わたしは生温くなったジュースは、甘みが増した気がします。
「ふわー、眠っていたみたい」
わたしはベッドから起き上がります。多少、寝返りをうっても、VRゲーム用、ヘッドセットは外れないように、なっています。ゴーグルもです。
ゴーグルからは、見慣れた自室の壁が見えます。ログアウトすれば、防塵ゴーグルと同じようなモノです。枕元の時計は朝6時を示していました。
「ねえねえ、楽しかった。ありがとう」
床で横たわっていたネエネエ先輩は、上半身を起こしています。フルフェイス型のVRゲーム用ヘルメットしています。まるで、筋力トレーニングゲームで、腹筋をしている人のようです。
ネエネエ先輩が、片手を突きながら、立ち上がりました。
わたしも、ベッドで半回転をしてから、足を床につけます。ヘルメットを脱いだ、ネエネエ先輩は、首を振って顔を巡らせます。髪を手で背中に流しながら、目を見開いています。
「ねえねえ、電話が通話中になってるよ」
「え?」
わたしは、慌てて、足が絡みそうになりながら、パソコンデスクに飛びつくように近寄ります。電話機の子機を耳に当てました。
〈まず電話機の米印ボタンをして、女性なら1を、男性なら2を押してください。次の質問に進まれる方は3を。アンケートがご不要なら……〉
思い出した。『共トレ』21歳以上サーバーへ、ログインする直前に、住宅リフォムのアンケート電話あったのです。どのくらい電話が通話中になっていたのか、心配になります。
自動音声が続いています。しかし、電話はかけた方が払うのです。安心して、ほっと溜息が出てしまいます。気にせず、無言で電話を切りました。
「ねえねえ、『共トレ』してた間、電話、繋がりっ放しだったなら、電話代高くつくよ」
「いいえ、心配ありません」
住宅リフォームのアンケートには、少しだけ悪いことをした気がします。しかし、相手はコンピューター。です。一定時間応答がなければ、電話をオートで切るよう、プログラムしておくべきです。
ネエネエ先輩は、小脇にVRゲーム用、ヘルメットを抱えています。モデルさんがポーズを取っているようです。バイクあれば、ライダーのように決っていたはずです。
「先輩、わたしの方こそ、楽しかったです」
「泊めてもらって、感謝だな」
ライダー気分なのでしょうか。口調もどこか、『共トレ』開始前と違います。五戦するはずが、ギルド戦一回しかしてません。それもこれも、再現ドラマが、長引いてしまったからでしょう。多人数参加型ゲームで、想定外のことは多いです。
「ねえねえ、対戦相手のプレイヤーさんが、まさか、お母さんとは思わなかったなー」
当たり前です。ネエネエ先輩は、多人数参加型ゲームで、偶然、わたしの母と遭遇する可能性を考えて、ゲームを開始したのでしょうか。
「わたしは……、わたしも母と出会うなんて思ってもみませんでした」
「うんうん、フツー思わないって」
だったら話を振らないでください、などと言い返すほど子どもじゃありません。
無意味な会話でなくて、他愛のない会話が続きます。ネエネエ先輩と会話の過程を楽しむのです。それの繰り返しで、本性が出たり、性格、考え方が、分かるのです。信頼関係が強固になったり、苦手なタイプと見破れるのです。
四角いちゃぶ台に、どちらからともでもなく、向かい合って座ります。
わたしはあぐらをかいて、ネエネエ先輩は膝を崩してました。ペットボトルの外側は、水滴まみれになっています。空気中の水分が付着しただけです。子どもの頃は、ジュースの中身が減ると、間違がった知識を信じていました。
「ねえねえ、もったいないから飲もう」
まだ春ですが、一晩出しっぱなしだったので、生温いジュースを、コップに注ぎます。わたしは口に運びました。冷たさが減って、甘みが増えたような気がしました。
コップを目線に上げて、じっとジュースを見ます。
