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わたしは眠れない夜を過ごした演技をした

 祖父も気まずそうな面持ちで、リビングにやってきました。

「おはよう、昨日はごめんね」

「おはよう……」

 祖父の態度は柔らかいのですが、目が泳いでいます。やはり撃ち合い部は、反対の感触を得ました。孫としての経験側です。ここは下手に出ます。

「おじいちゃん、昨日は酷い事言ってごめんなさい」

「なんのこと分からないね」

 祖父は白髪の頭を掻いています。母が着替えなくてもいい? と聞いてくるので、首を横に振ります。

「疲れて着替えるのが面倒なの」

 猫背になります。二人に視線を合わせないようにしながら、右、左と心で不規則に言います。足取りを重そうにしました。自分の席にだらりと座ります。母に促されてから、コップを手にして、飲み物を口に運びます。おいしい! 昨日の、夕方から何も飲んでないので、全身が潤うようです。

「昨日の夜、何も食べてないでしょう?」

 母が心配そうにわたしを覗き込んでいます。祖父も当惑しています。

「心配させてゴメン、食欲がどうしてもわかないの」

 お腹空いてません。昨日の寝ぎわ、ポテチとビスケットを完食したからです。胃が重いです。

 祖父が斜向かいに座ります。

「おじいちゃんは、撃ち合い部には入って欲しくない……」

 まだ言うの、わたしは体が固まりました。

「でも、保護者はおじいちゃんでなく両親。両親が良いっていうなら、もうおじいちゃんは何も言わないことにする」

 やったー、心でバンザイしているわたし。しかし、24時間勤務明けの父が戻ってきてしまいました。

 父は地元で消防署員をしています。子供の頃から、野球をしてたそうです。自称体力があるそうです。筋トレの自慢話を幼いわたしは、聞かされて育ちました。

「ただいま」

〈お帰りなさい〉

 わたしと母の声が重なります。

「お帰り、おお、いい所に帰ってきてくれた」

 祖父だけ、立ち上がりながら、違うことを言ってます。父は疲れが色濃く出た顔で、バッグを床に置きます。食卓のわたしの食べ残しを一瞥しました。

「朝ご飯食べてないじゃないか、具合でも悪いのか?」

 母が父に親密に接近します。父の耳元でささやいていました。

「くだらんな」

 わたしは下唇が、引きつって上がりそうです。

「何がくだらないの? ハッキり言ってよ」

「撃ち合い部の話に決まってるだろう」

 家に帰ってくるな! 言葉を喉の奥に押しとどめれました。

「撃ち合い部にも、費用がかかるだろ」

「あなた、そんなこと言って……」

 母がぽかんと口を開いてから、父を止めようとしています。

 わたしは、頭にかーと血が上り、太ももの上で、手のひらを握り締めます。

「もっと別の部活動にしろよ」

「お父さんと話すだけ時間のムダ!」


***


 父の顔など見たくありません。母が、飛び出たわたしを、玄関の外まで追いかけてきます。

「お父さんはああ言ってるけど、気にしなくて良いから」

 気になるを通り越して、末代まで怨んでやりたいくらいです。

 わたしの子孫になるのですが、怒り心頭に発するとは、こういう心理状態でしょう。

 ドアが開き、父が、燃えるごみの袋を手にしてます。父を見たくもないので、踵を返します。

 靴の裏を鳴らすようにしながら、学校に歩きます。そうであっても、近所の方とすれ違う時は、笑顔でしっかり挨拶です。世間体は大事です。


 高校近くになれば、うちの生徒が多くなります。一年の仲良しのグループに加わります。校舎に続く、桜が散った道は、生徒でごった返していました。

 春の朝の日差しは気持ち良いです。人ごみのなかで、なければですが。

 出入り口の前では、昨日の撃ち合い部のネエネエ先輩が、部活勧誘に立ってました。見つからないように、Uターンを試みます。生徒の人波が邪魔で、Uターンは無理がありました。

