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「じゃあ早速行くわよ!」
意気揚々と歩き出す……
「ぐぇ」
前に首根っこを掴まれた。そういえば猫のままだった。原初は大災害で損傷してしまった私の身体を補うために人間としての姿をくれた。見た目が幼いのはどうにかならなかったのかと問い詰めたいが、まぁそこはもういい。
「ちょっと!」
「お前怪我は? それにその格好で街に行っていいのか?」
「……」
忘れていた。しかし怪我に関しては問題ない。
「そっちはもう大丈夫、寝てる間にほぼ治ったみたい」
そう言って包帯を解いて確認してみれば、やっぱり傷は治っていた。痛みも既に引いている。
ふと、アインを見れば、顔を赤くして背けている。はてと首を傾げるが、すぐに気づいた。
そして私の顔も赤くなっていくのが分かる。
「へ、変態!」
「理不尽な!? いきなり包帯外すのが悪いんじゃねぇか!」
「そうだけど……というかこんな子供の身体に発情するのはどうなのよ!?」
「発情なんてしてねぇよ! どちらかといえば気遣いだわ!」
どうでもいい言い争いに体力を使ってしまった。今はこんな事してる場合じゃないのに……
「はぁ……まぁそういう訳だから、傷は心配ないわ」
「ならそれは問題ない、問題なのは……」
服、人間社会において誰もが使うものである服。私は基本的に猫として過ごしてきたから必要ないけど、あれは精霊としての身体、でも大災害で傷ついた精霊の身体を維持するには、魔力が必要になる。だから普段は原初から貰った人間の身体で活動している。
この間オウルの使いっパシリに襲われた時に猫になってたから、もう魔力がそこをつきかけている。
それをアインに説明すると、アインは悩んでいた。
「必要なのは魔力、それどれぐらいで回復する?」
「人間状態で休憩してれば三日かな、外から魔力を摂取すれば数分で回復できるよ」
「魔力摂取に必要な物は?」
「魔石、魔力を含んでる果物とかかな」
「……ちょっと待ってろ」
そう言ってアインは家の奥に引っ込んで行った。
暇になり、ふと周りを見渡すと、まず目に入ったのは、大きめの暖炉。雪がチラホラと降り出すこの時期には非常にありがたい代物だ。石造りのしっかりと作られたそれは、素人目で見ても精巧に作られているのが分かる。
窓の外を見れば、いくつかの建物の跡が残っている。どれもがボロボロに風化して、住めるようなものじゃない。きっとまともに住めるのはこの家ぐらいなのだろう。
恐らくここは村だった。無性に好奇心が刺激され、少しだけ探索する事にした。
扉を開けてすぐ、目に入ったのは、家よりは少し小さいが、大きめの建物。どうやら住めるのがこの家だけだというのは、早々に撤回しないといけないらしい。
そんな事を考えながら、新たに見つけた建物に向かって歩く。壊れた家からは、同じく壊れた家具が転がっていた。
残留する生活感は、物悲しさを感じる。何かがあって滅んだのだろうこの村は、忌々しいオウルの気配を感じる。彼は最後の生き残りなのだろう。
大きめな建物の扉を開けると、中には大量の本が収納されていた。図書館、もしくは資料館といったところだろうか? 古臭い本の香りは、不思議と気を落ち着ける。
適当に一冊手に取ると、ボロボロに崩れて本が壊れた。あまり触らない方が良さそうだと思い、見るだけに徹する。
いくつかからは魔力を感じられる。魔導書がこんな辺境にある事も驚きだが、感じられる魔力がとても洗練されているのも、驚くべき事だろう。
積み重ねられた歴史を感じる。
壁や天井に空いた穴から射し込む光は、あちこちを照らしている。ホコリが舞っているのが少しだけ気になるが、まぁそれ程気にするようなものではないだろう。
「ここに居たか」
振り返ると、扉の所にアインが立っていた。その手には、潤沢に魔力が蓄えられた果物が入った籠を持っていた。
「これで足りるか?」
「ちょっと見せて……うん、余裕で足りるわ。ありがとう」
「気にしなくていい、これかなり余ってるしな」
アインから籠を受け取って、果物を食べる。魔力不足の身には、何よりもありがたく、そしてとても美味しかった。
行儀が悪いかもしれないが、まぁ気にするまでもない。どうせここにはアインしか居ないし、こういうのを食べた事もないから、楽しみだったというのもかなりある。
精霊にとって魔力とは切っても切れない大切な物。精霊はそもそも身体を魔力で構成している。精霊にとって魔力不足とは、命に関わるのだ。
数分かけて果物を食べ終えると、にこやかに笑いながらアインが待っていた。
何だか気恥ずかしくなるけど、努めて無視する。
一応猫の姿になり体調を確かめるが、問題ない。あと数分もすれば全快する。
「さて、これで魔力は回復したわ。私の魔力は数分すれば回復するから、旅に必要な物は今のうちに纏めておいてね」
「大丈夫、もう揃えたよ」
アインは背中に背負った弓矢と、腰のベルトに刺さった二本のナイフ、そして何の変哲もないない剣を装備していた。遠近全てに対応するための装備なのかもしれないが、重量はかなりのものだろう。
「ちょっと、それ重くない? 長旅だから邪魔になるかもよ?」
「安心しろ、弓矢には軽量化の魔法がかかってる良いやつだし、そんなに重くないよ。普段から鍛えてるしな」
……確かに弓矢からは微妙な魔力を感じる。これなら重くはないだろう。
「ならいいわ、出発は五分後よ」
「了解、それまではのんびりしてるよ」
そう言ってアインは何処かに行った。
私もギリギリまで魔力を消費しないように、猫の姿から人間の姿に戻る。
毛布と包帯は体内に取り込んでいたから、特に変化の旅に裸になるという羞恥プレイ擬きをしなくても済む。
私が用意する物は特にない。元々持ち物は宝石のネックレスだけだし、他の物なんてそもそも必要としてない。
……私はオウルの気配が終始残留するこの村から、無性に離れたくなり、少し早いが村の外で待つ事にした。




