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朝の公園で、ジョキングしている方を見て、保育園や中学校の運動会を思い出してしまいました。

「歯磨き済ませた?」


 母の急かす声がします。慌てふためきながら、手短に歯磨きを済ませて、ネエネエ先輩とチェンジです。


「ねえねえ、歯磨き粉、制服についてるよ」


 わたしは胸の上辺りの生地を引っ張りながら、短い廊下を歩いていました。首から下げた、おしぼりのように湿ったタオルで白い染みを拭い取ります。水を含んだ制服にはは、小さな黒い染みがあります。

 染みに消臭スプレーを吹きつけ、自然乾燥に任せます。洗濯機の特殊機能で即座に洗えるのですが、母が特殊な洗濯をするのは許される。わたしは許可なく使うのは電気代の関係で禁止です。祖父が洗いモノがあって、特殊洗濯を使用しても、母は何も言いいません。


〈行ってきます〉

「行ってらっしゃい」


 ネエネエ先輩と一緒に挨拶をすれば、母がいつもよりトーンい高い声で、応じていました。玄関どころか、門扉までついてきます。親離れしてない、とネエネエ先輩に思われたくなく、振り返らず、アスファルトをローファーで進みたかったんです。

 ジャラジャラ。

 体が動く度、スクールバッグからチェーンの擦れる耳障りな音がします。マシンガンのマスコットが、繋ぐんじゃなかった。

 しかし、ネエネエ先輩は振り向いて、母に頭を下げて、お礼を言っています。

 同学年ならツンツン、背中を突くのですが、先輩なので遠慮します。

 曲がり角から広い道に出て、二人一緒に歩道を歩きます。朝、まだ早いのか、車道はトラックや商業車が多く走っています。昔、住んでいたアパートが見え辺りで、小さな公園が道に面してありました。

 公園内に人は誰もいません。


「ねえねえ、少し、公園で時間潰さない?」

「はい」


 拒否れません。相手が先輩だからです。学校に早めに着いて、一人教室で過ごしたり、校内をブラついたりしたいんです。

 公園のコンクリート製のベンチにネエネエ先輩が、スクールバッグから出した薄い布を敷いています。スクールバッグからは、『共トレ』用軍用ライフルAG49のマスコットが揺れています。保育園の頃、見た目が汚れていなければ大丈夫で、平気で座っていました。


「座ろう」

 ネエネエ先輩が先に座り、一人分スペースを空けて座りました。公園にはジャングルジムや、滑り台、砂場、ブランコなどがあります。


「先輩、保育園の頃、しょっちゅうここへ父と遊びに来たんです」

「思い出の場所だね」

「はい」


 ジャージ姿でジョキングする社会人らしき男性が、挨拶をしながら、わたしたちの前を横切って行きました。わたしとネエネエ先輩も挨拶します。

 膝の上にわたしは、スクールバッグを置きます。マシンガンのマスコット用、チェーンが、ジャラジャラ音を立てるのが止まりました。

 もし、男女のカップルがベンチにいたなら、近よらなかったでしょう。朝早くや、夜、遅く、ジョキングしている社会人を見ると、わたしも何かを頑張ろう、と励まされます。

 わたしは、保育園の運動会を思い出しました。


***


「わたしのおとうさん、消防士さんなの」


 保育所でみんなに父の仕事を、話していました。深い意味がなく、ただ、話しただけです。格好良い、とか、ほかの子のお父さんに、母が言われたりしたそうです。ほかの子のお母さんからは、ハンサムですね、と褒められたそうです。ハンサムは社交辞令なのに、子供だったので、本気にしました。

 母がうっかり、夕ご飯のとき、父にその話を、アパートでしました。


「そうか」


 父の反応は淡白でした。しかし、母が一枚のプリントを差し出せば、表情が変わりました。運動会のお知らせです。


「お昼休憩前に、保護者の百メートル走があるな」

 わたしも抜けてたんです。


「あるよー。おとうさん、消防士さんだってみんなに話してる」

「当直明けで、運動会に行けるから、百メートル走に出る」

「わたし、一番になって欲しい」

「ぼくもー」


 わたしと、弟が、はやし立てました。翌日から父は、朝、早起きして、この公園でシャトルランを毎日していました。

 運動会当日、昼休憩前に、保護者参加の百メートル走がありました。わたしは早く、お弁当を食べたかったんです。


〈これより、保護者の方々の百メートル走を開始します〉


 先生の声がスピーカーから、聞こえました。

 スタート位置では、普段着のおじさん達が並んでいました。父一人だけが、鉢巻をして、青いランニングシャツに短パン姿で目立っています。正式な陸上競技とちがって、二十人以上がラフなスタイルで、雑談したりしながら、横並びです。


「ハチマキしているのが、わたしのおとうさん!」

 小さい木のイスで並んで座る、同じ組の子たちに話してしまいました。


「ほら、青いランニングの人が、わたしのおとうさんなの」


 保育所の先生が、おもちゃのピストルを片腕で上げます。父がどうして、お馬さんごっこのような姿をしているのか、当時は分かりませんでした。クラウチングスタートの姿勢だったのです。

 パーン!

 父はスタート時点で先頭です。残りのお父さんは、かなり後ろで走ってます。ゴールでは二人の先生が、テープを持って立っていました。

 ゴールテープ直前で、父は前のめりになり、テープに上半身を触れようとしたんです。先生がテープを地面に落しました。ストップウォッチを手にした女性の先生は、すごい、とか叫んでました。

 その年、父は百メートル走で最速で走り、優勝でした。白い先生用のテント近くで、インタビューを受けてました。

 父の声でわたしと弟の名前を呼ぶのが、スピーカーからします。わたしと弟は、先生から、立ち上って、手を振るよう、言われました。


「お父さんは、約束どおり優勝したよー!」


 マイクを持つ先生の横で、父がガッツポーズをしていました。わたしは、両手を上げながら、ジャンプしていました。


***


 恥ずかしい思い出が蘇り、両手で頭を抱えてしまいます。


「ねえねえ、どうしたの。具合悪いの?」

「走ってる方を見て、運動会を思い出したんです」

「ん? 中学の?」


 今度は中学の運動会の記憶が、脳裏に浮かび上がりました。


***


 音楽教師が担任だった学年の話です。合唱コンクールでは、担任主導で優勝を取りました。運動会はホームルームで、クラス委員の男女二人が教卓に立ちます。二人の間には数人分の距離がありました。

 わたしの中学では、クラス委員は、各クラス、男子1名、女子1名が原則でした。

 担任は教室前方にある。生徒の側を向いて、窓際の教師専用事務机の所から、クラス全体を見渡しています。

 ホワイトボードに競技種目がクラス委員によって、書き出されました。女子のクラス委員が、みんな静かにと言った風に、手を叩きます。


「まず男子種目からー、読み上げるから、まず、自分のしたい競技で手を上げてー。百メートル走……」


 複数の男子が手を上げましたが、撃ち合い試合と同じで、人数に制限があります。教室の前で輪になり、話し合っていました。公平にジャンケンで決めるのか、わたしは思ったんです。

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