「あ、昨日のマシンガンの子だ、おはよー」

 ネエネエ先輩が口の横に片手をそえ、右腕を大きく振ってます。ここで引き返したら、多方面に角立ちそうです。わたしの目前には知らない1年が、歩みを緩めています。諦めて先輩の前まで申し訳なさそうに、俯きながら足を進めました。

「先輩、おはようございます」

「ん? ねえねえ、その顔、間違ってたらゴメンだけど、保護者の方に、撃ち合い部を反対されたの?」

 両親ともに反対とは違うのですが。ここは、そういうことにします。

「……反対されました」

「やっぱねー、eスポーツでもFPS(※1)は、保護者から反対される子、いるからね」

 先輩は笑顔を崩さず、降ろした右の手のひらを、上下にひらひらさせています。わたしは申し訳なさで、頭を下げっぱなしでです。

「すみません」

「ゴメンは、なし。FPSは入部しなくてもできるから、慣れてる」

 一年の仲良しは、わたしたち会話に気がつかない振りをしています。eスポーツ(※2)撃ち合い部の先輩に、挨拶をして通り抜けています。

 気を使われて、心が痛いです。


[(※1)FPS(以下ウィキペディアより引用)ファーストパーソン・シューター(英:First Person shooter、略称FPS)とは、主にシューティングゲームの一種で、主人公の本人(第一者)視点(FPSまたはFPV(en))でゲーム中の世界・空間を任意で移動でき、武器もしくは素手などを用いて戦うアクションゲーム(引用ここまで)

(※2)eスポーツ(以下ウィキペディアより引用)エレクトロニック・スポーツ(英: electronic sports)は、コンピュータゲーム(ビデオゲーム)をスポーツ・競技として捉える際の名称である(引用ここまで)]


***


 慣れてる、その一言は、罪悪感がわたしの心臓を、氷の弾で打ち砕きました。足から崩れそうになります。

 ネエネエ先輩は、頬を指で掻きながら、大笑いしてます。

「ねえねえ、落ち込まないで、ホント、気にしなくていいから」

「すみません」

 明るいネエネエ先輩と対照的に、わたしは逃げるように、靴箱に小走りします。足が絡みそうです。

「ねえねえ、大事なマシンガン落ちてたよ」

 ネエネエ先輩は、両手の上で半ば包み込むようにしてます。

 マシンガンのマスコットを持っています。わたしも中学の卒業証書のように、両手で受け取ります。

「わ、わ、落としたなんて、気づきませんでした。ありがとうございました」

 紐からぶら下がった、マシンガンのマスコット。部屋でスクールバッグを蹴ったとき、紐にダメージを与えたのかもです。

 今度はチェーンで繋ぎ、いえ、モノに八つ当たりをしないようにと。

「先輩、ありがとうございました。すみません」

 マシンガンのマスコットを胸のポケットに滑らせれば、ダッシュで教室に向います。拾ったから、一割欲しいとか、言わないのは分かってますが。

 教室内では、複数、友達の輪ができあがり、雑談をしています。

 机の上にスクールバッグを置きます。マシンガンのマスコットをしっかり、新品の予備紐で括りつけます。

 予鈴がなり、ホームルームがいつも通り始まりました。


***


 放課後、午後1時から、担任の先生に相談しました。去年まで副担任だった先生です。今年初めてクラス担任になった、若い女性です。

 教室で二人きりになり、緊張します。

 わたしが、eスポーツ。バーチャル3DゲームでFPSをする“撃ち合い部”を希望してること。父が反対なことを、熱心に話しました。

 長い時間わたしの話を聞いたのは事実です。そこは認めます。でも先生は素っ気ない。

「私からは賛成とも反対とも言えない。アンサーではなく、提案です。家族で話し合うのが良いんじゃないのかな?」

 ズルい。話始めた頃は太陽がほぼ真上でした。窓から入る日差しは、太陽がやや西に傾いています。冷房が効いてない、外はまだ暑そうです。

「最近、大流行のFPSゲーム。『地球共同軍プラトニック』略して、『共トニック』先生もしてる。クラスの大半の子がファンみたい。ゲーム運営会社からもらえる、銃のマスコットキャラが可愛いから」

