ネエネエ先輩と会いづらいから、手紙を書くことにしました
「食器洗いして偉いね。お父さんもお母さんも、いつも褒めてるよ」
頬の肌がやや熱くなります。メッチャ手抜きなのに。
「ううん、おじいちゃん、普通のことしただけだよ。お父さんとお母さんどこにいるの?」
祖父の目が泳いでますが、視線の先には、閉じられた扉がありました。リビングに面した、両親の部屋です。
娘と祖父がリビングにいる時間帯に、エロいことでもしているの? 想像したくありません。一気に頬の熱が奪われます。
顔を伏せてしまいました。フローリングの床が、視界に広がります。トンカツの衣が、足元に零れています。
さっき皿洗いしたときに、落ちたのでしょう。どうせ、わたしでない、誰かが掃除するでしょう。スルーします。
「おじいちゃんの想像では、撃ち合い部に入れるか、夫婦で話し合ってるんだと思うよ」
「そうなの」
静かな音を立てて、扉が開きます。両親がリビングに入ってきます。横目でチェックしましたが、二人の衣服は、乱れてないようです。母のメイクや髪も整ってます。
両親と顔をあわせないよう、足が動きます。手近にあった戸棚を。開いていました。新品のハガキや切手が、入ってる場所です。
あ、ネエネエ先輩に速達で、入部すること伝えれば、文章で証拠が残る。しかも、両親に反対されたら、先輩に文章で確約した、と言い切れます。違約金は発生しないでしょうが、友人関係に角が立つ、と言えます。
策士になった私は、ハガキを1枚、手にします。でも、裏面が無地で白のがありません。
「おじいちゃん、ネエネエ先輩、でなくて、さっき遊びに来てくれた、先輩にお礼のハガキ出すんだけど、裏が白いのないの。余計な文字ほんの少し、印字してあったら、修正マーカーで消せばいいよね」
「目上の先生とかに出すときは、新品を買ってきて書き直すべきだね。お友だちなら、線で消せば良いだろうね」
わたしのなかでは、ネエネエ先輩は、友人以上、先輩未満かな。
「教えてくれて、ありがとうとう、おじちゃん」
わたしは、両親を見ないようにしています。ハガキを手に、部屋に戻ろうとしました。父の声が背後から聞こえます。
「お母さんと話し合ったんだが、どうしても『撃ち合い部に入りたい』って言うなら、お父さんも考えても良い」
自室の扉を見据えたまま、わたしは言います。
「お母さん、わたし、一人っ子じゃなくて、姉弟いるんだよ。来年、弟にも入りたい部活に入れないと不公平でしょう」
応じる母の声は、穏やかでした。
「当然、それも話し合ったの。お金は何とかする」
「何とかするって、どうするの?」
「お母さんが、頑張ってFPSのキャラクター、レベル上げして、ネットオークションで売る」
「運営さん、キャラクターの売買を禁止してるでしょう?」
おじいちゃんの声が背中近くでします。
「RMTのことかな?」
リアルマネートレード。略してRMT、オンラインゲーム内の通貨を、現実の通貨、円で売買することです。ゲーム内で、キャラクター同士が会い、ゲーム内通貨を渡したりします。
おじいちゃん勘違いしてる。
「おじいちゃん、RMTと違うよ。レベルを上げて、特殊なスキルや装備持ったキャラクターを育てて、ネットオークションで売るって、お母さん言ってるの」
「キャラクターってどのくらいの金額で売れるの?」
「うーん、人気ゲームでレベルが高くて、レアなアイテムもってるなら、大卒初任給くらいかな? でも大半のオンラインゲームでは禁止」
ほーっ、とおじいちゃんは、感心しているようです。お母さんの声がします。
「運営さんは禁止しているんですが、法律では違法ではないんです」
わたしも、お母さんに続けて言います。
「そうだよ。オンラインゲームのキャラクターを育てて、転売のみで生活している人いっくらでもいるよ。でも、オンラインゲーム運営さんが、禁止していることは、お母さんにして欲しくない。合法でも、ほかのプレイヤーさんがどう思うのか、考えてよ」
沈黙が部屋全体に多い被さります。ここは、おじいちゃんに良い所を見せたい場面です。わたしが破ることに決意しました。
「お父さんのお小遣い減らすとか、夫婦で使うお金減らすとか、お母さんが、eスポーツの先生を頑張るとか、亡くなったおばあちゃんの遺産から少しもらうとか、銀行で借りるとか、方法はあると思う」
「そこまで言うなら、お前もお小遣い減らして、バイトしろよ」
父が、誰も求めていないのに、正論を吐きます。おじいちゃんやお母さんからなら、素直に聞けますが、言い返しました。
「わたしの高校校則でバイト禁止。校長先生に申請して特例として認められた場合に限って、バイトできるの。入学式のあとのオリエンテーションで、先生、言ってたのお母さん、聞いてたでしょう?」
