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拡張パッケージの説明書が細かすぎて、子供の頃、親に書類のハンコを押させてもらったのを、思い出しました。

 取扱説明書、五百ページは余裕であります。長い。しかも、冒頭は、『危険』『注意』『警告』の文字だらけです。

 書いてある一例を示します。


『拡張パッケージは、戦争その他の変乱があった場合、お客様に予告なく、サービスを中止または、中断できます』


 当たり前でしょう。わたしは、小学生高学年の頃、母が自宅リビングで保険の申込書に署名しょめい捺印なついんしていたのを思い出してしまいました。


***


 秋の夕方涼しい時間です。放課後、やることがなく、母の様子を見てました。分厚い紙束に目を通していたのです。母の斜向かいの席に座ります。


「おかあさん、何してるの?」

「保険の更新手続きだよ」


 体をテーブルに乗り出すよに、書類を見ます。細かい文字でびっしり書き込まれていました。母は、わたしをスルーして、熱心に保険の契約説明書のページを捲ります。隕石が落下した場合、とか書いてありました。


「覚えておきなさい、契約書は小さな文字から読むの」

「おかあさん、どうして?」

「小さな文字のところに、自分に取って大事なこと書いてあったりするの」

「すごーい。おかあさん、何でも知ってるんだ!」


 尊敬交じりの大声を出してしまいました。ただ憮然と書類を見る姿が、わたしにとっては、輝いていたんです。母は最後のページまで読み終わり、朱肉に印鑑を押して、あとは捺印するだけです。

「わたしに押させてよ」


 印鑑を空中で手にしながら、母は数秒動きませんでした。やっとゆっくりした動きで母が席を空けます。


「こっちに来て」

「うん」


 母が座っていた席に、わたしが着席しました。捺印パッドが、もう下に敷いて、あります。印鑑を押す場所を立ったままで母が指で指します。私は楽しくて、また朱肉に印鑑を押していました。


「朱肉付けすぎじゃない?」

「えい!」


 印鑑を持つ指先に力を込めます。ぎゅっと印鑑が契約書に沈んで行きました。印鑑をそっと上げれば、奇麗に丸い印影がくっきり押されていました。


「やったー!」


 喜ぶわたしの横に、母の顔がありました。しかも、浮かない表情です。


「どうしたのおかあさん?」

「お母さんが悪かった。このハンコ、お父さんの実印だった」

「おとうさんのじゃダメなの?」

「うん、お母さんが契約するの」

「じゃあ、契約の紙、もう一枚出してよ」

「ないから、保険屋さんに、もう一度郵送で送ってもらうね」


 わたし、何も悪いことしてない。でも、わたしが悪いことしたみたいで、ずーんと心が重たくなります。母は、にこやかに、夕ご飯の準備を始めました。

 わたしは、自室に戻りました。学習机の前で腰を下ろします。

 塾の先生が、添削してくれる通信教育のプリント問題を解いていました。


「もしもし……」


 母の小さな、聴き取れない声がしました。ドアを少し閉め忘れていました。ひょこっと立ち上がり、ドアまで歩きます。半開きのドアから顔が出てしまいます。リビングで受話器を耳にした母が、電話をしてました。


「すみません、子どもが契約書に間違えて、印鑑を押したんです。ええ、ごめんね。それで、契約書もう一回送ってもらえないかしら」


 わたしがミスしたことにするなんて酷い! わたしは膝の力が抜け、両手で口を押さえて、泣き出してしまいました。

 その日の夜、帰宅した父にすがるように、話したんです。父も母を注意しくれました。母は私が悪かった、と素直に謝ってくれました。


***


 すっかり忘れてたのに、不思議です。記憶の片隅にあるとは、近似きんじな経験をすれば思い出すことなのでしょうか。

「コンソール」


 ネエネエ先輩の声がしますが、わたしは取扱説明書のページを捲ります。

 現実で、隕石の落下事故があった場合についてまで、説明があります。21歳以上サーバーは、隕石の落下によって、サーバーその他の施設などが壊れ、プレイヤーに損害が発生しても、一切、責任を負わないそうです。