 先生は壁にかかった時計の方向を、チラッチラッと見ています。

 あなたの時間はここまで、と言いたげです。わたしは素知らぬ顔を、決め込みます。

「ご両親帰りが遅くて心配するんじゃない? 午後3時が近いから、一度、スマホで電話してみたら」

 こんな責任逃れな、大人が担任など情けないです。

「ご家族を一番知っているのは誰かな? もう、高校一年生で大人だから、ご家族を、どう説得したらいいのか自分で考えてみて欲しいの」

 スマホで電話しようとしているのに、少し黙っててです。

 『地球共同軍プラトニック』略して、『共トニック』『共トレ』では、マシンガンのマスコットキャラにIDがあります。そのまま、ゲーム内武器として使用できます。


 帰宅前に撃ち合い部の部室に寄ります。ブレザー姿のネエネエ先輩が、気さくに部室に入れてくれます。

 デスクが並び、多くのパソコンとモニターが、一列に並んで置いてあります。

 一番大きなモニターには、『地球共同軍プラトニック』略して、『共トニック』のプレイ動画が流れています。昨日、エリア選びをしたモニターです。

「ほかの部員は勧誘中。私は部室に入部希望の子が来たとき、要員。他校との試合の動画見てたの」

「勉強熱心ですね」

「ねえねえ、『地球共同軍プラトニック』略して、『共トニック』撃ち合いしたいけど、もう午後3時で学校閉まるの残念」

「先輩、『共トニック』は更衣室で着替える所からスタートして、着替えで終りますが、どう思います?」

「うんうん、フェアプレーの精神で、相手チームに装備を教えるため。最初は恥ずかしいけど慣れる。最後のシャワーは謎システム」

「先輩、ブレザーにも、IDついてたりして?」

「IDついてるのは迷彩服だけ。ゲーム内でも着用できるから」

 動画を消したネエネエ先輩と、スマホを取り出し、連絡先を交換しました。

「ねえねえ、私このあとバイトあるの」

「先輩どこでバイトしるんですか?」

「この前寄ったコンビニだよ。店にも遊びに来てね、またね」

「お疲れさまでした」

 ネエネエ先輩に、あのコンビニの、陰口叩かなくて良かった。先輩の後ろ姿を見送りながら、安堵のため息が止まりません。


***


 帰宅してからが大変でした。撃ち合い部に反対派の父を説得できません。

 父はeスポーツに反対でないのです。撃ち合い部でゲームしなくても、家でもできるから、そんな理論で反対です。

 母は若い頃、eスポーツでも、FPSを得意とする選手でした。日本代表になったこともあります。今は近所のeスポーツ教室で、FPSなどの講師をしています。全国チェーンの教室なので会社員です。

 スポーツ教室経由で、家庭教師もしています。

 父がまた、余計なことを言い出します。

「“撃ち合い部の先輩に、お母さんがFPSの先生だって話したら、生徒さん集まるな」

「想像するだけでイヤ!」

 ほかの生徒さんから、母の良い評判を聞いても、イヤです。

 もし、悪い評判聞いたら、ぞっと寒気が背中を走ります。

「お父さんしゃべらないでよ」

 両手で耳を塞ぎ、頭を横に振り続けます。

 家のパソコンやゲーム機には、貴重な攻略情報が、モニターにメモとして貼り付けられています。ネットの攻略サイトでは入手不可能。


 母は、大人気の『地球共同軍プラトニック』だけでなく、古いFPSから、最近サービス開始のFPS、どれも強いです。

 国民的人気のFPS『地球共同軍プラトニック』いわゆる『共プラ』で、達成不可能と言われる、ミッションをクリアしました。課金しましたが、可愛らしいマシンガンのアクセサリーをゲットです。