つくづく、わたし、嫌なヤツって思えてきます。話すんじゃなかった! 気分がずーんと沈み込み、母に助けを求めました。
「お母さんからも言いたいことあるの。さっき遊びに来てくれた優しい子みたいに、バイトと撃ち合い部の両立できないの?」
わたし、視界が涙で滲んでる。鼻声になりながら、応じていました。
「許可なしでバイトしたら、どうなるか、学校からの処分を言ってるんじゃないの。他の生徒に話すと、角立つから隠したり。他の生徒に見つかったら、ほかの子に内緒にしてもらったり。教室内や部活内での、人間関係複雑なの」
ネエネエ先輩、平然とバイトしている。しかも、わたしに話してた雰囲気から察するに。生徒間では誰も問題にせず、多分セーフでしょう。
でも、今はそうでも、わたしが3年生になる頃は、生徒の3分の2が、入れ替わるんです。教師の人事異動もあるでしょう。
人が変われば、未来は分かりません。予測不能な未来の可能性を言っただけ。自分を無理やり納得させます。
「おじいちゃんは、もう昔に学校出たから、学校時代のこと、思い出せないこと多いけど、今の学校は人間関係、難しいんだろうね。どうだろう、おじいちゃんも協力しよう」
おじいちゃんが、味方をしてくれました。
結局、父と母とおじいちゃんの三人で、話し合うことになりました。家族会議です。わたしも参加するよう、促されました。
人生経験少ないから、言いくるめられそう。バイトをしたり、お小遣い減らされたくない。
「わたし、今から遊びに来てくれた先輩に、お礼の手紙書くの」
「手紙、今じゃないといけないの?」
母から尋ねられました。逃げ切れわたし。
「手紙を書くなんて珍しいね」
おじいちゃんが、空気を読まず、感嘆の声を上げます。うん、珍しい。年賀状もほとんど書かないです。くるっと振り返り、三人に告げます。
「先輩にお礼の手紙を今から書いて、今夜のうちに速達で投函するの。明日には先輩に手紙届くはず」
「スマホの通話アプリでは、いけないの?」
おじいちゃんが、首を傾げています。わたしはコクリと頷きました。
「ちゃんと手書きのハガキでお礼を伝えたいの」
父、母、祖父は互いの顔を見ています。父がへの字だった口を、動かします。
「もう高校1年だから、お前なりの考えがあるんだろう。手紙を書いてこい」
父、良いこと言う。わたしは、自分の部屋に戻り、学習机の前で、椅子に座ります。
ハガキを置きます。“喪中”見たことある、難しい漢字が書かれています。おじいちゃんの言いつけどおり、線で印刷された文字を消しました。
急いでペンを走らせました。最後に赤いペンで、ハガキの表面の上部に線を引きます。線の真ん中に、速達と書いておしまいです。
かしこ、草々、手紙のエンドは、どっちだっけ? 国語で習って、忘れちゃいました。
和風なデザインで、暗い色のハガキです。明るい色ペンで、一発書きです。
夜出かけるのは、危ない。郵便ポストがあるコンビニまで、自宅から徒歩2分です。おじいちゃんが車で、送ってくれました。
「おじいちゃんは、車で待ってるから、ポストに入れて来て」
「うん分かった。おじいちゃん、ありがとう!」
残念、運転席でおじいちゃんは、座ったままです。コンビニの、明るい光に照らされた駐車場。もし、おじいちゃんが、降りてくれば、店内に入ってました。お菓子の一つでも、買ってくれると思ったのに。
駐車場の隅に、ポツンと佇む赤いポストに、ハガキを入れます。わたしは、足早に、おじいちゃんの車に戻ります。
おじいちゃんは、家まで送ってくれました。そのままどこかへ、一人、車で走って行きました。
「ただいま」
《お帰りなさい》
両親の声がします。家に上がれば、父と母がテーブルを挟んで、スマホを覗き込んでいます。
「わたしも見て良い?」
母が手がひらを立て、隠しています。家計簿かネットバンキングでしょう。銀行ATMみたいに、横や後ろから見れないフィルム、貼ればいいのに。
「先輩にお礼のハガキ、速達で出しておいたよ」
「速達分の切手貼ったよね?」
速達って、追加料金分、切手を貼るんだ。忘れてました。わたしは、両腕を下ろして、固まってました。
「まさか、忘れたの?」
母が目を見開いています。わたしは、瞼がピクピクしますが、首を横に振ります。
「ちゃんと切手貼ったに決ってるでしょう。それより、お母さん、おじいちゃん、どこかへ車で行ちゃったよ?」
「多分、パチンコでしょう。ごめん、少しお父さんと二人だけにして」
「うん」
久しぶりにハガキをペンで書いたので、疲れてしまいました。シャワーを浴び、自分の部屋に戻れば、重い足取りで、ベッドにダイブしてしまいました。
(第一章 完)
第一章(完)