、同時にだ」


「言われなくてもそうしてやる。全員の血獄でお前を灰にしてやる!」


“血獄”とは虚数変動による防御不能なダメージを与える上級吸血鬼特有の武装。近距離でも遠距離でも効果があり、これを纏えば攻防一体の戦法を繰り出せる万能なものである。しかし、それでもクリフォードにとっては役不足であった。そう、魔術の極致を得たこのクリフォード・ロックハンスには何もかもが通じなかった。人間でありながら、吸血鬼たちの闘争を生き抜いてきた彼にとっては、その程度の状況など意に介さなかったのだ。


「行け!」


「うおおおりゃあああ!!」


「……私に触れるな、ゴミが」


クリフォードは特に何もしていなかった。いや、何もしていなかったように見えた。十人の上級吸血鬼の動きが一斉に止まる。そして苦しみ始めた。心臓のある胸を押さえながら、悶えていた。その状況にひとりの上級吸血鬼が血を吐いた。そしてまた大きく血を吐くと息をすることもなく、その場で死んだ。


「ぐ……なに……を、した?」


「真祖の血統でもないかぎりは、心の臓腑を潰せばお前たちは死ぬのだろ?」


「や……め」


「ぐふぉあ……!!」


「死んで当たり前だ。バカども」


全滅させた。触れずして対象の心臓を握りつぶす魔術は禁術のひとつだが、その対象をひとりに絞るのではなく、多数に対して効果を発揮させる芸当ができるのは彼ぐらいであった。その場にいた上級吸血鬼の十人は心臓を握り潰されて再生不能となり、灰となって消えていった。その光景はまさしく薄汚れた冒険者が圧倒的な力で、吸血鬼たちを皆殺しにしたかのような、奇妙なものになった。だが、クリフォードにとってはそれが一番効果的であった。それだけでなく、そうやって吸血鬼の悪事者を殲滅させるのを、人類解放区内の人間たちは知っているので、ボロを纏った者を見ると急に安心感が増幅されるのも事実であった。そんな心理状態もまた、奇妙なものであった。


 そしてまたクリフォードの前に立つ吸血鬼が現れた。今度は貴族らしい。下級貴族といえど、貴族は貴族。他の上級吸血鬼と違って次元の違う強さを手にしている。しかし、それでもクリフォードは冷酷に、冷静に、ただ眉ひとつ動かさず、無表情を貫いていた。今回は貴族の護衛として、上級吸血鬼を百体ほど伏せさせていたのが、彼には分かっていた。殺気が教えてくれるのである。荒廃した街といえど、隠れる場所ならたくさんあるし、困らない。


「群れないと何もできんのか、お前は。仮にも貴族、人類解放区内の人間から不当な搾取をしているクズのような吸血鬼でも仮にも貴族。プライドはどこへ消えた?高貴であるから貴族なのではないのか?私にはよく理解できぬ話だな」


「たかだか人間の分際で上級吸血鬼を殺したくらいでいい気になるなよ。この区域は俺の支配する区域だ。人間をどうこうしようと、俺の勝手だろう?そもそも誰の許可を得てこの区域に足を運んだ?あのザンクトゥ・ロックハンスならばともかく、お前は掃除屋でもハンターでもないだろう?」


「ザンクトゥ・ロックハンスが相手でもこの程度の戦力じゃ役不足だ。私にも同じことが言えるだろう。見解の相違とは悲しいな、お前に少しでも良心があれば私はこんな場所に用はないのだが。まぁいい、全員まとめて来い。ただし、小出しにはするなよ。全員だ」