 マシンガンは、郵送で送られてきました。迷彩服はゲームメーカー指定を購入すれば、ゲーム内でも使用可能な、シリアルナンバーつきなんです。

 

 ファンの間では超レアアイテムといわれているマシンガン。母でさえ、高卒初任給一か月分の課金をしたそうです。

 FPS大会にはコーチとして、しっかり、目立つよう迷彩服を着用して参加してます。

 うちの家では、母のメダル、盾、トロフィー、迷彩服を着た写真立て多いです。特注ショーケースに飾られています。友達呼んでもFPS苦手だったら、軽く引いちゃいます。

 弟が野球部の練習を終えて、帰ってきました。野球部は、昔ながらの外で練習して、汗をかくスポーツです。野球部の練習は3時で終り。どこかで、遊んでから帰ってきたようです。わたしは軽く挨拶しただけです。

 高校に行ってる間に、母がわたしの部屋を掃除してくれたようです。洗いたての、ブレザー制服が置いてあります。しかし、昨日、床の上にコンビニ袋を結んで置いた、下着や普段着もありません。

 母に聞いたら、ゴミと勘違いして捨てたそうです。今日の朝が燃えるごみの回収日で、父が出したそうです。

 母にクレームいれたら、父から、わたしへ逆ギレされてしまいました。お気に入りの高い服だったのに!

 自室で嘆き悲しんでる、と優しく作ったような、母の声に呼ばれました。

「撃ち合い部の2年の先輩の子、遊びに来てくれたよ」

 わたしは走りました。玄関での会話にとどめるためです。

 ネエネエ先輩はスリッパを履いて、ちょこんとソファーに座っています。真下にある、スクールバッグには、軍用ライフルのマスコットが下がっています。これもゲーム内では、武器として使えます。

「ねえねえ、バイトのシフト間違えて、今日バイトなくて遊びに来ちゃった。迷惑だった?」

 目を輝かして、母のトロフィーを眺め幸せそうな顔。ネエネエ先輩の前で、わたしは両膝に手をついて、立ち止まります。息が上がってます。

 ネエネエ先輩の、わざわざ、言わなければバレないミスを、ひけらかす態度は感心できないです。

 わたしは笑顔を作り、先輩に頭を下げます。

「迷惑じゃないです、わざわざ自宅まで来てもらえるなんて、感激しました」

 社交辞令です。

 近くでネエネエ先輩に祖父が話しかけています。美人だね、とか、ネット配信されるFPSゲーム大会の動画ファンなど、他愛ない会話です。

 ネエネエ先輩を、立ててるの? 

 FPSトリビアです。母から聞いた海外のFPS情報です。ごく一部21歳以上限定のFPSがあるそうです。なかには……、最後のシャワーまでネット配信する、やーらしいFPS大会まで、あるらしいです。

 エロFPSに出場したり観戦する変態と、わたしたち真面目な、eスポーツ愛好者は、完全に異なります。どうして、今思い出したんだろう?

