どんな世界でも
風花と一緒に急ぎ足で教室へと駆け込む。
同じクラスで助かった。
もし別のクラスであれば、また記憶喪失を装わねばならなかった所だ。
いや、比較的平和に見えるこの世界でそれをすれば、速攻で病院送りだっただろう。
どうやらまだ担任は来ていないようだ。
悠はこのまま授業を受けていいものか少し悩んだ。
教科書に書かれている文字は読めないだろうし、これまでの経験から考えれば厄介事はもう間近に迫っている筈だ。
入り口で立ち止まっていた悠に風花が声を掛ける。
「どうしたの? 席に着かないの?」
「ん、ああ……まだ頭がボンヤリしてて……風花、僕の席ってどこだっけ?」
「ホント、ゲームはほどほどにした方がいいよ。左端、後ろから二番目」
「後ろから二番目ね。ありがとう」
悠は風花と別れ校庭に面した窓側の席に歩みを進める。
その風花に教えられた席には、如何にも不良といった風体の金髪の男が机に座って前の席の男と談笑していた。
話している二人の他にも制服を着崩した男が二人、計四人が一緒になって笑っている。
「どいてくれないか?」
「ああ? お前、誰に向かって口きいてんだぁ?」
金髪の男が椅子から降りて悠を威嚇する。
「ちょっとやめなさいよ!!」
風花が立ち上がり声を上げる。
「うるせぇ!! 部外者は引っ込んでろ!!」
男の声で風花はビクリと体を震わせた。
「女の子にそんな口を利くなんて……君はケインの爪の垢でも煎じて飲むべきだね」
「訳分かんねぇ事言ってんじゃねぇよ!」
いきり立つ男を無視して悠は席に座り、鞄を机の横に置いた。
「てめぇ、無視してんじゃねぇよ!!」
男は悠の行動が気に入らなかったのか悠の机を蹴りつける。
そのままであれば机と椅子に挟まれていたのだろうが、悠は机を両手で押さえそれを阻止した。
「……なんの為にこんな事をするんだい?」
悠は無感情に男を見上げた。
その目を見た男は理解出来ない恐怖を感じる。
何故だか分からないが、コイツには逆らってはいけない。
男の本能がそう警告していた。
「チッ……見逃してやらぁ」
「えっ、マジ。やんねぇの?」
「んな雑魚、相手にしてられっか」
「まぁそうか、黒田、ラッキーだったな」
金髪の男とその取巻きはそれだけ言うと悠の席から離れ教室から出て行った。
どうやら今回の体の持ち主は黒田ユウという名前らしい。
しかし、どんな世界でもああいった人物はいるんだな。
そんな事を暢気に考えていた悠に後ろから声が掛けられる。
「黒田、黒田」
「なんだい?」
振り返ると眼鏡を掛けたオカッパ頭の男子生徒が悠に顔を寄せた。
「加賀に楯突くなんてどうしたのさ?」
「……何か変だったかな?」
「変だよ、坂野みたく目つけられたらどうすんだよ」
「坂野……その坂野っていじめられてるの?」
「はぁ?黒田だって知ってるじゃん。あいついつもサンドバッグにされて、金まで取られて…多分今も……」
オカッパ眼鏡君が全てを語り終える前に教師が教室に入ってきた。
「ほら皆、席に着け。加賀と坂野はまた遅刻か……じゃあ出席を取るぞ。阿川……」
担任らしき男性教師はため息を吐くと出席を取り始めた。
金髪男と坂野がいないのは珍しい事では無いらしい。
眼鏡君の話を考えれば、恐らく今、坂野は金髪男、加賀に暴力を振るわれているのだろう。
さてどうするべきか……。
「ねぇ、ちょっと教えて欲しいんだけど」
悠は椅子を傾かせ後ろの眼鏡君に声を掛けた。
「なんだよ?」
「加賀達が何処にいるか知ってる?」
「そんな事聞いてどうすんだよ?……まさか、坂野を助けるつもりじゃないよな?」
「いいから。何処にいるの?」
「……前に見た時は部室棟の裏にいたよ。ほら校庭の西側、古い方の……」
「西側……ありがとう」
悠は校庭に目を向けた。
校庭の西にはコンクリートで作られた二階建ての四角い建物が建っていた。
あれが恐らく部室棟だろう。
「黒田……黒田!」
「はい……あの先生、僕、ちょっと眩暈がするので保健室に行ってきていいですか?」
「眩暈? 酷いのか?」
「少しクラクラするぐらいですけど……ちょっと辛いです」
「……仕方ない。誰か付き添ってやれ」
「いえ、大丈夫です。多分横になれば治ると思うので」
教師は悠の顔色を確認すると小さく頷いた。
「分かった。無理するなよ」
「はい、ありがとうございます」
悠は席を立った悠に眼鏡君が囁きかける。
「おい黒田、悪い事は言わない、関わるのは止めとけ」
「……心配してくれてありがとう。でもやれる事はやっておきたいんだ」
眼鏡君に礼を言うと、頭を押さえながら教室の出口に向かう。
風花が心配そうにこちらを見ていたのに少し罪悪感を覚えながら教室を出ると、悠は校内を早足で移動した。
向かう先は勿論、校庭の部室棟。
その坂野という生徒を救う事に意味があるのかは分からない。
ただ、生前の悠も切っ掛け一つで坂野と同じになっていたかも知れない。
僕は運が良かっただけだ。
そう思いながら悠は部室棟に向かって足を速めた。