「かかれ!あの人間を叩きのめせ!」


百人いた上級吸血鬼が一斉に姿を現した。その光景はまるで戦争に行くかのような、そんな印象を受けるものであった。たったひとりの人間相手に次は百人の上級吸血鬼。傍から見ればいじめているようにしか見えないが、戦力差は歴然であった。圧倒的にクリフォードの勝利で終わる。その証拠に、彼は何かを口ずさんでいた。それは歌であった。勝利の歌、吸血鬼にとっては鎮魂歌であった。余裕も度を超すと人間は歌うらしい。吸血鬼でも同じことが言えるのだろうか、それは分からないが。しかし、小出しにするなと言った理由は明確だ。荒廃した街と言えど、人類解放区は人間と吸血鬼が共存するための場所。ところかまわず破壊するのはクリフォードの心が痛むので、まとめて来られたほうが都合が良かったのである。


「遠距離からの攻撃だ。血獄の本当の力であの調子に乗った人間をハチの巣にしてやれ!」


「接近してくれないのか。仕方ない」


「殺せぇぇ!!」


百人の上級吸血鬼が一斉に血獄を身に纏った。そして紅い閃光が拡散し、拡散した光がクリフォードめがけて降り注いだ。しかし、彼には届かなかった。そればかりか紅い閃光はクリフォードに向けて発射しているのにも関わらず、クリフォードに届く前に停止していた。時間停止の魔術を使ったのである。これも禁術のひとつだが、彼にとっては簡易的な魔術でしかなかった。それから異次元空間無差別転移魔術…いわゆるテレポートで建物の屋上に移動し、時間停止の魔術を解除した。街道には大きなクレーターのようなものができた。爆風が戦場を覆った。


「まったく、加減を知らぬ者どもめ」


「やったか!どこに逃げた!手応えがあったようにも思えたし、なかったような……」


「ここからなら一網打尽にできるな。私は少々苛立っている、もう加減はできんよゴミどもが」


クリフォードは手を空へとかざした。そして呪文の詠唱を始めた。


「征服者の万感を込めた音色が響く。我が声を乗せて響け、天よ聞け、地よ耳を傾けよ。これが我が回答である。これがその報復である。これがその暴虐である。盲信せし強者は苦しみを抱え、敬虔な弱者は癒しを求め、さまよう者には安息を求める。真なる神よ、おお真なる神よ。今こそ裁きの時は来た!!」


呪文の詠唱が終わると、天空はますます雲に覆われた。そして厚い雷雲を呼んだ。この雷雲はただの雷雲ではなかった。暴風も吹き荒れ、あたりはますます荒れた。爆風によって巻き上げられた砂埃はその暴風に流され視界は更なる暗闇に包まれた。エギュレイェル公国は永遠の夜である。その天空に更なる厚い雷雲、この組み合わせは上級吸血鬼の目には良くないことだった。暗闇に慣れているはずの吸血鬼の眼球は、天候の変化に慣れていない。だが、その上級吸血鬼たちを率いていた下級貴族は違った。まがりなりにも貴族、何が起こっているのか把握はできていた。把握はできていたが、すべては手遅れであることも分かってしまっていた。


「ディア・レニア・クローズ……主の寵愛よ、罰よ、甘んじよ」


雷雲から赤黒い閃光が走り、瞬間、百人いた上級吸血鬼の真上からピンポイントで稲妻が落ちた。その威力は凄まじかった。まさしく、正しく神の裁きと同様であった。彼はその気になれば天候すら意のままに操れるのだ。禁術の魔術の最高峰である灰塵級の魔術、ディア・レニア・クローズ。クリフォードの放つそれは別格であった。なぜならば、クリフォードは魔力に最も愛された男だからである。彼の内包している魔力も次元が違っていた。他の魔術師の千倍、大魔術師と呼ばれる者たちの百倍のキャパシティがあった。現存する“魔術師たちの頂点”に君臨する者。それがクリフォード・ロックハンスという男である。


赤黒い稲妻が落ちた場所は百人いた上級吸血鬼の真上にピンポイントで落ちたのは確かであった。そして上級吸血鬼たちの姿は消えた。そう、間違いなく、なんの矛盾もなく消滅させたのだ。残ったのはあの下級貴族のみであった。その惨状に貴族の吸血鬼はたじろいだ。恐怖し、体は硬直し、心の底から震えていた。その有り様にクリフォードは吐き捨てるような苦笑を見せた。そしてクリフォードは、またテレポートを使って下級貴族の目の前に立った。