 祖父、母、父はネエネエ先輩へ、気を使わせないようにしているようです。ほかの部屋に、それぞれ理由をつけて移りました。

 わたしの家族、演技力低い。バレバレ。

 ネエネエ先輩は、頭や腰を痛めないか心配です。三人におじぎを、繰り返していました。

 弟が同級生の家に、泊まりに行くのです。タイミングの悪くネエネエ先輩と、かち合いました。ネエネエ先輩と、挨拶を交わしています。

 緊張気味でカッコ悪い弟と、形式ばらない、ネエネエ先輩が対照的でした。

「行って来ます」

《行ってらっしゃい》

 家族全員の大合唱みたいな、行ってらっしゃいに、送られ、弟は出かけました。

 わたしの自室に来てもらいました。ネエネエ先輩が、こぼれるような笑顔をしています。

「ねえねえ、お母さんって……、メッチャ有名なFPSのプロコーチ。お名前もお顔も存じ上げてる。私もお母さんのプレイ動画をネットで拝見して、勉強してるよ」

 母を褒められ、わたしは頬の皮膚が熱くなります。理性では喜ぶべきはずなのに、恥ずかしさが高まります。

「先輩、学校では、お母さ……、母のこと、内緒にしてください」

「お母さんのこと、友達に噂されたら誰だってイヤだよ。うんうん、誰にも言わない」

 学校で母のことバレたら、ネエネエ先輩が犯人候補です。同じ中学出身の、生徒からの可能性もあります。

 そのときは、候補者を絞り、口軽い人認定して、警戒しないと。

 カーテン越しにも、外は灰色がかっているのが、分かります。ネエネエ先輩は、帰り支度をして、部屋を出ました。

 わたしも一緒に、リビングへ行きます。

 リビングには、揚げ物の甘いような、香りが漂っています。

 母は、テーブルの上に、5皿のトンカツを並べている最中でした。

「よかったら、晩ご飯食べて行かない?」

「お気遣いありがとうございます。お気持ちは嬉しいんですが、もう暗くなってきたので、帰らないといけないんです。親が心配するので」

 ネエネエ先輩は、テレビニュースで偉い人が、謝罪でもするかのようです。背筋をピンと伸ばして、母に頭を下げ続けていました。

「硬くならないで、明るい道を通って気をつけて帰ってね」

「お邪魔しました」

 わたしの母がeスポーツ界で有名人と、知ってしまったからでしょうか。母に媚を売るかのような、ネエネエ先輩の態度は、“わたしって大人”をアピールする、ズルさかな?

 わたしも負けじと意地になり、口調や仕草に、丁寧さを心がけます。

「先輩、わざわざ来てくれて楽しかったです。ありがとうございました。また月曜日、学校で会いましょう」

「私こそ楽しかったよ。うんうん、またねー」

 玄関で靴を履いて、母にまた一礼、わたしの扱いは軽く、軽くうなずき、笑顔で手を振っているだけです。母がサンダルを履いて降りるので、わたしも靴を履いて玄関を出ます。


「ここで結構ですから」

「高校に入った娘に初めて遊びに来てくれた、お友達だもの。これからも、仲良くして上げてね。車で送っていこうか?」

「いえ、まだ明るいので大丈夫です」


 会ったばかりの人間に、余分な情報を与えなくて良いのに。話す母がドアを開いて、道へ出るネエネエ先輩を、笑顔で見送っています。路上に足を踏み出した、ネエネエ先輩。何度かぺこりと、母とわたしに、頭を下げてます。

 わたしは、両手を胸の前で、軽く振っていました。

 一歳年齢が違うという理由のみでは、頭を下げないという、わたしの決意を示せたのです。ネエネエ先輩が曲がり角で消え、聞こえないから、口にしました。


「マシンガンの子には、マシンガンの子のプライドがある!」

「……何言ってるの? しっかり挨拶して、優しそうな良い先輩。ああいうお友だちを、大事にしなさい」


 中学のときは、お友だちには公平に接しましょう、とか言ってたのに。不思議顔の母と、リビングに戻ります。トンカツ並ぶ、テーブルの上に、違和感があります。


「ん、お母さん、このトンカツの肉、この前、わたしがスーパーに買いに行かされたのだよね」

「うん! あの時は、ありがとう」


 トンカツの肉は、この前、スーパーで広告の品で、売り出されたモノです。

  春休みで暇をしていたわたしは、母の指示で“4枚”買いに走りました。わたしがラップに包んで、自宅の冷凍庫に保管したのです。

 しかし、テーブルの上には、5枚のトンカツがあります。どうしてだろう?

