お知恵を借りるなら、あとで返してくれるんですか?
セバスチャンは気を付けをしたまま、真顔でわたしを見つめています。わたしが顔を向けたせいですが、愛の告白じゃあるまいし、視線を逸らします。セバスチャンは、タキシードスタイルで踵を鳴らしました。
「ギルド副長さまの熱意しかと受け取りました。私めには、及ばないギルド副長さまの、お知恵を拝借したいのです」
「先輩に聞いて」
わたしは自分の席に戻り、両膝を抱えて座ってました。誰かの指が肩にトントン当たります。首を巡らせれば、ネエネエ先輩が、先生から叱られている最中のような顔をしていました。
「ねえねえ、ねえねえ」
「はい?」
「ケレンミって何?」
「演劇などで、上手に、おいしく演出することです」
「違うよ。はったりやごまかしだよ」【※1】
うーん、言葉って難しいな。隣り合って座ってますが、上半身だけ寄せます。ささやく振りをして、耳に息を吹きかけました。一瞬先輩が、びっくりしたように、目を開きました。
「ありえないことです」
「うんうん、意味分かる。戦車乗ってたのは、『共トレ』で、ありえないんじゃない?」
座ったまま両腕を上げて伸びをして、ネエネエ先輩、ダルそうです。
「その通りなんです! それ以上のありえないが欲しいんです!」
冷めきったガールズトークに、割って入ったのは、初老のNPC紳士セバスチャンです。
【※1 引用元・小学館『デジタル大辞泉』】
「再現ドラマを、最初から作り直しましょう」
「また課金必要なんでしょう?」
わたしが、言い返してやりました。
「再現ドラマで後半部分の時間をケレン味ある作品に仕上げるのです。最初から作り直します。GM神じゃなかった。GMもオーケーしてる」
ネエネエ先輩とわたしは顔を見合わせれば、ウインクしてます。同意のサインです。靴裏が痛いほどの勢いでわたしは立ち上がりました。
「ケレン味のある再現ドラマ、スタート!」
***
突き抜けるような青空が広がっています。
いきなり、山の中腹にカメラ視点が切り替わりました。わたし役のモニカさんが、制服の白いブラウスで、紺色スカートを履いてます。まるで新品のようです。
裾が短いスカートで、平然と片膝をついています。足の長さが強調されますが、下着は見えません。また、太ももはスベスベで、蚊に刺されの跡などありません。
「ねえねえ、これがあなたのマシンガンよ」
「分かりました」
ネエネエ先輩役まで、制服姿です。スカート丈は短いのは一緒です。しかし、どっちがどっち役か、見分けがつきやすいよう、先輩役はカーキ色のリボンタイ。わたし役は灰色です。
迷彩服の色は、微かにリボンタイの色として残っています。
わたし役は、立ったまま、マシンガンを伸ばした片腕で、構えています。これで撃ったら、『共トレ』では、HPが減ります。
わたし役には木漏れ日が、頬に陰として差していました。
「ギルド長がやられました。終わりましたかな。美しい負けで御座います」
わたし役たちの横で、首から下げた双眼鏡を胸の前で握り、背筋を伸ばす初老のおじさんがいます。セバスチャンでした。黒いタキシードのままです。
ゲームでなら、腰を低くしなければ、撃たれます。
「わたしは戦う!」
「なんと! 淑女の鏡で御座います」
マシンガンを下ろしながら、わたし役は、セバスチャンに詰め寄ります。淑女らしいのかな。ネエネエ先輩役は、二人の様子を無言で見守っています。
「ねえねえ、フォーメーションDにしましょう。火力は二人に任せる。私がディフェンスとフライの魔法でバックアップするわ」
ネエネエ先輩役は、いきなりステッキ手にしてます。片腕でステッキを掲げました。傘ぐらいの長さです。握りの部分には、カーキ色に輝く宝石がついています。『共トレ』では、魔法は存在しません。
「ねえねえ、天空より来りし橙の精霊よ、今こそ発現し、我の仲間を守りたまえ!」
円形の魔法陣が、地面に表出しながら、高速で回転しています。わたし役とセバスチャン、そして、ネエネエ先輩役がそこに立ちます。地面は全く動かないので、転ぶことはありませんでした。
円の淵では、オレンジ色の光が壁のように三人を囲っています。
「ねえねえ、フォーメーションD完成よ」
「後は、プレイヤーのお二人が魔法陣の内側で待ち伏せるだけで御座います。敵来たら、私めが外に飛び出して、広範囲に攻撃します。敵のヘイトを私めが、集めて、盾になります。そこで、お二人が敵に止めをおさしください」