「何を驚く必要がある?これはお前が招いた結果だ。どうした、震えているな?」


「お、お前は……何者だ?」


「その前に、お前の搾取した人間たちの苦しみを味わってもらおうか」


彼は下級貴族の吸血鬼を壁に磔にした。重力を操作する魔術である。このクリフォードの魔術の前では、貴族の吸血鬼であっても抗えない。そしてまた心臓を握り潰す魔術を使い、徐々に苦しみを与えていった。その様はまるで支配者と奴隷。それでもまだボロを脱がなかった。立場が逆転しているような光景。一言で言うと奇妙な物であった。


「ぐおおおおおおお!!!!やめろ!!許してくれ!!もう……」


「許す?あの景色を目の当たりにして私がお前を許すと思うのか?愚か者め」


世界最強の魔術師は冷血漢である。冷酷である。なので、当然この下級貴族も殺すつもりである。しかし、ただ殺すだけでは物足りない。人間たちの涙がある。その涙の分だけ苦しんで死ななければならない。死ぬべき命というものは、実際あるものだ。こういう手合いはこうしてやった方がいい。クリフォードはそう考えていた。その考えの通りに行動した結果が、これである。君主であるローゼンメイデンの許可を得て、休暇を取った理由…それはこういった不正を正すためにあった。だから休暇を許していたのだ。ローゼンメイデンは知っていた、クリフォードの冷酷さにはいつも優しさがあることを。


「さあ、死ね。悪の根源よ」


「やめてくれ!!頼む!!」


「無駄だな」


「……っ!?」


完全に心臓を潰した。下級貴族と言えど真祖の血統ではないので、心臓を潰せば死ぬ。単に戦闘能力に特化した上級吸血鬼なのが下級貴族なのだ。上級貴族ともなると、真祖と呼ばれる者たちとも血のつながりがあるので、そうやすやすとはいかない。それでもクリフォードの力はそれらを圧倒せしめるものがあった。魔術の極致にして奥義“ディエス・エレ”に到達した男に対抗するには“七英雄”か、皇国レミアムの将軍か、神聖ザカルデウィス帝国の将軍か、同じロックハンスの兄弟か。いずれにせよ限られていた。冷血にして瀟洒な執事長の休日は長いようで短い。


 そして驚愕すべき点がひとつ。彼はまだ本気を出して戦ったことがないということ。クリフォード・ロックハンスが本気を出して魔術を行使したならばどうなるのか。もしかしたら島ひとつ地図から消えるかもしれない。大陸をも揺るがしてしまうかもしれない。それだけの底知れなさが、彼には備わっていた。それでもロックハンス最強の者は、長兄ラーディアウスである。強大無辺な魔術よりも強力な剣術を持っているがゆえに“剣神”と呼ばれていた。


弟のザンクトゥとアレイスティのことも、妹のソーンのことも愛している。クリフォード・ロックハンスは心から家族を大切に想っていた。その中でも唯一憎むべき対象があった。父であるデザード・ロックハンスである。あの男はいつか絶対に倒さなければいけない。末弟のアレイスティは知る術を持たなかったが、兄弟の共通する敵はいつも父であった。今は各々が強大な存在となっているがゆえに。アレイスティの潜在能力をいち早く開花させる必要がどうしてもあった。知られざる決戦の日は確実に近づいていた。刻々と…。



~クリフォード・ロックハンスの場合~



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[良い点] サクッと読める長さで読みやすい。 独特な言い回しに味がある。 [一言] 今回も面白かったです。 沢山オリジナル設定と思われる単語が出て来たので、それぞれの意味や由来などが今後の展開で明かさ…
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