 娘なら見破れます。

 過去の思い出が、脳内を駆け抜けます。


***

 

 去年、祖母が亡くなり、一人暮らしになってしまう、祖父が気の毒でした。この家で祖父も一緒に、暮らすことに決まったのです。

 祖父が同居を始めて、暫くした頃の話です。

 わたしは、母と一緒に、近所のスーパーへ、閉店間際に二人で走りました。

 値引きシールが張ってある、お惣菜を買うためです。

 しかし、値引き品で、残っていたのは、“お一人様向け、お刺身セット“4パックだけでした。

 帰宅して母は、3パックだけ取り出します。5つのお皿に、魚の種類を均等になるよう、盛りつけました。


「皆には言わないで、得に、お義父さんには、言わないでね」

「うん、分かった」


 夕食の時間になり、祖父と会話が弾みます。家族みんなが少ない刺身を完食しました。和んだ雰囲気で、わたしは、うっかり、口を滑らせました。


「おじいちゃん、お母さんが、お刺身3パックを5つのお皿につけ分けてたよ」


 笑顔だった祖父から、さっと表情が消えました。目がとても、悲しそうでした。


「そんなことしてません」


 母は嘘をついていました。

 わたしは、手を軽く鳴らします。母は4枚の肉を揚げてから、サクサクと切り分け、5つの皿へ奇麗に並べたのです。

 母のトリックを見破って満足です。足を開きながら、腰に両手を当てて、テーブルを見下ろします。

 翌日の夕食は、やけに具が豪華なお味噌汁でした。

 中学生だったわたしは、自室でのんびり、過ごしていたんです。それぞれ別の場所にいる、友だちたちと、スマホの通話アプリをしていました。

 文字の雑談を楽しんでいたんです。ところが、リビングで料理をしている、母に呼び出されました。

「お味噌汁作ったの、味見してくれない」

「勉強中だったのに」

「ごめんね、味を見て欲しいの、変な味しない、酸っぱいとか、もし、変な感じがしたら、すぐ吐き出してね」

 差し出されたのは、小皿に一口分だけ具が載せられ、汁はほんの少しです。口に含んで、下の上で転がします。違和感はありませんでした。

「味はおいしいし、酸っぱくないよ。うーん、少し具が硬い。煮過ぎかな」

 具がうちの家では、贅沢な魚介類だったんです。ですが、やけに煮込んでありました。

 部屋に戻って、スマホゲームで遊んでいる真っ最中にも、おかまいなしで何度か呼ばれました。


 今思えば、前日残したお刺身の1パックを冷蔵庫で保存。そして、消費期限を1日過ぎているのに、熱通せば大丈夫、と翌日使ったのでしょう。

 危険な行為でした。しかし、もう証拠は、家族全員のおなかに消えました。

 プチ食品偽装事件でした。


***

 そんなことがあったので、トンカツトリックを見破れました。

 伊達に母の娘を、15年やってない!


***


 食卓をうざい弟を除く、4人で囲み食事が始まります。父が余分になった、一皿をわたしに突き出します。


「食べる?」

 むかっとしました。父が食べるのに、食べきれないからなのか。それとも、父が食べたいのを我慢して、わたしに食べたいのかを、聞いているのか。判断できないからです。


「意味分かんないんだけど?」

「食べるかなーって、思ったんだ」

「いらない」


 わたしは、ご馳走様を言い、席を立ちます。自室に戻って、スマホアプリの問題集を、寝そべりながら、勉強をしていました。

 勉強に集中して、怒りが収まりました。リビングに戻りました。父と母がどこかへ消えた? 祖父だけが、ソファーに身を沈め、テレビを見ています。

 キッチンには、汚れたままの、積まれた皿があります。


「お皿、置きっぱ。汚いから、わたしが洗う」


 うちの家には、パソコンは豊富にあっても、食器洗い機はありません。

 シンクで使い捨て手袋をはめて、面倒な皿洗いをします。食器洗い洗剤を使うと、すすぎが面倒なので、お湯だけで洗いました。

 手袋に穴が空いてしまってます。皿を布巾で拭きます。しかし、手についた油が、なかなか取れません。

 手は食器洗い洗剤で、洗ってから、クッキングペーパーで拭き取りました。油まみれの布巾洗いは、母に任せます。

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