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二話目〜主人公の名前は次で出ます。
次に目が覚めると、日は沈み、月が煌々と輝いていた。
そこでようやく思い出した。私を助けたあの男と口論になって、その果てに傷が少し開いて気絶したのだ。これはもうあの男に気絶させられたと言っても何も問題ないはずである。
そして起き上がったからには探しに行かなければならない。あの男は悪い男じゃないとは思うけど、あの宝石は仕事に絶対に必要になるのだ。最優先で探し出さなきゃならない。
問題はどこまで流されて行ったのかが全く分からない事だ。上手い具合に川底の石にでも引っかかってくれていれば、回収はそんなに難しくはない。近づけばある程度の位置は分かるし、まぁ直接行って確かめるしかないんだけど……よし!
決心して毛布から出る。
そして全裸だった事に気づく。
「うぁ」
思わず変な声が出た。少し血の滲んだ包帯は巻いているが、ほぼ全裸のようなものだろう。流石にそんな格好で夜の森を探索するつもりはないので、あの男には少し申し訳ないけど毛布を借りて行こう。子供のように丸まって眠っている男を見ながら、ドアを開けて外を出た。しばれるよう様な寒さに身を震わせるが、意を決して進む。
夜の闇に落ちた森は不気味で、足元すらよく見えない。しかしそんな普通の決まりは少女には関係がない。まるで見えているかのようにひょいひょいと枝を避けて歩く。
よく見れば、少女の目が淡く黄金色に発光している事に気づいただろう。しかし観客もいない今、それを見る者はいない。
そして数分歩くと、水のせせらぎが聞こえてくる。もしやと思い近づくと、そこには案の定流れる川があった。
これで少しは探せそうね。とりあえずこの辺りには無いみたいだし……下流に下ってみようかしら。
そう思い川辺に沿って川を下る。この森には幸い魔物の気配を感じない。文字通り秘境なのだろう。人間どころか、魔物すら近寄れない閉ざされた森。しかし間違いなくこの森には何かがある。そう確信させる。根拠はないが。
そうして気ままな川下りに飽きだした頃、微かに宝石の反応が帰ってきた。
「ッ!」
川を凝視し、魔力反応から宝石の位置を割り出す。どうやら宝石は本当に川底の石に引っかかっていたらしい。都合が良かった。あれなら楽に回収できる。
川に足を入れると、ゾクッとする寒気が足から頭に向かって駆け登る。一瞬硬直するが、何とか気を取り直し、足を進めていく。
横から足を緩やかに撫でる川に逆らうように足を進め続け、ようやくたどり着く。宝石を拾い上げると刹那、宝石が眩い輝きを放つ。まるで主である少女を歓迎するように。
幸いにもネックレスの紐は切れていなかったらしく、その事に感謝しながら首に通す。これで後は森の何処かに居るはずの原初の子を探すだけ。性別は男らしい。恐らくだが、私を助けてくれた青年だろうと確信し、本当に運がいいと、思わず笑みが漏れる。
後は使いっパシリに見つからないように、しばらくの拠点になるあの青年の所に帰るのだ。宝石で確認すれば、真偽はすぐに分かる。
そうして何事もなく私は帰路についた。
家には相も変わらず丸まって眠っている。それが何だか無性に可愛らしく見えて、頭を撫でる。そして次の瞬間に自分が何をやっているのか理解し、顔を赤面させて慌てて飛び退く。
火照った身体ではしばらく寝れないだろうと確信しながら、毛布を頭まで被りながら眠ろうと努力する。
青年が原初の子かどうかは明日調べよう。流石に今日はもう疲れた。
まぁ寝付くまでに二時間もかかってしまったが。
朝、何かが目の前に立っている予感に突き動かされ、自分でも寝起きとは思えない起きると、そこには不明な感情で目元をひくつかせる般若が胸の前で手を組んで立っていた。
痛みを忘れて即座に星座に移行した私を褒めてやりたい。
「おはよう、よく眠れた?」
その声は低く、目も口も、笑っているように見えて全く笑っていなかった。
答えを間違えると強制的に寝かされると確信し、思わず目が泳いだ。人間相手にこうもビビるだなんて……羞恥がジワジワ湧き上がるが、青年の怒りが降り注ぐ今、それらは泡のように掻き消えた。
「おおお、おはよう!」
元気のいい挨拶の手本だったと思う。
しかし帰ってきたのは拳骨だった。
「ふぎゃぁう!?」
ズキズキと痛む頭を抱え込むが、どうやら説教は終わらないらしい。