セバスチャンは、セリフで説明をしてくれます。セバスチャンがどうやって、広範囲へ攻撃するのかが楽しみです。
バサバサと多数の羽音がします。不意に雷鳴が響き渡り、辺り一帯が暗くなりました。セバスチャンが見上げれば、空には多数のコウモリが飛んでいました。
太陽を背にして、宙に浮かぶ人影がありました。緑色のゴスロリドレスを着用してた中学生くらいの女の子です。余裕綽々で森の上で浮いてます。
「この世界の賢母と呼ばれる妾に逆らう、愚か者はそなたたちか」
母役のようですが、演じてるNPCが見た目が、わたしより、若いです。わたしを産んだ年齢を計算したら、マイナスになります。
「愚か者? 愚か者ですって?」
わたし役が、激情を抱え込んだ面持ちをしています。そして、はっと我に帰りながら、両手で口元を押さえています。背中さする人は、いません。
「あ、あなたは、わたしの母親?」
「ふっ、今頃気がついたか、妾の娘よ。さあ、マシンガンで残りの二人を撃ち抜く《ぬく》が良い」
***
埋め込み式モニターから、目を外します。
わたしは椅子の上で、欠伸をしながら、指をピンと立てました。背中側を木の杭にでももたれているかのような、セバスチャンに問いかけます。
「中学の公民で遺産相続について習った。わたしの家は、両親と子ども二人だから、わたしの法定相続分は半分でなくて、四分の一」
公民の授業で法律を習いました。課題のプリントを家に持ち帰り、リビングのテーブルでしてたんです。母が食事の準備をしていたのです。もし仮に、という前提で、母が今亡くなった場合の、法定相続の話をしたら、とても嫌そうで、悲しそうな顔をしていました。
「ねえねえ、もしかして、お母さんやお父さんの前で、そういう話した?」
ネエネエ先輩は、言葉に躊躇いがありました。これは否定すべきと言う、サインです。
「してません」
「聞かれない限り、家族に言う必要ないよ」
母に言っちゃったのは、もう、取り消せません。
「先輩、民法では、父のきょうだいと、母は親族ではないそうですが、いう必要ないですよね」
「うんうん」
ネエネエ先輩は、満足顔で首を縦に振ってます。盛り上がるガールズトークに、セバスチャンがまた、話の腰を折ります。
「天上界のお言葉しかと受け取りました。お言葉を返すようですが、ケレン味をつけてますので、世界の半分とさせてください」
「良いよ」
わたしは、しっかり高校受験のため、しっかり勉強したのをアピールしただけです。自分の膝の上にちょこん手を置く、ネエネエ先輩はご機嫌で、手で髪を跳ね上げています。再び、モニターを見ます。
***
「お母さま、目を覚まして! 世界を征服をやめて」
わたし役は目に涙を溜めながら、絶叫しています。急にセバスチャンが魔法陣をすり抜けます。
「ご母堂様の闇を覆う黒き魔導書め! 白き我が魔導書の命に従い敵を消し去れ!」
両腕をYの字にしながら、母役と正対しています。おいしい役です。振り絞った、しわがれ声で叫びます。目からは涙のように、唇から血のように、黒い液体が顔を糸のように零れています。
次の瞬間、空を覆っていたコウモリたちが、力が抜けたように、地面にぼたぼた落ちていました。母役がセバスチャンを面倒そうに、指を向けます。
セバスチャンのバックが真っ白になり、シルエットになります。シルエットでセバスチャンは背中を仰け反らせていました。白と黒の世界で、光が雷のようにフラッシュしてます。
どうやら、セバスチャンは倒されたようです。わたし役が、歯を食いしばりながら、マシンガンを地面でうごめく、コウモリに連射してます。
撃たれたコウモリは、グロくないよう、形を残さず瞬時に消滅してくれます。
撃ち終わった私は、肩で息をしています。公民の先生に、どうして、父親のきょうだいと、母は親族でないんですか、と質問したときのような呆然振りです。
次の公民の時間、授業の最初、先生から、“明治の初め、民法を作る際、フランス民法を参考にしたから”と、プリントが配られました。
高校受験や、試験に出るのかと、必死にクラスのみんなが覚えたのに、全然出題されませんでした。
わたし役は、そのときのような、がっかりした顔をしています。
地面に描かれた魔法陣の光が弱まっています。ネエネエ先輩役は、膝から崩れます。
