後悔はしたくない
ループの起点に戻った悠はついさっき見た坂野の顔を思い出す。
絶望と悲しみ、そして怒りと暗い喜びに満ちた顔。
恐らく彼はもう限界だったのだろう。
彼の言葉から類推するに、学校では加賀達に暴力を受け。
教師も周りのクラスメイトも見て見ぬふり。
家にも逃げ込む場所が無い。
だったら外に助けを求めればと思うかも知れない。
しかし、未成年は親の庇護下にあって多分にそれに依存している。
外に助けを求めれば自分の状態が広く知られる事になるだろう。
きっと親との関係性も変わってくる。
それを考えれば、行動する勇気を持てる者はそうはいない筈だ。
結果、彼は周囲の全てが敵の様な、行き場の無い苦しみだけが続く場所に閉じ込められたのではないだろうか……。
そこまでは悠にも理解出来る。
しかし周りの人間を全て破壊する様な力を使えた理由は不明のままだ。
彼自身がそういった能力を内に秘めていたのだろうか……?
いや、あんな力があれば加賀達が無事ですむとは思えない。
力の発動はあの時が最初の筈だ……。
「ユウ、ユウってば」
「うん?」
「どうしたの? 学校、遅れちゃうよ」
「うん……そうだね」
風花と一緒に学校の校門まで来た悠は彼女に声を掛けた。
「ちょっと忘れ物をしたみたいだ。取りに帰るから風花は先に行って先生に伝えといて」
「えっ、今から戻るの? そんなに大事な物?」
「うん、凄く」
「……分かった。じゃあ、また後で」
「うん」
校舎に向かう風花に手を振り、悠は彼女が視界から消えるのを待って部室棟へ足を向けた。
恐らく今回のキーマンは坂野で間違いないだろう。
そう考え向かった部室棟の裏では、坂野が一人ボンヤリと佇んでいた。
加賀達はまだ教室にいる様だ。
「坂野……」
「黒田? ……何の用だよ?」
「……なぁ、今から遊びに行かない?」
「遊びに? ……お前も僕から金を奪うのか? ……そんなに僕はカモに見えるかよ!?」
坂野は悠をギラつく目で睨んだ。
瞳の奥に怒りと憎しみが渦巻いているように悠には感じられた。
「違う。ただ一緒に遊びたいだけだよ」
「いまさら何だよ!! お前だって僕の事避けてたじゃないか!?」
「……」
どう言えばいい。
どうすれば彼を止められる。
考えろ。考えるんだ悠。
過去の経験、読んだ物語、遊んだゲーム。
様々なシチュエーションが悠の脳裏に浮かんでは消える。
「……確かにそうだ。でも昨日読んだマンガに描いてあったんだ」
「マンガ? マンガが何だって言うんだ!」
「そのマンガの主人公は言ってた。自分の心に嘘を吐くとずっと後悔が続くって……僕は君を見捨てたって後悔を抱えたまま生きたくない」
「何だよそれ……そんなのお前の都合じゃないか!!」
「そうさ。僕の都合だ。でも君を助けたいのは本当だ!」
「いまさら何だよ……いまさら……」
「アレ? なんで黒田がいんの?」
背後から軽薄な声が聞こえた。
「クソッ、時間ぎれか……」
「何だよ黒田、お前も俺達と遊びたいのか?」
加賀がニヤつきながら悠に問いかける。
「……そうだね。人から搾取する事しかしないクズと遊ぶのも面白いかもね」
悠は振り返ると皮肉げな笑みを浮かべ答えた。
「テメェ……」
「黒田……」
複雑な表情を見せる坂野に微笑むと悠は拳を握り腰を落とした。