 わたしからすれば、当たり前のような気がします。どうも、日本に比較して訴訟が多い、アメリカの文章を直訳した雰囲気です。

 日本語としては奇妙な文面もあります。

『私に』『私達に』『一つの』『複数の』を、正確に訳さないと、不正解になるような英語の課題みたい。


 日本語訳は、仮の訳文なのでしょう。英語は日本語に、訳す際、複数の意味がある単語が多く、わたしには向いてません。

 天災や、運営が利用を認めてないツールにより、プレイデーターが存在しなくなっても……、な、長いですイチイチ全部読めないです。


 しかも、『英語を正文とする』と、最後のページに小さく書いてあります。どうやら、ネエネエ先輩が胸の前で開いているのが、正式とされる英語の取扱説明書のようです。

 常識は人によって違うのです。だから、細かく説明があるのでしょう。

 日本語訳は、仮の訳文なのです。

 英語は、ファースト、セカンド、サードは野球のポジションなら、一塁手、二塁手、三塁手です。しかし、ホームベースの選手は、キャッチャーで捕手と訳されます。



 中学時代のことです。英語の課題で、野球場のイラストがあり、それぞれのポジション名を訳しなさい。と問題がありました。英語のcatcherを、カタカナで、キャッチャーと訳して提出しました。

 先生から返されたら、正解の赤い丸でなく、三角でしかも、減点されていました。

 同じ答え方をしてしまった生徒が納得できず、担任の先生に話しても、正解になることはありませんでした。ちなみに、担任は担当教科は、英語ではありません。

 英語の先生が個性が強いご性格で、生徒から話しづらい空気があったのです。

 最初から、野球のポジションを知らない生徒は、二倍暗記することになり、可哀想でした。

 先生にたてついても、得することはないと悟りを得て、わたしたちと、同調しなかった大人おとなな生徒もいました。


 今のわたしは成長したんです。絶対、自分はクレームを入れません。他の生徒がクレームを入れるのを待ちます。そして、正解になったなら、先生に下手したてに出て正解にしてもらいます。


 言うなれば、君子くんし危うきに近寄らずです。『共トレ』で社会人プレイヤーさんと交流を深め、多くを学べました。


 石橋は叩いて渡るのでなく、石橋を最初に叩くのは、自分でなく、叩きたいと、名乗り出た人に任せるのです!

 誰もが橋を叩かなければ、立ち入り禁止にします。渡らなければ、危険はありません。


 決して、断じて、責任を逃れを習ったのでは、ありません。トラブルに巻き込まれないように心がけるのも、重要だと学べたのです。

 現実なら、わたしが渡っている最中に、敵が橋を爆破したら死にます。ゲームだからこそ、現実の体は無傷で済むのです。

 学校で勉強しながら、撃ち合いゲームで、様々な年齢、ご職業の社会人プレイヤーと交流したからこそ、学べたのです。

 ネエネエ先輩を横から覗いたら、英語でびっしり説明が書いてあるようです。

 先輩は、英文をふむふむと、頷いきながら、読んでいます。わたしも、コクコク頷き、多少なら英語が読めますを、アピールしていました。ちなみに、わたしの英語力では、理解不能です。


「先輩、英語、読めるんですか?」

「ねえねえ、日本語版、貸してくれる?」

「どうぞ」


 ネエネエ先輩が、日本語の取扱説明書を読んでいます。さっきの“ふむふむ”は、私、英語得意なのよ、鼻にかけた態度だったのでしょうか。

 わたしが、英語の取扱説明書に目を通します。ネエネエ先輩、英語読めるのか、肯定しませんでした。多分、読めていたんだ。


「うーん、つまり、拡張パッケージを使えば、新しいルールでも、遊べるようになるみたい」

「先輩、英語の取扱説明書読めたんですか?」

「――、重いからセバスチャンに返そう。ガラケー型コンソールで英語、機械翻訳きかいほんやくできるよ」


 忘れてました。ここは、現実でなく、『共トレ』21歳以上サーバーだったのです。わたしは自分の額を、しまったーと、手でペチッと叩いてしまいます。英文はガラケー型コンソールを使えば、機械翻訳が可能です。


「コンソール」


 ガラケー型コンソールで、親指を駆使して、機械翻訳を選択してオンにします。

 そして、英文が視覚的に日本語として表示されます。わたしが持っていた英語の分厚い取扱説明書に視線を落します。

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