燃える寺の境内で
城が燃えたのを見届けている内、悠の視界は振り出しに戻った。
恐らく城内のいた未来を大きく変化させる誰かが死亡したのだろう。
二回目のループから悠は作戦実行の為の下準備を始めた。
必要な道具の場所、最短の移動ルート、実行手順等、計画を煮詰めていく。
何十回かのループで最適解を見出した悠は行動を開始した。
まずは三左衛門に命じて酒を入れる素焼きの徳利に油を詰めさせた。
即席の油壷というやつだ。それと並行して火矢と弓を用意する。
その後、それらを携行し抜け穴を抜け悠は源九郎のいる寺を目指した。
今回、三左衛門には城の守りの為と残る事を命じていた。
彼は優秀な武人ではあったが、やはり潜入のプロとは言えず悠一人の方が身軽に動けた。
用意した物でも分かる様に悠の作戦は寺の焼き討ちだ。
寺の主要な建物に油を放ち、火矢を使って火を着ける。
ループで確認しているがこの焼き討ちで死ぬ者はいない。
標的はあくまで源九郎唯一人だ。
手順を頭の中で確認しながら夜の山中をひた走る。
移動ルートは既に下調べが済んでいるので、敵に見つかる事無く寺まで辿り着く事が出来た。
初回の様に三左衛門から状況を聞いたり、敵から具足を奪ったりという過程を省いたのでかなり時間を稼ぐ事が出来た。
今の時間なら源九郎は夜襲を仕掛ける為、鎧を着込んでいる頃だろう。
悠は寺を通り過ぎ更に山を登ると振り返り寺を見下ろした。
木々の隙間から寺の全容が見渡せる。
「さて、始めるかな」
背負いつづらから徳利を取り出し並べる。
次に地面に油をしみ込ませた火矢を地面に突き立て、地面に置いたつづらの影で蝋燭に箱に入れた炭火を使い火を灯した。
油紙で封をした徳利を持ち上げる。
小ぶりの素焼きの徳利は脆く建物に投げつければ簡単に砕けるだろう。
問題は投げつけた事で敵に気付かれる事だが、動き出す前に事を終わらせればその心配も無い筈だ。
悠は手にした油壷をポンポンと手の上で弾ませ重さを確認すると、次々に寺の建物に向かって投げつけた。
異変に気付き寺から武士たちが駆け出て来るが、お構いなしに悠は壺を投げ続けた。
都合、十個の手製の油壷を投げ終わった悠は、矢を一本手に取ると蝋燭から火を移し並べた火矢に炎を灯す。
壺と同数、地面に並んだ矢を悠は寺に向かって淀みなく射込んだ。
矢は油のしみ込んだ庫裏の壁に突き立ち、炎を燃え上がらせた。
「よし、次だ」
蝋燭を吹き消し次の目的地に向かう。
火矢を放った事で寺の背後、山中にいる事は敵に発覚している。
それによって周辺の兵は先程、悠がいた場所に向かう筈だ。
周囲を警戒しつつ目的の場所、大木の根元に辿り着いた悠は鉤爪を使い木を登った。
横に広く枝を張り巡らせた大楠から枝伝いに寺を目指す。
眼下では兵士が山を登り初めていた。
何で知ったか忘れたが、人は横の視界には鋭敏に反応するが、上下には意識しないと注意を払えないらしい。
それは正しかったようで、兵達は悠に気付く事無く走り過ぎていく。
寺は悠が移動している間にも燃え続け、炎は暗い山を周囲を明るく照らす程高く立ち昇っていた。
寺の敷地の中央では手足に具足を身に着け槍を手にした武将、山下源九郎が周囲の部下に檄を飛ばしていた。
「敵はここより上に潜んでおる!! 兵に命じ包囲して追い詰めよ!! 必ず生捕にせよ!! 儂が直々に首を撥ねてやる!!」
「殿、殿は下山して知らせをお待ち下さい」
「……取り逃がせばその方の首が飛ぶと心得よ」
「ぎょ、御意」
部下が走り去ったのを見て源九郎は再度声を上げた。
「馬を引け!」
「殿……それが、殿の日輪丸は炎で焼け出され逃げだしておりまして……」
源九郎の周りに膝を突いていた一人が答える。
「何じゃと!? ……おのれぇ……」
「佐々木殿の馬ならすぐに用意出来ますが……」
「佐々木ぃ……お主、儂に彼奴の駄馬に乗れと申すか?」
「しかし、日輪丸程の駿馬は簡単には……」
源九郎は答えた部下を蹴り飛ばし声を荒げた。
「逃げ出したというならさっさと探して参れ!! 儂の槍は日輪丸の速さが有ってこそ生きるのじゃ!!」
「かっ、畏まりました!」
蹴り飛ばされた侍は脱兎のごとく寺から駆け出していった。
「お主らも隊を率い日輪丸を探せ」
「ですが我らは殿の御身を……」
「陣を横切り奇襲をかける等、大軍で出来る事では無い。敵は少数、恐らく十はおらん筈じゃ。その程度、襲ってこようが我が槍で蹴散らしてくれるわ!」
「しかし……」
「くどい!! ……それともなにか? その方は儂の槍が島田の木っ端侍に敗れると申すか?」
源九郎はそう問い掛けながら部下の鼻先に槍を向けた。
「いっ、いえ、決してその様な事は……」
「では早う行けッ!!」
「はっ、はい!」
恐らく近衛兵だろう侍達も寺から駆け出し、源九郎の周囲に残った者は一人もいなくなった。
「部下は叱るんじゃなくて褒めた方がいいよ」
燃える寺を憎々し気に見上げる源九郎に唐突に声が掛けられた。
水でも被ったのか、びしょ濡れの男が彼の後ろにいつの間にか立っていた。
「……寺に火を放ったのは貴様か?」
「まあね……これ以外に手が無かったんだ……」
「フンッ、殺したい者が自ら出て来るとはな……その首、我が槍の錆にしてくれる」
穂先に悠が中世で使っていた剣と変わらぬ刃渡りの刃を穂先につけた槍を源九郎は軽々と操り構えた。
その源九郎を見据え、悠は腰の小太刀を左手で引き抜き腰を落とした。