「ねえねえ、どうしたの?」
「生温くなったジュースは、どうして、冷たいときより、甘く感じがするのかなって考えてました」
「わたしも、冷たくないジュースは甘いって思ったことあるな。楽にさせてもうらうね」
「どうぞ、先輩、くつろいでください」
ネエネエ先輩は楽しげに笑いながら、お尻の位置をクッションの上でずらしました。
背中側にした両腕で、体重を支えながら、両足を投げ出しています。くつろぎ過ぎです。もし、ネエネエ先輩が、悪い人とネットなどで関係があって、わたしの部屋を、たまり場にでもされたら、困ります。
当人も気づいたようです。ゆっくり足を動かして、あぐらになりました。その後、両膝を立てて、顎を乗せています。忙しい足の動きです。
ネエネエ先輩が、自分の部屋にいる気分になったのは、わたしを対等かつ、安心できる人間と、判断してくれたのかもです。
「先輩、答えは、どうしてですか?」
「うーん、知らない」
ゲームをして、部活動で顧問からお気に入りの、ネエネエ先輩を、表面上は味方につけれたかもしれません。ただ、まだ、ネエネエ先輩が、2年生なのだけが残念です。
もし、ネエネエ先輩が、3年生なら、より強い味方になるからです。しかし、部活で、3年生にくっつきすぎて、卒業後、後ろ盾を失って、1年上の先輩を敵にしたくもありません。
口調がイケメンみたいです。
どうも、ネエネエ先輩は、21歳以上サーバーの、感覚が抜け切ってないようです。
怖いお姉さんを仕切っていたのは、VRゲームだからです。現実でも、私の知らない所では、隠れて悪さしているのでしょう。多分。
「ねえねえどうしたの、浮かない顔して?」
「ゲームと現実で、全然性格が違う人いるじゃないですか?せ……」
先輩みたいに、早く現実に切り替えて、と追加の声は出しません。咳をガマンしたように、喉で絡んでもぞもぞしています。
「うんうん、いるなー、ネットだからって、エロい質問してくるヤツとかだな」
「わたしは、『共トレ』全年齢サーバーでは、『試合をしてて、誠実なお人柄が分かるって、言われるんです」
「あははは……」
ネエネエ先輩が、ミュージシャンのように、首を激しく上下に動かしています。大笑いしているのは、心の琴線に触れたからしょう。頬に触れた髪が、頬に幾筋も張り付いてます。どうせ、大きく開いた口から涎が出て、貼りついています。
笑いのツボから解放されたようです。やっと静かになり、手で、髪の毛を払いのけています。
「先輩、笑ったのは、どうしてですか?」
「え、きょ!『共トレ』で、多くの現実を知らない人たちと、交流できて楽しいよね」
声、裏返ってます。ネエネエ先輩は、わたしをどう思ってるんだろう。瞳が合えば、視線を逸らして、人の部屋なのに、見渡しています。わたしに失礼です。先輩は、首のストレッチをしているのでしょうか? 質問をぐっと耐えました。ネエネエ先輩のさまよい続けた視線は、壁の時計で留まります。
「そろそろ、朝で始発のバス出る時間だな」
「まだ時間かなりあります」
ネエネエ先輩の視線を観察した範囲では、時計を探していたとは思えません。そもそも、先輩は、スマホで時間分かります。わたしが誠実な人と言う、話の流れを誤魔化されたような。
「一晩泊めてくれてありがとうございました。ご家族の邪魔にならないよう、わたし帰る。一緒にゲームできて楽しかったよ。またゲームしようね」
「待ってください」
わたしは、意図的に頬を緩めながら、返事をします。相手が同じ部活の先輩だからです。無理な姿勢から、立ち上がりら、そそくさ、ネエネエ先輩は、帰り支度をしています。
当然、口調が穏やかになり、やっと現実のキャラが変わったようです。
もし、話し方に変化がなければ、撃ち合い部の勧誘では丁寧な優しい先輩を演じていて、いざ、入部したら、厳しくなる人かも、と疑ってしまうところです。




