炎と弓と
部下に馬を引かせた源九郎は悠が悩んでいる間に土を踏み固めただけの参道を下り、島田の城へ向け出陣してしまった。
源九郎の後ろを慌てた様子で家臣たちが追っていく。
「殿、この場での暗殺は失敗ですな……」
「……うん、そうだね」
「どうされますか?」
「……寺を探ろう」
「寺を? 大将の居ない寺を探って何の意味が……」
「意味はある。僕を信じて」
「……御意」
三左衛門は悠の声の強さに納得出来ないまま答えた。
三左衛門には悪いが今回は完全に下調べだ。
暗殺するにしても寺の構造が分からないとやりようが無い。
二人は人の減った寺に堂々と正面から足を踏み入れた。
二万もいれば幹部達も一々雑兵の顔等覚えてはいない筈だ。
コソコソしている方が逆に疑われるだろう。
敷地内を見廻すと門の正面に本堂、左側に僧が生活する庫裏が建てられていた。
悠は昔見たアニメを思い出し、本堂では寝ないだろうと庫裏の方へ足を向けた。
「なんじゃ?」
扉を開けた先は台所だった。
その台所の土間の上がり框に腰を下ろした侍が、悠達を見て声を掛けて来た。
「源九……殿が忘れ物があるって……」
「忘れ物? 無理も無い、慌てて出られたからのう」
「それで取ってこいって言われたんだけど……部屋は何処かな?」
「ふむ、案内しよう。ついて参れ」
留守番だったのだろう侍は、草鞋を解き庫裏の廊下へ悠達を招いた。
「殿、寝所等探っていかがなされる?」
耳元で三左衛門が囁く。
「いいからいいから。三左はここで待ってて」
「しかし……」
追従しようとする三左衛門を押し止め、悠は草鞋を脱ぐと案内役の侍の後を追った。
恐らく住職が使っていたのだろう、侍は床の間の設えられた八畳程の板の間の部屋に導いた。
「ここじゃ、さして物は置いておらぬが……」
侍の言葉通り、布団や燭台以外に殆ど物は置かれていない。
「えっと……」
悠は目的の物を探すフリをしながら部屋の構造を確かめる。
入って来た廊下側の反対は庭に面しており、現在は障子によって閉ざされていた。
うーん、お寺だからだろうか、防犯上は不用心としか思えない。
そんな事を考えつつキョロキョロと辺りを見回す。
「うーん、あっ、これだ」
悠は部屋に置かれていた弓と矢筒を手に取った。
「弓か……珍しいの、殿が弓を持って来い等と」
「そうなの?」
「お主、さては新入りじゃな?」
「入ったばっかりだよ」
「やはりか……殿は自ら先陣に立つのを好まれる。特に一番槍にはこだわりがあっての」
「はぁ」
「お蔭で儂らはいつも二番手よ。まぁ今回儂は留守番じゃから関係無いがの、ガハハッ!」
侍は困惑気味の悠に向かって豪快に笑った。
「さて、探し物が見つかったのであれば早う届けよ。でなければ首が飛ぶぞ」
「うっ、うん。ありがとう」
「……しかし、お主おかしな物の言い様じゃな?」
「こっ、故郷の訛りだよ」
「さようか。変わった訛りもあった物じゃ」
侍は納得した様に頷くと来た道を戻り、再び台所へ悠を導いた。
草鞋を履いて土間に立った悠に侍は問いかける。
「ところで、ここまでどのようにして参った?」
「えっ? ……歩いてだけど」
「ふむ、余り遅いとご不興を買うやもしれん。庭に残っておる馬を使え。……馬は使えるな?」
「使えるけど……いいの?」
「お主らの為では無い。殿の怒りは飛び火するでな。急げよ」
「分かった。ありがとう」
上がり框に腰を下ろした侍に礼を言うと、悠は庭の木に繋がれていた馬に歩み寄った。
「殿、三左は殿のお心が分かりませぬ。この先一体何を……?」
「とにかく源九郎を追おう」
「……説明はして下さらぬのですな」
「ごめん、今はまだ僕にも先が見えないんだ。でも源九郎の動きが分かれば対策はきっと取れる」
「……信じましょう」
三左衛門と話しながら繋ぎを解き馬の鐙に足を掛ける。
馬は中世で世話になったタングロワに比べると幾分小ぶりなようだ。
悠は首を撫で落ち着かせると馬の腹を蹴った。
源九郎が駆け抜けた参道を同様に走りながら、山を抜けると山下の軍勢は鬨の声を上げ城を攻め立てていた。
火矢が次々と放たれ城からは火の手が上がっている。
「ああ……城が……」
「火……弓……三左、城に油はどのぐらいある?」
「殿、そんな事より城が!?」
「三左、これは大事な事なんだ」
「……油の甕が幾つかは有った様に思いますがそれが一体……」
「よし……」
燃える城を見ながら掌に拳を打ち付ける悠を見て、三左衛門は完全に乱心したと深いため息を吐いた。