「昨日の夜は何処に?」
何故バレたと、口にしなかったのは奇跡に近い。青年は昨日の夜確実に寝ていた。呼吸は一定。頭に触れても反応は全くなく、それは間違いないはず……
「え、えぇっと……なんの事ォビュ」
潰れたカエルのような悲鳴、少なくとも見た目は乙女な私に対してなんて事するのかと、抗議をする間もない。
「床」
「ふぇ?」
床とは、建物の土台に乗せられた階の各階下面に位置する水平で平らな板状の構造物である。なんて事は知っている。これがなきゃ建物は成り立たない。
しかし聞いているのはそういう事じゃないだろう。理解できず頭を捻るが、そうする度に青年のこめかみにビキビキと青筋が立っている様な気がして止める。
しかし本当に分からない。だから私は床を見た。
「あっ」
成程、これは怒る訳である。そして私の外出が一瞬でバレる訳である。
出かけたのは夜であり見えずらかったから気づかなかったし、宝石を見つけた嬉しさで失念していた。
私は外に居たのである。であれば当然歩く。歩けば足が汚れる。そして私は足を拭いていなかった。
ここまでくれば分かるだろう。
床には泥で象られた小さな子供の足跡が乱立していた。
「ご、」
「ご?」
既に怒りを忘れたように笑顔を作っている青年、しかしあの下にはマグマの様に煮えたぎった感情が渦巻いているのだろう。
であれば私のやるべき事は一つ。
「ごめんなさぁぁぁぁぁぁぁい!?」
「許すかボケ!」
一時間に渡って怒られた。
「いいか? お前は重症だった。動けるような傷じゃねぇ」
「うぅ」
「一度拾った以上、そいつに死なれちゃ目覚めが悪い。だからここに連れてきてやったし、手当もした」
泣きそう。
「その恩返しが……この惨状か? えぇ?」
「反省してますぅぅ……」
怒られ続けて一時間、怒りをぶつけるかのような説教は、次第に幼い子供を諭すみたいに、優しいものになる。
「はぁ……次はねぇからな」
「う、うん!」
ようやく見えた説教の終わりに安堵し、思わず目尻に涙が浮かぶ。
怒られるなんて体験、初めてだから新鮮だったけど、二度となくていいや。
「それで? 大方宝石探してたんだろ? 見つかったみたいで良かったじゃねぇの」
青年が私の首に架けられたネックレスを見てそう言う。
あぁそういえばまだ確かめてなかった。こんな事なら昨日の夜のうちに、原初の子かどうか確かめておけばよかった……
しかし後悔先に立たず。
まぁ今確かめればいいから問題は無いんだけどね。ちょっと本人の協力がいるから、やらかした手前少し頼みにくいっていうのはある。
「そ、そのぅ」
「ん? どうかしたか?」
「ちょ、ちょっとだけでいいから血をくれない?」
「んん?」
血液、それは本人を示す魔術的証明書でもあり、もっとも用意しやすい触媒。
今回においては、青年が原初の子かどうか確かめるために必要になる。
「……何かしらの儀式にでも使うのか?」
「そんな大層なものはやらないわ。ただあなたの性質を確かめたいだけよ」
「別にそんな事しなくてもいいんだけど……」
「いいから、というよりもあなたが私の探してる人の可能性があるのよ。それを確かめたいってわけ」
「あぁ成程、そういう事なら」
そう言って青年は腕を差し出す。
全く躊躇もしなかった事に少しだけ動揺しながら、一瞬だけ人差し指の爪を伸ばし、青年の腕を薄く裂く。それに対して青年は眉を顰めるが、それを努めて無視して、垂れてきた血を一滴掬い取り、首にかけてあった宝石のネックレスに垂らす。
空のように青かった宝石が、朱に染る。宝石から光の糸が束になって青年に伸びる。それは心臓がある左胸の辺りに繋がっていた。
間違いない。彼が、彼こそが探し人。その身に世界樹の種を正しく背負える唯一の人間、ついに。
「……お願いがあるの」
「……んぁ? おぅ」
何があったのか理解できなかったようで、青年は未だに困惑していた。彼には悪いけど、付け込ませてもらう。
「私はソフ、あなたに世界樹の種の回収を依頼します」
そう言って私は頭を下げた。
「……世界樹の種ね。眉唾だろうに」
「残念ながらそうでも無いのよ。それは間違いなくあるし、あなたはそれを回収する者として選ばれた」
自分で言っていて何だが、内容は非常に胡散臭い。しかし真実を話しておかないと、後で誤解を生みかねない。
「とりあえず話すわ、私の使命と、あなたを探していた意味を」
私の大勝負が始まる。
三話は20時投稿です。