「う! ねえねえ、あとは頼んだわ」
スカートがパラシュートのように開きそうです。しかし、スカートおへその下あたりのスカートを、両手で押さえています。
スカートは捲くれることなく、魔法陣が消えた地面にへたり込みます。HPがゼロになったようです。頼まれても、責任重大で困るんです。
わたし役も、ふわりと、透明な階段を上がるように、宙に浮いてます。カメラ視点が斜め下からになりましたが、パンツは映らずほっとしました。スカート丈が場面ごとに、変わっているかのようです。
突然、太陽が大きくなりました。シルエットになったわたし役と、母役が、飛び跳ねながら交差してます。ナイフで戦いを決したようです。
わたし役が、片膝を突いて、地面に降りました。下生えにパンツが隠れています。母役が少し遅れて、わたし役の背後で、背中を向けて両足で仁王立ちしています。どんなに激しく動いても、下着が見えないスカートは、前と後ろで丈の長さが違うのでしょうか。
バサっと音を出しながら、横に倒れましたが、眠ったように、しっかり二の腕が枕代わりになってます。
「終わった」
わたし役が、目を瞑り、短いセリフを言いました。急に横風が吹き、髪や服の裾が左へ流れて行きます。
ラストカットは止め絵です。背景は平原で夕日です。納屋付近には、実った稲穂が広がっています。刈り取っているのは、ギルドのNPCたちです。
いきなり絵が代わりました。わたし役とネエネエ先輩役のアップです。口をメッチャ大きく開いています。新品のような制服姿で、笑顔で肩を組みながら、あぜ道を歩いています。
再現ドラマに“終わり”の文字が出ました。
***
モニター周辺では、拍手が鳴り止みません。セバスチャン、わたし役のNPCメイドモニカさん。ネエネエ先輩役のメイドさん、母役のNPCまで立ったまま、拍手です。ほかのギルドNPCたちも手を鳴らしています。
セバスチャン以外、涙が滴り落ちてます。目を腫らしたセバスチャンが、白い紙をタキシードの内側から取り出しました。
「これより、再現ドラマの特典映像となります」
セバスチャンは、再現ドラマに魔導書を出して、即座に負けていました。『共トレ』は、ファンタジーゲームじゃない。
わたしとネエネエ先輩は、コレジャナイを通り越して、違うゲームの再現ドラマだったので、顔を見合わせます。
「待って!」
わたしは試験中トイレに行きたくなり、ガマンするより、行くべきと、決意したかのように、腕を上げました。
「セバスチャン、いつから『共トレ』21歳以上サーバーは、魔道書が出てくるようなゲームになったの? それにさ、そこに混ざってる、わたしの母役をしたNPC誰?」
「GM神に寄れば、ケレン味をつけたということです。なお……」
「うん?」
返金に応じないとか利用規約を言うのかな。
「そちらにいるのは、新しいギルドNPCです。再現ドラマの制作で『課金者様特典で、当たりを引いて、おめでとうございます』とのことです」
もらっても、維持費かかるNPCなら、運営さんは禁止しているけど、ネットオークションで売れます。ゴスロリの子が、口の端を上げながら、わたしとネエネエ先輩に歩みを進めてきます。
正面でスカートの裾を摘んで、一礼しました。
「ごきげんよう。新たにギルドNPCになった……」
ビシッと手で会話を止めます。ゴスロリNPCは、上品に後退りします。ネエネエ先輩が、小首を傾げながら、セバスチャンに質問してます。
「セバスチャン、ギルドNPCの利用条件はどうなってるのかしら?」
「GM神に寄れば、特典NPCで、無料で無期限使用可能だそうです。性格は初期設定の変更は不可能だそうです」
「セバスチャン。現実なら、まだ中学生くらいだから、しっかり淑女の教育をしてあげて」
わたしみたいな、淑女を目指してね。心で告げながら、くりっとしたNPCの瞳に、親指を立てます。
体の前で腕を重ねながら、反応して真っ白な頬に朱色が混ざります。可愛い子です見た目は……。名前はわたしの心では、“中二の子”に決定です。
わたしは多人数参加型オンラインゲームを多数しました。経験上、こういう中二の子は、ピンク色かかったを、通り越した性格設定になってそう。
21歳以上サーバーにとって、得にならない、無料で無期限なのが、気になります。少し中二の子を試してみることにしました。




